2015/3/13

「犯罪に巻き込まれる」T〜イタリア奇行A  


「ガリレオ」の湯川先生風に言えば「すべての現象には理由がある」のです。
 この場合、理由というのは。
@ 当てにしていたバスがさっぱり来なくて30分以上待たされていた。
A 焦れて歩き始めたのはいいが、すでに2万2千歩以上も歩いた日で、けっこう疲れていた。
B ホテルまでの道のりはかなり残っていた。
C 息子のアキュラが神経質で犯罪の多い地下鉄を嫌がっており、しかしそんなことでは一人旅はできないだろうと父親としてやや苛立っていた。
 そんなところです。だから地下鉄の駅が見えたとき、迷わず階段を下りて改札をくぐったのです。旅行4日目。観光もあと一日を余すだけという日の、夕暮のことでした 。

 プラットホームに人がさほどいたわけではありませんでしたが、来た電車は満員です。私は乗りこめたのですがアキュラは置いてきぼりを食らいそうになり、しかたなく私も降りようとしたところ息子の背後にいた男性が親切にも押し込んでくれます。間一髪で乗り込むことができました。
 列車が走り出してやれやれと思ったとき何ともいえない違和感があり、下を見ます。すると私のショルダーバッグに4本の手が伸びていて、うち2本がバッグを持ちあげ残りの2本が同時にチャックを開けて中に手を突っ込もうとしています。中身はガイドブックとビデオカメラ、常備薬とティッシュ。裏側についた隠しポケットには小額紙幣の入った財布、といったとこです。私はあわててバッグを引き寄せ、開いた口を両手でガッチと掴んで顔を上げると正面の若い男は片手で手すりを掴み、もう一方の手は不自然に宙に浮かせて「ボク関係ない、やっていない」といった体で涼しい顔をしています。
 さて、ここでどうするのが正解なのか――。まだ何かを盗られたというわけではないのです。

 私はその手をじっと睨み付け「もし下ろしたら容赦しないぞ」という感じで集中力をもって睨み続けます。そしてそのことは、逆に他に対する集中力をまったく失っていたということになるのです。
 降車駅について他の乗客と一斉に吐き出され、ほっと息をついて気づくと胸のポケットのチャックが開いている。触ると携帯がない。もしやバッグの方に入れたままだったかと思ったのですがもちろんそこにもない。私はまんまと買って4か月目のiPhoneを抜き取られてしまっていたのです。
 そのときになってまた思い出したのですが、車両から吐き出されたとき、足元に何枚かの観光地の入場券が散らばっていたのです。そう思ってジーンズのお尻のポケットを探るとその中もカラ、中身を掻きだされているのです。なんと尻を触られても気づかなかった。こんな調子ではパンツの中に手を入れられても分からなかったのかもしれません。
 なにしろバレれば逃げようのない車内での窃盗、それをやるからには生半可な連中ではなかったのかもしれません。乗車駅でいったん降りようとした私たちを、背後から押してくれた男も仲間だったに違いありません。私の背後から携帯を抜き取った人間も含め、4〜5人が関わっていたように思います。
 さらに悪いことに、旅行前に娘とLINE上でやり取りした際、私はそこにクレジットカードの画像をアップしてしまっていたのです。これでは7万円のiPhoneに数十万円の付録をつけて渡してしまったようなものです。
                                 (この稿、続く)
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2015/3/12

「戻ってきました」成田離婚とIS(イスラミックステート)〜イタリア奇行@  親子・家族


 帰ってきました。
 3月3日の記事をもう一度読み直し、まあ、そんなに大それたことを書いているわけではないな、と確認してからもう一度キーボードに向かっています。「とにかく動いてみよう」といってもさほどのことをしたわけではなく、イタリア旅行に行ってきたというだけのことです。
 イタリアがあこがれの国だったとか、いつか行ってみようとずっと思っていたというわけではなく、ひょんなことから話が持ち上がって、「じゃあ、行ってくるか」という感じになって、それで「とにかく動いてみよう」ということになったのです。そしてそのいい加減さが、あとで災いになったり幸いになったりしました。

 ことの始まりは息子のアキュラ(もちろん仮名、21歳学生)です。私によく似た根性なしの怠け男で、人生の半分は睡眠で費やし、残り半分は好きなことをして過ごそうといった図々しいところがあります。学生として少しは私よりマシで、授業にはよく出ているみたいです。
 息子に限らず、二十歳前後の若者を見ていると、総じて男の子は臆病でだらしなく女の子は活発で精力的といった印象を持ちます。今回の旅行でも日本人の女性グループはあちこちで見かけますが男性グループとなるとかなり少なく、だからむしろ目立つという感じがありました。
 そんな調子ですから若い二人が結婚し、さて新婚旅行にヨーロッパ10日間といった日程を組むと、新婦は海外旅行十数回のベテラン、新郎は初出国といったことになりかねず、それが成田離婚の大きな原因だと言われたりしています。初の海外では新郎がダメ男に見えてもムリはありません。

 我が家も同じで、娘のシーナ(こちらももちろん仮名、今は25歳)は精力的な活動家で、婿殿は真面目で誠実なおとなしい性格。学生時代に海外旅行の経験がなく、タイだのフランスだのフィンランドだのと走り回っていた娘とは少しタイプが異なります。そこで気を遣って新婚旅行は東南アジアのリゾート地にしました(リゾートだったら判断はオレンジジュースかアップルジュースかといった日常的なものだけで済みます)。
 ただ新婦のだれもがそんなふうに気を遣ってくれるとは限りません。就職してからだと個人的な海外旅行は難しい場合も少なくありません。そこでアキュラに「学生のうちに行ってきなさい」「うん、行ってくるわ」ということになって軽い気持ちで決めたのです。

 私としては初の海外旅行ですのでパックツアーの枠にでも入れて、お爺ちゃんお婆ちゃんたちと一緒に回らせればいいやと思っていたのですが、娘のシーナが「そんなの絶対に面白くない、私が計画を立てるからフリータイムで頑張れ!」ということになり、少々不安だったのですがヨーロッパならそうそう殺されることもあるまいと思ってそのまま行かせるつもりだったのです、一月の末までは。
そこに例のIS(NHK風に言えば「過激派組織IS=イスラミックステート」)の事件です。
 ネット映像で黒服の男が「日本人はどこにいても虐殺される」というのを聞いて、まず妻が引いた感じになり、シーナも不安になった様子。当然私も「イケイケ」状態からはかなり気持ちがダウンします。そして妻が「お父さん、ついて行ってやったら」と言いだし、娘が「やっぱそれがいいよ」ということになり、アキュラは不安そうな顔をしたりしています。

 今から思うとそこまで怯える必要はなかったのですが、2月初頭の雰囲気は今とはまた違っていたのです。そこでいい年をした父子の珍道中ということになったのです。私とてそれほど海外旅行の経験はなく、ヨーロッパは初めてなので不安がないわけでもありません。
                                       (この稿、続く)
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2015/3/3

「お休みします」  いいこと


 私の大人になってからの半生は、教員として半分、自分の子の親として半分、きっちり分けてそれなりに精一杯やってきました。
 その二つをほぼ同時に失うことは年齢的に分かっていたので、数年前から準備を進めてきました。そのつもりでした。ところが実際にそうなっても、新しい目標も打ち立てられず何の技術も身に着けていません。これを「無芸退職」と言います(と言うか、私はそう言っています)。
 それからおよそ一年。
 人間というのはよくできたもので、何もせず、何も考えずに時を過ごすことはできないのです。それなりにボンヤリと夢を見て、何となく何かをしたくなります。
 さて、なにか分からんが、とにかく動いてみよう。そんな感じです。

 ということで明日から一週間少々家を空けます。病気とかではなく、もっと前向きな話です。
 その間、「アフター・フェア」もお休みですが、必ず再開しますのでお忘れなきようお願いいたします。

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2015/3/2

「再び、上村くんのこと」  教育・学校・教師


 思った通り金曜日に容疑者三人が逮捕され、上村君事件は一歩コマが進みました。
 おかげで土日のニュースおよびニュース・ショウはこの事件でもちきりで、いくつかの新事実も出てきます。その中で、一カ月の前の暴力事件の際に上村くんの友人が容疑者少年宅に押し掛け、抗議をして警察沙汰になったという記事が目を引きます。
 これだけだと正義の士(または正義のグループ)が上村くんの背後にいたように見えますがおそらくそうではありません。いわばチンピラ・グループの抗争のようなものですこの子たちは年中ケンカを繰り返していますが正義の仮面をかぶった時にはより強く出てきます。どんなくだらない抗争でも大義名分はあった方がマシなのです。
 ただこのことは、抗議された側を傷つけます。大義が向こうにあるからです。特に上村君は容疑者少年の、いわば舎弟で特に可愛がられていた子ですからその子に裏切られたという想いは当然、復讐を指示します。仕置きをしなくてはなりません。今回の事件の背後にあったのはそうした心の動きだったと思われます。
 よく「いじめ問題に大人が出ていくとさらにイジメられる」と言いますがそれも基本的に同じ論理です。子どもの世界の話を大人社会に知らされたことで「悪者扱い」された加害者が、”被害者意識“をもって復讐するわけですからやり口は過酷になります。
*この、加害者の内部にある”被害者意識“、加害者の持つ“主観的正義”というのはイジメや暴力事件を考えるときに重要なカギだと私は思っています。

 上村君はその辺りの事情を理解していませんでした。ニュースの扱いでは上村君がグループを抜けたがっていたという面ばかりが強調されますが、常にそうだったわけではありません。人間関係は常に流動的で揺れているのです。もしかしたら上村君にとって、最善のことはグループを抜け出すことではなく、仲間に入った初めのころのようにリーダーに可愛がられ楽しく日々を送ることだったのかもしれません。だから彼の方から「先輩、遊びません?」などと声をかけていくのです。
 しかしそれは18歳の首謀者少年に対してではなく、同時に逮捕された17歳少年に対してでした。それが致命傷です。首謀者少年の立場に立てばよく分かるのですが、自分を差し置いて仲間の少年に声をかけるのは同じグループにいながら自分を無視する行為、さらに言えば組織の分断活動です。だから復讐は苛烈を極めます。

 こうした事件は実は古典的で、常に繰り返されてきたものです。非行グループに属する生徒を更生させようとするときの最後のハードルがそれで、円満な脱退というのはめったにないのです。
 子どもには子ども社会の論理やルールがあります。非行グループに非行グループなりの論理も約束もあります。
 今回の事件では上村君の状況を知る子どもたちの、誰一人もそれを大人社会に通報しなかったことが問題とされました。多くはそれを親や教師の怠慢として捉えていますが原理的に無理 です。
 子ども社会のできごとは安易に大人に知らせてはならない――それはいつの時代でも、どんなグループについても言える、自然発生的な、そして強力なルールだからです。


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