2014/10/31

「そんなことはないだろう」  教育・学校・教師


 先週の産経新聞で、「透明人間になったら何をしたいか」という問いかけに対して「人を殺す」「強盗する」と答えた小学生の例を挙げ、
 かわいそうに児童たちは、家庭でも学校でも、「人を殺してはいけない」ことを、教えられてこなかったに違いない。
といった記事が出ていました。またイスラム国に参加しようとした北大生にも触れ、
彼もまた、徳育の欠如した戦後教育の被害者なのかもしれない。
と書いています。

 これに 対する批判はWebの方にも書きましたが、10万人当たりの殺人発生件数は昭和元年が3・4であるのに対し、2002年は1・1しかありません(2002年ICPO調査)。戦後教育の方が道徳が欠如しているというのは戯言(たわごと)です。そもそも戦前に「人を殺してはいけない」という教育が徹底していたら、あの戦争は起こせませんでした。
*ただし昭和以降、殺人事件が現在よりもずっと少なかった時期もあります。今の半分という年もありました。昭和19年と20年です。しかしこの両年を「殺人事件のない平和な時代だった」と懐かしむ人はいないでしょう。

 戦後より戦前の方がよかった、日本より外国の方が優れているという言い方には、反射的に戦闘態勢をとることにしています。間違っているからです。少なくとも教育に関する限りは99%正しくありません。

 たとえばたびたび話題になる世界大学ランキングですが、昨日の新聞報道にも「USニューズ・アンド・ワールド・リポートの世界の大学ランキング」で東大が24位という話が出ていました。GDP世界第3位、先進国の中でも特に先進的なはずの日本の最高峰が、24位ではあまりにも情けない――そういう話になりかねません。しかしどうでしょう? こういうときこそ眉に唾をつけ、調べなおさなくてはなりません。

 上の記事の最後に簡単な資料がついていました。

■USニューズ・アンド・ワールド・リポートの世界大学ランキング
《トップ10》
1 ハーバード大(米)
2 マサチューセッツ工科大(同)
3 カリフォルニア大バークリー校(同)
4 スタンフォード大(同)
5 オックスフォード大(英)
6 ケンブリッジ大(同)
7 カリフォルニア工科大(米)
8 カリフォルニア大ロサンゼルス校(同)
9 シカゴ大(同)
10 コロンビア大(同)

《アジアのトップ5》
24 東京大
39 北京大
42 香港大
55 シンガポール国立大
60 京都大


 やはり何か変ですよね。ノーベル賞受賞者を何人も輩出している京都大学よりも、一人も出していない北京大学や香港大学の方が上なのです。そもそもトップ10がすべて英米というのも納得できません。
 そこで直接、USニューズ・アンド・ワールド・リポートにあたってみます。インターネットを使えばあっという間です。

 それによると11位以下30位まではこうなっています。
11 ジョンホプキンス大(同)
12 インペリアル・カレッジ・ロンドン(英)
13 プリンストン大(米)
14 ミシガン大(同)
15 トロント大(加)
16 ワシントン大(米)
17 イェール大(同)
18 カリフォルニア大 サンディエゴ校(同)
19 ペンシルベニア大(同)
20 デューク大(同)
21 ロンドン大(英)
22 カリフォルニア大 ロサンゼルス校(米)
23 コーネル大(同)
24 東京大(日)
25 ノースウェスタン大(米)
26 チューリッヒ工科大(スイス)
27 ウィスコンシン大 ミシガン校(米)
28 カリフォルニア大 サンタバーバラ校(同)
29 ミネソタ大 ツインシティ(同)
30 ブリティッシュ・コロンビア大(加)

 東大とチューリッヒ工科大を除くと、すべて英語で授業を行う国なのです(チューリッヒ工科大も大学院以上は英語)。
 31位以下を見ても次に英語圏でない大学は39位の北京大学まで待たなくてはなりません。フランスの大学もドイツの大学も入っていません(パリ第6大学46位、ミュンヘン大学48位)
 そして最近ノーベル賞でがぜん注目されている名古屋大学などベスト100にも入っていません(167位)。

 評価基準が違うのです。通常私たちが考えるような大学のレベルとは、何かが決定的に違います。

 どういう評価基準でランキングがなされたか、そこまではっきりさせる時間がないのでとりあえずここまでとしますが、「東大(ですら)24位」は今後も独り歩きしていきます。そのバカげた表現に対し、その都度、私たちは異議を申し立てて行かなければならないはずです。


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2014/10/30

「ハゲてはいけない」  親子・家族


 久しぶりに床屋さん(*)に行って調髪をしてきました。
*一時期「床屋」は差別用語で「理髪店」または「理容店」が正しいという話がありました。私の用語辞典ではそうなっていません。そこでは「理容店」は髪を切って整えるところ、「床屋さん」は四方山話をするついでに髪を整えてもらうところです。
 そこで自然に、話は「ハゲ」(*)の問題に進みます。
*これも差別用語かもしれません。正しくは「毛髪薄弱者」とでもいうのでしょうか?
 かつてハゲをバカにした報いに違いありませんが、この一年余りの間に、私の頭髪は急速に薄くなっています。それまではまったく気にせずに済んだのに、いったん始まると落日は速いのです。

「しかし不思議なものですねェ」と店主。
「人間の頭を守る大切なものなのに、どうしてなくなってしまうのでしょう?」
「それは――」と私。
「もう死んじゃってもいい、ってことじゃないですか?」
 若くて髪がフサフサの時代には決して口にできないことでも、自分が当事者だと安心して言葉に出せます。そして「死んじゃってもいい」にもそれなりの理由があるのです。つい最近読んだ本の中にこんな話があったからです。

 動物のメスで閉経後も長く生きている動物はほとんどいない、人間はその数少ない種のひとつなのだそうです。再生産の能力がなくなったメスを生かし続けるのは、資源のムダ遣いだからです。しかし人類のメスは年老いても生き続ける、そのメスの子であるオスも母に似て長生きをする、それはなぜか――。
 すぐに思いつくのは、「年老いた者が生き残ることが、人類にとって有利だったから」という仮説です。

 数万年前、人類は二足歩行を始めるととともに骨盤を狭くしていきました。それと逆比例するかのように頭蓋は大きくなったので難産は常態になり、次第に未熟なまま子を産む方向に進みます。
 馬にしても牛にしても生まれて数時間で立ち、母親のもとに行って乳を飲むというのに人類は歩行まで一年、「自分の力で飯を食う」ようになるまでに、現代で15年(義務教育の終了)、奈良時代に遡っても6年(口分田の与えられる年齢)もかかってしまうのです。その間、子どもは両親が守っていかなければならないのですが、一組のオスとメスだけでは荷が重すぎます。そこで長命な遺伝子を持つ家系ががぜん有利となり、爺婆の力を借りて子育てできる家族が人類の主流になってきたというのです。
(ここからが私の仮説)しかし一世代30年で二世代は60年、ヒトは60歳になるとだいたいマゴ世代が育ち終わり、安心できる時期に入る――だからそのあたりから「もう死んじゃってもいいってこと」になり、大切な頭を守る頭髪も役割を放棄し始める、そういうことではないのかと思うのです。

 しかし、オイ、待て、そこには個別の問題というのもあるだろう。私の娘はつい最近嫁に行ったばかりで息子はまだ大学生だ。マゴの面倒を見るのが人類としての要件なら、私の場合はまだ始まってすらいない、だからハゲていいはずはない――。

 髪を洗ってもらい、かつてないほどシャワーの水圧を頭皮にじかに感じながら、私が思ったことはそういうことです。
 職業人としての役割は終わりましたが、人類としての役割はまだ終わっていない、だからハゲてはいけないのです。


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2014/10/29

「学級という烏合」B〜学級目標のこと  教育・学校・教師


 学校がいくつも持っている教育上の知恵――小学校では並んで教室移動をするとか、授業の始まりに毎回挨拶をするとか(それらを私は学校の教育学と呼んでいますが)――には、無意味なものはありません。無意味に見えるとしたら、それはかつて意味はあったがもはや形骸化してしまったとか、今も意味はあるがうまく説明できる人がいなくなったとか、上や横から押し付けられただけで現場には適合せず、本来期待された意味が生かせなくなっているとかいった場合です。
「学級目標」は微妙な位置にあって、うまく生かしている人もいればそうでない人もいます。現場にいたときの私は後者でした。
 しかし今から考えると、この問題を深く考えるチャンスはいくらでもあったのです。

「当たり前のことを、バカみたいに、きちんとやる」というのはある中学校の学級目標にあったものです(「デイ、バイ、デイ」2009年7月2日、7月13日)。とても気に入りました。

 20年以上むかし、やはり見学で行った小学校で「何でも言い合えるクラス」という学級目標を発見し、これにはたまげました。担任と私では言葉から受けるイメージが違うのでしょう。私にとって「何でも言い合える――」は戦国時代のイメージです。ほんとうに「何でも言い合」ったら大変だろうなと思いましたが、のちにそのクラスがどうなったかは知りません。

 妻はむかし、職員会に出された学級目標一覧の中に「日々気合い」というのを発見してびっくりしたことがあります。あとで聞くと「響き合い」の誤変換だったそうですが、結局そのクラスは「日々気合い」状態になったようです。

 総じて小学校の学級目標は具体的で数も多くなるのが特徴です。
「相手の気持ちを考え、友だちを大切にするクラス/人の話をしっかり聞き、よく勉強するクラス/どんなことにも、ねばり強く、最後まで取り組むクラス」
といった具合です。

 中学校はなぜか四字熟語が好きで、「一致団結」とか「切磋琢磨」「一心同体」など、よく見かけました。しかし「不惜身命」「一意専心」「不撓不屈」となる「オマエ、横綱昇進か?」とチャチャを入れたくもなります。

「行くぞ3組! 魂の炎上! 燃えよ青春!」
――ここから私は何を感じどう動けばいいのか。それは生徒も同じです。学級目標の作成時には気分よく盛り上がったかもしれませんが、半年後、ここから何かを感じ、指針とせよと言ってもムリでしょう。

 学級目標は一年の通じていつも意識できるもの、新しい活動の際その中に含めることのできるもの、そして教師にとっては「常にそれを使って児童生徒に問いかけのできるもの」でなければならないはずです。
 その点でたとえば「相手の気持ちを考え、友だちを大切にするクラス」は良い目標です。「今のキミの行為は、『相手の気持ちを考え、友だちを大切にする』ことになるのかな?」と児童に問うことができるからです。

「切磋琢磨」も「和顔愛語」も悪くありません。生徒に今の状況が切磋であり琢磨であるかを問い詰め、ギスギスした雰囲気のときには「和顔愛語」とつぶやくだけでもいいのです。
 しかし「一致団結」も「一心同体」もムリでしょう。なぜなら「学級というのは同い年で同じ地域に住んでいるという二つの共通項以外に何の類似性もない」集団だからです。


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2014/10/28

「学級という烏合」A〜目標が置ききれない  教育・学校・教師


 学級というのは同い年で同じ地域に住んでいるという二つの共通項以外に何の類似性もない、烏合の衆だというお話をしました。 “学ぼう”とか“学習しよう”とかいった共通の目的を持っているわけでもないバラバラな集団をどう切り盛りしていくか、それが学級経営で教師の腕の見せ所なのだとも。
 これについて現場にいたころの私はほんとうに無自覚でした。無自覚な時期がとても長かったのです。特に一年間の前半の方では比較的まとめやすいクラスが、後半になって何となく停滞してくる、どんよりしてくる、その感じに気づきながら本格的に考えてみようとしていなかったのです。

 それについて気づいたのは不登校の指導の最中です。
 不登校については何の決め手もありません。結果が良くても何が良かったのか、今ひとつわからない場合が多いのです。しかし、とにかく学校に来てほしい、来ていれば何かのきっかけで埒が開く、しかし引きこもったら簡単には打開策が見つからない――それが当時の私の立場でしたから、さまざまな方法を講じて学校に引き寄せるようにしたのです。
 普段の授業には出られなくても行事には参加できる例が多いことはよく知られていましたから、やれ旅行行事だ部活の大会だ、発表会だ文化祭だのとその都度持ち上げモチベーションを高め、学校に繋ごうとし続けたのです。
 ところが半年間はそれでもっても、あと半年がうまく行きません。特に中学校の場合、秋になって部活の新人戦が終わり文化祭が終了すると、残りの半年に楽しい行事はほとんどないのです。中学校はもともと楽しむところではないので受験の近づくうしろ半年はそんなふうになっているのです。

 年度の後半になって学級の活動が停滞するのもおそらく同じです。一学期の最初から、生徒総会を乗り切ろうとか部活の大会を支え合おう、体育祭で1位になろうとか合唱祭で金賞を目指そうとか、そんな言い方をしてもそれは10月までの話で、なかなか後まで引っ張っていけないのです。
 一年間の前半分では、特に意識しなくても、行事を丁寧に追って行けば常に学級を目的集団にできる、しかし後ろ半分はそうはいかない――私が無自覚だったのはその点です。だったら最初から、通年で目指せる目標を持ち、そのために学級づくりをしていけばよかったのですが、そのことの重大さに気づいたのは中学校の学級担任から外れるほんの直前でした。ほんとうにもったいないことをしました。

 では学級として何を目標にし、どんなふうに子どもを育てて行けばいいのか――。
 実はこれには最初から答えがあったのです。そのクラスをどんなクラスにしたいのか、児童生徒は何を目標に日々を生きるのか、そういうことは学級がスタートしたときから決まっています――というか決めています。つまり学級目標です。
 長いあいだ毎年「学級目標」を決めながら、ついぞ通年、それを通して子どもに迫ったりものごとを考えたりということがありませんでした。きちんとやっておけば良かったと強く後悔することのひとつです。


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2014/10/27

「学級という烏合」@~クラスは難しい  教育・学校・教師


 むかし勤務したことのある小学校で、新しく来た校長先生が低学年の全担任を女性に、高学年をすべて男性の挿げ替えるという大英断を果たしたことがあります。この方の説によると、低学年のうちは女の先生に十分甘やかされ、高学年になってからは男の先生にビシッと締めてもらうのが小学校のあるべき姿だそうです。しかしそこにはいくつもの間違いがあります。
 第一に、低学年で甘やかされつくした子どもを「ビシッと締める」のは容易ではない。しばしば失敗する。
 第二に、必ずしも女の先生は甘くない。そして必ずしも男の先生がビシッと締められるわけでもない。少なくとも私の知る限り最もキツイ先生は女性で、なんど担任をやってもクラスをボロボロにしてしまう男の先生も数多くいました。

 しかしともあれ、その大英断のおかげで私は初めての低学年の担任という、教師として一度は通過しておくべき道を中途半端に切り上げ、高学年のクラスに移ることになりました。ついでに言うと、新しい学年はとんでもなく優秀な先生に躾けられた、誰がやってもうまく行く素晴らしい子たちばかりでしたので、私の評価は上がり、けれど教員としての腕はさっぱり上がりませんでした。ビシッと締める必要もなかったのです。
 ここまでが前置きです。


 お話ししたいのは、その“大英断”の際、5年生のクラスから優秀なベテラン女性がはずされ、小学校は初体験という若い男性教師が持った件です。非常に厄介な子たちで彼女の剛力をもってようやく納まっていたようなクラスです。さすがに心配になった一部の職員が諫言して、なんとか思いとどまってもらおうとしたとき、その校長がこうおっしゃったのです。
「大丈夫。(新しい担任である)彼は、若く未経験とは言え、中学校で立派に部活を取り仕切ってきた先生だから心配ない」

 コリャだめだと私は思ました。当時は私も下っ端だったのでモノを言いませんでしたが、部活と学級とでは天と地ほどに異なります。学級経営に比べたら部活の運営など百倍も楽です。そのことを、この中学校未経験の校長は知らないのです。

 なぜ部活動は楽なのか、それは部活の組織が目的集団だからです。
 部活動には最初から目的があって、地区大会1勝という慎ましいものから全国制覇といった野望まで、レベルに差はあるもののそれを受け入れられない者は入れません。また“目的性”は個人にも当てはまり、選手になりたい、メンバーに入りたいといった情熱は放っておいても醸成されます。だから基本的に子どもたちは顧問の言うことをよく聞く。
 顧問の言うことを聞かず自分流にやって、強くなることもうまくなることもない――普通はだれだってそう考えます。顧問に悪態をついて嫌われて、それで選手にしてくれとはとても言えない――そのくらいは中学生だって分かります。
 顧問の言うことが聞けない子、聞きたくない子は、基本的に自ら辞めていきます(部員が一斉にそっぽを向いてクーデターを起こすといったことはめったに起きません)。ですから部員として目の前にいる子は、ほとんどが “言うことをよく聞く、良い子”なのです。それを運営できたからといって力のある先生の証明にはなりません。

 学級は違います。そこは同い年で同じ地域に住んでいるという、二つの共通項以外に何の類似性もない烏合の衆です。“学ぼう”とか“学習しよう”とかいった共通の目的を持っているわけもありません。そんなバラバラな集団をどう切り盛りしていくか、それが学級経営で教師の腕の見せ所なのです。

                             (この稿、続く)

*ちなみに、上記で若い担任に代わったクラス、大方の職員の予想通り、あっと言う間に崩壊してしまいまいました。前担任が“子どもを十分に甘やかせる”ような、そういうタイプの女性でなかったことは言うまでもありません。

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2014/10/24

「私の資質」  教育・学校・教師


 ある種の信念とこだわりから学校にいる間はずっと背広で過ごしました。小学校の担任をしていた時、着替えの時間がなくてスーツのまま体育指導をしていたのを校長に見つかり、指導を受けたことがあります。
「背広で体育は、ねェだろう!」

 中学校勤務で、若くて部活に夢中になっているころ、しばらく坊主頭にしていた時期があります。
 昨日書いた通り、私の顔はとても怖いらしいです。
 恐ろしい顔に丸坊主、スーツ姿……「どんだけ怖いんだよ」といった感じになります。

 そのころ、旅行行事で高原キャンプの計画を立てるのにキャンプファイヤーのやり方が分からず困ったことがあります。そこで同じように若い先生と近くのキャンプ場に出かけ、他のキャンプファイヤーを見てこようということになりました。
 ある夜、仕事の終わったあと彼の運転で小一時間ほど走り、峠を越えた下り坂で車を右に寄せて車窓からキャンプ場を見下ろし、しばらく見学をしました。そしてそろそろ帰ろうとしたとき、下の方から一台の車が上がってきたのです。キャンプ場を見下ろす関係で私たちは右の車線にいましたから、同僚は車の所在を示すためにライトを点灯させます。あとから考えるとそれが対向車のドライバーの目に入り、相手をひどく怒らせたようです。引き返す私たちのあとをずっとつけてきたのです。
 山の中の一本道ですので後続がいるのは気にならなかったのですが、コーヒーでも飲もうと喫茶店の駐車場に入ると事情が変わってきす。その車は私たちのうしろにぴったりとつき、逃げられないようにしてから窓が開いたのです。同僚が運転席から降りると声がかかります。
「オイ、てめェ。なんであんなところでライトつけんだよォ」
 同僚がすぐに「すみません」と謝り、そこから緊張感の高い沈黙が続きます。
 声がよく聞こえなった私は何が起こったのか理解できず、しばらく離れていたのですが状況が動かないので回り込んで、何事かと覗き込みます。
 肩から背広を羽織った坊主頭の恐ろしい顔が、ぬっと出てきたわけです。そして相手の口調が変わります。
「あ、あんなところで急にライトがつけばびっくりするじゃないですか。こ、今度から、気をつけてください……ね」
 そして車をバックさせ、そのまま行ってしまいました。それでも私は何が起ったのかしばらくわからないでいました。

 それから20年も経ち、顔も年を重ねるとさらに凄味を増してきます(ということだと思います)。
 高速道のサービスエリアに入り、空いていた駐車スペースにバックで車を入れます。その背後には大きなRV車がこちらを向いてすでに停車しています。本来なら背中合わせに置くべきところですが、頭から突っ込んでいる車も珍しいわけではありません。
 私は後部座席に置いたバッグを取るために車内でドタバタしていたのですが、先に降りた娘はRVの女性に呼び止められたようです。あとから聞くと前を押さえられたので自分が出られないじゃないかとひどく怒られたようなのです。私が車外に出たのはその直後です。

 バッグを手にRVの横を抜け売店の方に行こうとすると、娘と話していた運転席の女性が引きつった表情の顔の前で、慌てて手を振ります。
「なんでもありません、大丈夫です。かまいません。申し訳ありません」

 娘から事情を聴いたのは売店に入ってからでした。
「お父さんの顔が怖くてほんとうによかった!」

 それが私の資質です。
 教員としてもけっこう便利で、緊張感の高い、引き締まった状態から学級経営を始めることができました。

 
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