2013/12/27

「ありがとうございました」  


 冬休みになりました。
「デイ・バイ・デイ」は次の登校日の1月7日まで、基本的にお休みです。

 一年間ありがとうございました。来年もよろしくお願いします。

 それでは皆様、よいお年を!

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2013/12/26

「ご苦労様でした」  知識


 今日で2学期も終わります。2013年(平成25年)巳年も間もなく終わろうとしています。長い2学期、長い一年間ご苦労様でした。

 今年の主な出来事をクイズにしましたので、いくつできるか考えてみてください。
1)今年就任した中国の国家主席は(     )。
2)日本の安倍首相の行っている経済政策は総称して(     )と呼ばれている。
3)9月に決まった第二回東京オリンピックは(    )年。
4)日本が打ち上げた最新式ロケットの名前は(     )。
5)8月12日、高知県四万十市で記録された日本最高気温は(   )度。《小数点以下も》
6)北朝鮮で粛清された金正恩第一書記の叔父はチャン・(    )氏。
7)現在大規模なデモを行っているタイの反政府側(反インラック首相側)のシンボルカラーは(   )色。
8)爆弾テロがあったのは(    )・マラソン。
9)気球の炎上落下事件のあったのは(    )《国名》のルクソール。
10)6月に富士山が選ばれたのは世界(   )遺産。
11)三浦雄一郎さんがエベレストに登頂したのは今回で(   )回目。
12)田中将大が日本シリーズで巨人に敗れるまで続いた無敗記録は、昨年から数えて(    )勝。
13)今年イチローが打ち立てた日米通算安打記録は(    )本。
14)バレンティンが今年打った本塁打は(   )本。
15)JR九州が今年から営業を始めた豪華寝台列車は「(    )in九州」
16)今年引退を発表したアニメ監督は(     )《漢字で》。
17)今年亡くなったアンパンマンの生みの親は(      )。
18)今年退位した先のローマ法王は(     )16世。
19)今年亡くなったイギリスの元首相は(      )。
20)今年イギリスに誕生した王子の父親はウィリアム。その奥さんで新王子の母親の名前は(   )。
 
 来年(2014年、平成26年、午年)もよろしくお願いします。

答え.
1)習近平 2)アベノミクス 3)2020 4)イプシロン 5)41・0 6)ソンテク 7)黄 8)ボストン 9)エジプト  10)文化  11)3  12)30  13)4000  14)60 15)ななつ星 16)宮崎駿 17)やなせたかし 18)ベネディクト 19)(マーガレット)サッチャー 20)キャサリン




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2013/12/25

「思い出の教師たち」@  教育・学校・教師


 昔の教師の方が偉かったというのはウソです。「坊ちゃん」に出てくる赤シャツだのウラナリだのはみんなロクなものではありませんし「吾輩は猫である」の主人公(猫)の飼い主(珍野苦沙弥)だって大したことはない。「二十四の瞳」の大石先生なんて現代の教室に入れたらあっという間に学級崩壊です。確かに無着成恭のような偉大な教師もいましたが、彼とて「山びこ学校」を読んでいるとどうみても生徒が立派で、そのおかげで偉くしてもらったような気がしてなりません。それに比べると現代の教員はほんとうに優秀です。

 とりあえず驚くのは体罰なし、言葉と工夫だけで30人もの子どもたちを自在にコントロールできることです。私のように初任の時、最初に購入した教職グッズが“根性棒”(今でも神社・仏閣・観光地のお土産物屋で売っています。300円程度〜)といった手合いとは、そもそもデキが違います。

 教える内容も昔に比べたらずっと増えました。小学校の生活科、総合的な学習の時間、外国語活動、性教育、人権教育、環境教育。加えて中学校ではキャリア教育。昔はいじめなんかほとんどほったらかしでしたし、不登校もなかった(あったかもしれないがあまり対応しなかった)。今は保護者対応も難しくなり、マスコミ対策もたいへん。学校評価に教員自己評価、免許更新に不祥事対策。昔の教員にこんなものを突きつけたら皆、卒倒してしまうに違いありません。現代の教員の方が優秀に決まっています。

 しかし仕事は増え制約も増えましたが、人材も集まるようになりました。その上戦後だけでも70年余。さまざまな教師が研鑽を続け研究を深めてきたのですから、能力が高まらないはずがありません。昔の教師の方が偉かったように思えるのは、何といっても大卒の少ない時代でしたし、それだけ知恵もあるように見えただけのことです。

 ただし昔の方がユニークな先生がいた、変な人がいた、豪快な人がいた、それは事実のような気がします。何をやっても非難されることも懲戒を受けることも少ない時代でしたから、教員として強制も矯正されなかったのです。

 朝から酒の匂いをプンプンさせてくる先生、授業中に眠ってしまった人。家庭訪問を2軒残して酔いつぶれ、生徒の家に泊まってしまった人、地域との宴会で2階のベランダから小用を足して下を歩いていた警察署長にかけてしまい、大変なことになった校長、教育長と取っ組み合いになってバーのカウンター席から転げ落ちた教頭――酒に関する逸話は枚挙にいとまがありません。
 体罰を体罰とも思っていませんでしたし、何気ない会話のいちいちは今やれば片端セクハラかパワハラです。それで何とかやっていたのですから、今から考えるとおおらかな時代でした。

 来年は心してその時代を思い出し、私自身が面倒を見てもらった先生、先輩としておつきあいただいた方々そしてかつての同僚たちの、悪行・愚行・破廉恥行を記録に残しておきたいと思います。そうしないといつまでたっても「昔の教師は偉かった」などといった誤解が解けないからです。

 昔の教師の方が偉かったなどということは絶対にありません。偉い人もいましたがその数は今よりずっと少なかったのです。少なかったから際立って見えただけなのです。

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2013/12/24

「オキシトシンとセロトニン」  知識


 マウスにマグネシウムの入っていない食事を与え続けると、子育てをやめてしまうという話を聞いたことがあります。ずいぶん昔のことです。
 従って人間もある種の物質をコントロールすることで、愛情を変化させることができるかも知れない―そう考えて何か不快なものを感じたことを覚えています。

 ところがそれが、良い意味で現実のものとなってきたようなのです。先日のニュースでびっくりしたのは、自閉症の患者にオキシトシンというホルモンを鼻から投与すると、症状に改善が見えられるというのです。
 具体的には、表情と言葉の合わない写真(たとえば迷惑そうな顔をした写真に「喜んでやらせていただきます」といったメッセージをつける)を見せ、オキシトシン投与の前後で表情の読み取りに差があるかどうか調べると、明らかに改善の様子が見られるというのです。

 オキシトシンは出産にかかわるホルモンで、子宮を収縮させて出産を促すとともに、母乳の分泌のスイッチを押すものです。かつては女性だけのものと考えられていましたが、現在は男性も恒常的に分泌することが知られています。
私はこのオキシトシンを、セロトニンとともに「幸福を呼ぶホルモン」として覚えました。

 オキシトシンは出産にかかわるホルモンですがおそらく母性本能とのかかわりもあり、これが多く分泌されると人への親近感・信頼感が増し、ストレスが消えて幸福感を得られると言われています。血圧の上昇は抑えられ、心臓の機能もよくなるために長寿にもつながります。

 また、オキシトシンはセロトニン神経を刺激してセロトニンを多く分泌させます。セロトニンは脳の状態を安定させ、心の平安・平常心をつくりだすホルモンです。自律神経に働きかけて痛みをやわらげる効果もあるので、病気のときやスポーツでは特に必要とされるものです。

 そのオキシトシンが自閉症に効果があるとなると、自閉症そのものの捉えも変わってきますし、SST(Social Skills Training)のあり方にも重要な示唆を与えることになります。オキシトシンが投与された状態で“表情を読む”というトレーニングをすることで、ずっと効果が上がると考えられるからです。新しい道が切り開かれるかもしれません。

 ところでこの「幸福を呼ぶホルモン」はどうしたら増やすことができるのでしょう。これについては次のように言われています。
 規則正しい生活を送り適度に運動を行う。陽の光を十分に浴びるとともに常に呼吸を整えておく。家族団欒を大切にし、夫婦・恋人とのふれあいの時間を十分に取る。感情を素直にあらわすことと親切に心がける――。

「幸福を呼ぶホルモン」の分泌を促す方法は、実に平凡で常識的なものです。私はオキシトシンやセロトニンの話が好きなのですが、それはこうした結論の平凡さのせいです。


*今日はクリスマス・イブです。早く帰って家族孝行をしましょう。幸福を呼ぶホルモンがバンバン分泌するかもしれません。


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2013/12/20

「学校五日制のこと」A  教育・学校・教師


 日米貿易摩擦から日本バッシングが起こった90年前後、どうしたら週休二日制を進め、日本の過剰労働を改めてアメリカに鉾を納めてもらうか・・・政府が悩ましい問題に頭を抱えているところへ知恵者が現れます。それが誰かは知りませんが、ドイツに学んだのです。

 ドイツは長いあいだ、夏の観光地に客が集中することに悩まされてきました。 人々がもっと分散して休みを取ってくれれば、アウトバーンも渋滞せず、そうなると混雑を嫌って遠出をしなかった人もどんどん観光に出かけて金を使ってくれる、なんとかそういうことにならないか・・・そこでなぜ夏休みが集中してしまうのか調べると、ほとんどの大人が子どもの夏休みに合わせて休みを取っていることが分かったのです。
 あとは簡単でした。政府は直ちに州ごと、学校の夏休みをずらすようにしたのです。すると見事に観光地の混雑は解消され、全体的として観光に出る人はむしろ増えたのです。

 日本の企業に週休二日制を定着させるためには、まず学校を週休二日にしてしまう。それが1991年に持ち出されたアイデアです。子どもが土曜日休みになると働くことをためらう人はたくさんいます。かくして徐々にではありますが、週休二日制は日本中に浸透していきました。

 学校五日制を決めたのは自民党の文教委員会でした。私はその日のことを良く覚えています。学校を終えて家に帰り、ニュースをつけたら突然決まっていたのです。ベルリンの壁が崩壊したのと同じように、ほとんどなんどなんの前触れもなく、それは突然降ってきました。衝撃的であっけないできごとでした。
 文部省に任せていたらいつまでたっても決まらない(実際、週休二日制の話は70年代から出ていたのに文部省はいつまでも“調査研究”で、十数年かかっても決めらなかった)。そんなところで話をさせてもバッシング対策には間に合わないのです。そこで自民党文教委員会で決め、一方的に指示したのです。

 慌てたのは文部省です。しかしそれだけではありません。20年近くも週休二日を要求してきたのに日教組まで「ちょっと待って! 準備も整わないのに」と必死に抵抗しました。しかし半年後の12月19日、正式な通達として学校五日制は全国に報らされます。実施が1992年度の2学期からという、教育制度としては非常に中途半端だったのも、学校の実情をまったく考えずに急いだからにほかなりません。

 ただし本来が教育問題でも教員の労働問題でもなく、貿易摩擦問題に対する対症療法的施策でしたから、学校五日制への情熱はバッシングが納まるとあっという間に消えてしまい、完全実施に10年もかかりました(2002年)。そしてそれとほとんど時を同じくして学力問題が起こり、五日制に対する疑問も出されるようになります。教員を遊ばせてはいけないと、夏休みに研修がびっしり入るようになったのもそのころからです。

 学校五日制のおかげで学校はほんとうに厳しくなりました。今の若い先生は知りませんが、公務員の週休二日が実施され、学校だけが6日やっていた時代はその休めなかった土曜日を全部集めて、夏休みに取っていたのです。ですから教員は堂々と休んでいましたし、休み中に学校行事を入れることも極力避けるようにしていました。ですから今よりずっと楽でした。

 覚えておいてください。それなのに「五日制は教員に楽をさせたい日教組が、ゴリ押ししてつくった制度だ」―そんな言い方をする人がいます。冗談ではありません。そういう話には絶対に抵抗しなくてはなりません。学校も教員も、学校五日制には翻弄され続けてきたのですから。


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2013/12/19

「学校五日制のこと」@  教育・学校・教師


 今日12月19日は文科省が(当時は文部省)が、公立学校における月一度の土曜休業を決めた日です(1991)。

 あまり知られていませんが、戦後のわずかな時期、GHQの勧めで学校五日制(週休二日制)を実施した県がいくつかありました。秋田・滋賀・長野・山形・福島・千葉・熊本の7県です。
 ただし職員の勤務は週6日のままで、休みとなった土曜日はほとんどすべてを職員の研修にあてました。軍国主義教育の払拭と戦後民主主義教育の徹底のためです(他の県はどうしていたのでしょう)。しかし学習内容は減らさなかったため授業日の日課が苦しくなり、都市部では「子どもが何もしないでブラブラしている」という批判が、農村部では「子どもが二日間も労働に従事させられてボロボロになって学校に戻ってくる」という批判があって2年ほどで終わってしまいました。2年もやれば民主主義のための職員研修も必要なくなったのでしょう。

 再び学校五日制が話題となるのは1970年代に入ってからです。日教組に学校五日制週休二日制研究会が立ち上がり、当時の文部大臣も五日制を実施すると発言して「ようやく学校も世間並み」の方向かと思われたきり、10年も放っておかれる状態になりました。組合の定期大会でも五日制の要求は常に掲げられましたが、組合員にとってもそれは「いつかそうなるといいなあ」程度の夢物語でした。

 流れはとんでもないところから来ました。
 日米貿易摩擦は60年代から囁かれ始めましたが80年代に入ると自動車や半導体・農産物(米・牛肉・オレンジなど)といった品目を中心に“貿易戦争”と呼ばれるような厳しい様相を呈し、ついに1985年、アメリカの対日赤字が500億ドルを超えると“日本バッシング”と呼ばれる常軌を逸した対日批判が始まりました。雰囲気的には昨年の中国における反日デモに近いものがありました。

 そのころになるともう個々の品目ではなく、投資・金融・サービスなども含め、日本の経済の閉鎖性や外国企業に対する不平等が問題視され、日本の労働時間までやり玉に挙げられます。あからさまに言ってしまうと「アメリカ人は日本人みたいな長時間労働に耐えられない。そんなに働くのはフェアじゃない」ということです。アメリカはOECDやILOも動かし、世界の趨勢に従わない日本に年間1800時間労働を迫ります。

 もちろん日本政府も何もしなかったわけではありません。1800時間労働実現のために官公庁を週休二日制にし、民間にも繰り返し働きかけます。しかし一向に企業の週休二日制は進まずアメリカのイライラは募るばかりです。働けば働くほど儲かることは目に見えていましたし、そもそも日本人は働くこと自体が好きなのです。

 どうしたら週休二日制を進めアメリカに鉾を納めてもらうか・・・。するとそこに素晴らしい知恵者が現れます。

                                       (この稿続く)



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