2013/11/6

「評価の給与反映という愚行」  教育・学校・教師


 なんだかよく分かりませんが、児童生徒・保護者に評価を計ってその結果を教員の給与に反映させようという話があるようです。

 そんなことをして、教師が児童生徒や保護者におもねるようになったらどうするのかとか、教育の成果というものは何年もたってから現れてくるというのに、将来を見越した評価など児童生徒や保護者にできるのかとか、さまざまに論議されています。しかしそもそも評価と給与をタイアップさせて教職員の意欲を引き出すことが、現実に可能なのか、私は首をかしげます。というのは、児童生徒・保護者に評価をさせれば「いい先生」の方が圧倒的に多くなるのは目に見えているからです。

 もちろんそれは「世の中は『いい先生』であふれている」という現実があるからですが、それと同時に、児童生徒保護者はよほど「悪い」確証がない限り、「良い教師」の方にバイアスをかけて評価を出してくるに決まっているからです。いくら「秘密は厳守します」と言われても完全に信じることはできませんし、「敢えて担任と事を構える」くらいなら、小さな問題には目を瞑ってもいいと考えるのが普通だからです。

 かくして教員1万人あたりに3千人の「優秀な先生」と、500人の「ダメな先生」があぶり出されてきます(優秀な先生は10人に3人、ダメな先生20人にひとりという計算ですが、だいたい妥当な線でしょう)。ここで問題になるのは「優秀な先生」の給与をどれくらいい上げ、「ダメな先生」の給与をどれくらい下げるかということです。

 上げる方も下げる方も1万円というのはダメです。そんなことしたら教員給与が3000万円もアップしてしまいます。「ダメ先生」から取り上げられる資金が500万円ありますが、それを考慮しても2千5百万円の不足です。

 そこで考えられるのは「優秀な先生」を「ダメな先生」と同数の200人に限定するということです。しかしこれでは201番から3000番までの先生の意欲を著しく削ぐことになりかねません。なぜなら彼らもまた「優秀な先生」には違いないからです。もちろん「ダメな先生」を3000人にして3千万円生み出すというのは最悪です。「普通の先生」をダメ認定するわけにはいきません。そんなことをすれば、みんな本物の「ダメ先生」になってしまいます。かくして一番合理的な方法は「500人から取り上げた500万円を3千人で分ける」というやりかたになります。

 一人1667円。一人の同僚から1万円奪ってもらう1667円―これで意欲が湧くとすれば、その教師は人間ではないでしょう。

*注
 実際には「ダメな先生」の給与を減額することはできません。教員評価は懲罰ではないのです。可能なのは賃金の上昇分を減らすという程度ですが、いずれにしろ強力な資金力がなければできる話ではありません。


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