2013/7/8

「人生に必要な知恵はすべて保育園で学んだ」  教育・学校・教師


 自分自身が子どものころから子ども好きでしたから、結婚して子を持ったとき、嬉しくて嬉しくてそれこそ毎日のように遊んでいました。特に日曜日はあちこちの児童公園や運動公園を探しては、毎週必ずどこかで日がな一日遊んでいたのです。けっこういいお父さんでした。自分でもそう思っていました。ところがある時、何かの雑誌か書籍の中にこんな一文を見つけたのです。

「日曜日の公園でいつも仲良く遊ぶ親子連れ、その光景のなんと寒々としたことか。その子には大人以外の友だちがいない」

 私は心が握りつぶされるような感じがしました。
 確かにその通りなのです。親のわがままに突き合わせているという面はあるものの、実際に一緒に遊んでくれるような友だちは一人もいません。そもそも友だちどころか近所に“子ども”自体がいないのです。少子化社会というのはそういうものです。

 ただそのころはまだ学校五日制ではありませんでしたし、育児休業も1年間だけでしたので妻も復職し、子は一週間のうち五日半、保育園で過ごしていたのです。日曜日に友だちはいなくとも、週日は“友だち”と一緒です。しかもこの年端もいかない “友だち”というのは結構厳しいものがあって、大人のようにいろいろ容赦してくれることがありません。

 娘は2月生まれですが、同じクラスに前年の4月生まれの子もいて、月齢で言えば二倍近い差があるのに同じことを要求します。こちらはハイハイ向こうは全力疾走ですから、なかなかしんどいのです。けれどそれでよかった面も少なくありません。

 例えばトイレット・トレーニングの半分以上は保育園でやってもらいました。なにしろ友だちがみんなやることですからウチの子も同じようにしたいのです(おかげで男の子の多いクラスだった娘は男子用小便器で、女の子の多かった弟の方はしゃがんでのトイレがスタートです)。

 娘が2歳か3歳のころの参観日、私は非常に面白い場面に出会いました。それは部屋の中の滑り台で、何人かが次々に上がっては滑り降りる遊びをしているときのことです。
 いつもポワンとしているウチの娘が、滑り降りてからうしろに回り、そのまま順番を犯して滑り台に上ろうとしたのです。すると並んでいた中で一番背の高い女の子が「ジュンバンコ!」とものすごく大きな声でヒステリックに叫んだのです。娘はびっくりした様子でしたが、それから視線を宙に泳がせ、自分に言い聞かすように「ジュンバンコ、ジュンバンコ」と呟きながら、そして頷きながら列の後ろの方へ回って行きました。

「カワリバンコにジュンバンコ、そしてジャンケンポン」
と私は言います。
 いずれも子どもが最初に覚えるべき社会的ルールです。どんなに欲望が強くても耐えて忍ばなければならない鉄壁のルールで、これができないようでは“我慢強い子ども”など育てようがありません。しかしこれが案外難しく、親だけで教えるのは容易ではないのです。保育園はそれを容易に達成します。なにしろ子どもは容赦がありませんから厳しく指導してくれるのです。

 今や育児休業も3年です。親がゆったりと子育てできるようにとの配慮かと思いますが必ずしも良い方向とは言えません。
 少子化社会ですから近所に子どもなんかいません(その点、団地か何かで公園デビューとかやっている人たちは幸せです)。そうなると母と子が24時間、二人ボッチで3年も暮らすわけです。子育てが向いている人はいいでしょうが、そうでなければ本当に苦しい3年間になります。


 
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