2013/6/24

「UFOの日」  教育・学校・教師


 今日6月24日は「UFOの日」だそうです。

 1947年の今日、アメリカの実業家が自家用機で飛行中、9機の奇妙な物体を目撃し、「投げた皿か円盤が水面上をスキップするように、凄いスピードで飛んでいた」と報告したことから一気に評判となり、さらにマスコミが「空飛ぶ円盤(Flying Saucer)」と名づけ大々的に報道したところ次々と目撃証言が集まり、一大センセーションとなったようです。

 この物体は1950年代から60年代あたりまで、そのまま「空飛ぶ円盤」と呼ばれていました。しかし円盤状でない目撃情報もあったり言い方が子どもじみていることもあってか、次第にアメリカ空軍の公式用語である「未確認飛行物体(Unidentified Flying Object)」が使われるようになります。またその頭文字をとって「UFO」と表現されることもあり、日本では「ユーフォ―」と言われたりしています(アメリカでもかつてはそうした用例があったみたいですが、現在は「ユー・エフ・オー」と発音されるようです)。

「未確認飛行物体」は文字通り「未確認」の「飛行」する「物体」です。
空軍ではレーダーなどで探知され、その時点で当局が把握できていない航空機、観測用気球、その他はすべて「未確認飛行物体」であり、「UFO接近中!」という言い方で強く注意を喚起します。不意に到達した敵のミサイルや攻撃機である可能性もあるからです。自国の戦闘機にスクランブルをかけ、厳戒態勢を取らなければならない緊張の時間です。

 また一般的な意味でも、自然現象であれ鳥獣であれ、あるいは何らかの機械・装置であるにしても、確認できない「空飛ぶもの」はすべて「未確認飛行物体」であると言っていいはずです。ですから「UFO」の目撃者というのは相当いるはずですし、かく言う私もこれまで2〜3回目撃しています。なにしろ「何かわからない空飛ぶもの」ですから見るには見ました。しかしそれが宇宙人の乗り物かというと、必ずしもそうは思いません。
 UFOの目撃者はたくさんいても、異星人の乗ってきた宇宙船を見たという人はほとんどいないからです。証拠の品も写真も、信頼できるものとしては一切ありません。そして何より、異星人が地球やってくるということ自体が信じられないからです。

 異星人が生物である以上、どうしても恒星の光を必要とします。恒星の周囲を回る惑星の中にしか、生物は生まれようがないのです。
私たちの太陽系で生物が生存できる星は地球だけです。ですから異星人は太陽以外の恒星の近くにいるはずです。しかし地球からもっとも近い恒星(ケンタウルス座のアルファ恒星系)でさえも、4.3光年も離れているのです。ざっと4兆kmです。

 私たち人間が生み出した最速のものは拳銃の弾でもミサイルでもなく、NASAが1977年に打ち上げた宇宙探査船ボイジャーです。その速度、実に時速6万km(秒速17km)。そのボイジャーをもってしても、アルファ恒星系まで片道1800年もかかってしまうのです。いかに異星人が高度な文明を築いていたとしても、それほどの距離を簡単に行ったり来たりしているとはとても思えません。

 UFOが異星人の宇宙船である可能性は限りなくゼロです。しかしUFOは存在します。なぜならそれは「未確認」の「飛行」する「物体」なのだからです。
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2013/6/21

「夏至」  歴史・歳時・記念日


 今日6月21日は夏至です。ただし夏至は6月21日と覚えてはいけません。4年にいっぺん、「うるう年」の前年だけは6月22日です。さらにこの「夏至は6月21日、ただしうるう年の前年だけは22日」という知識も定着させてはいけません。その法則が当てはまるのは1992年から2019年までの間だけです。
 2020年から2055年までは毎年6月21日が夏至という期間が続き、その翌年の2056年は6月20日が夏至、以後「うるう年だけ6月20日が夏至、それ以外は21日が夏至」という期間が続くようです。理由は分かりません。天文学上そういうことになっているようです。

 夏至は一年で一番昼が長く、夜の短い日です。冬至に比べると昼が4時間50分も長いと言われています。正午の太陽も、一年中で一番高い位置に上がります。

 春分・秋分は休日でお墓参りもし、冬至はゆず湯に入ってカボチャを食べる、それに対して夏至は二十四節気のなかで特に地味で、これといった行事がありません。Wikipediaには「関西地方では稲が十分に根を張るようにとタコを食べ、尾張地方の一部では無花果田楽を食べる」とありますが、全国的な意味ではただ通り過ぎてしまう日です。やはり雨の鬱陶しい時期であり、何となく華やいだ気分にはなれないのでしょう。実際に日照時間も短いのです。ただし冬が長く夏の短い北欧などでは、特別の喜びをもって夏至祭りが行われるそうです。

 一年で一番日の長い日だというのに一年で一番暑い日にならないのはなぜだろう、そういう疑問を持って聞きにくる子がいます。なかなか優秀な子です(もっと優秀な子は自分で調べます)。その子にはこういった説明をしてあげるといいのかもしれません。
「ほら真夏の一番暑い時期、ほんとうに暑いのは太陽が頭のてっぺんにある12時ごろじゃないでしょ。もっと遅くなる。それはね、太陽の日差しが直接空気を温めているわけじゃないからだ。
 太陽の光はまず地面を温める、その温まった地面が空気を温める、そして気温が上がる。だから暑くなるまでには少し時間がかかり、後ろにずれてピークが1時半か2時頃になるのだ。
 同じことは日本全体にも言える。6月の日差しが地面を温め、それが空気を温めるには随分と時間がかかるのだ。しかも日本は海に囲まれている。海は地面と違ってせっかく温めてもすぐにかき混ざってしまうでしょ。だから海が十分に温まらないと気温は上がらない。日本全体を暑くするのはけっこう大変なのだ。5月、6月、7月とたっぷり時間をかけてようやく温まり、そして日本全体を暑くする。海は冷えるのも遅いからだいぶ日の短くなった9月でも暖かい。そしてゆっくりと寒くなっていくのだ」

 そんなふうに言えば、大抵の子は理解した気分になります。

 ちなみに小学校の低学年くらいの子にはもう一つ教えておくべきことがあります。それはカーテンを引くのは夏ではなく、冬だということです。子どもたちの中には、暑い日差しを避けるためにカーテンを引くと信じて疑わない子がいます。人間は体験したから必ず理解するというものではありません。

 夏、カーテンを閉め切ったら暑くてかなわないという現実、実際に確認しておかないと意識からすり抜けてしまいます。


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2013/6/20

「透明で混沌とした世界」  教育・学校・教師


 東野圭吾の作品が好きでテレビドラマの「ガリレオ」シリーズもよく見ています。主人公の湯川准教授は天才物理学者で同時に重要な警察の協力者です。そして子どもが嫌い。なぜかというと「子どもは合理的ではないから」だそうです。子どもが近づくと蕁麻疹が出るほどに嫌いなのです。
「現象には必ず理由がある」「仮説は実証されて初めて真実となる」が口癖で、論理の明快さがすべてです。事件捜査に関わるのもたとえば密室殺人といった不合理が我慢できないのであって、誰が犯人か、その動機は何かといった問題には一切興味がありません。論理と筋道の申し子なのです。

 作家村上龍のデビュー作は「限りなく透明に近いブルー」でした。これについて村上自身が、数学的な美しさがモチーフだと言っています。
「反比例を表す漸近線はどこまでたどっても絶対にX軸にもY軸にも接しない。グラフ上でいかに接しているかのように見えても絶対に触れてはいない、その美しさが好きだ」
というのです。

 私も若いころ、というよりは子どものころ、数学のそういう透明さが好きでした。例えばどれほど複雑な方程式でも、手順に従って解いていけば必ず小さくたたまれ、最後は「X=」の形で表現される。項が何十あろうと因数分解の問題は必ず答えがあり、何十人何百人いようとも不正解以外のすべての人が同じ答えになる。そこが不思議で、しかも美しく、そして心地よかったのです。

 それに比べれば国語や社会科はまるでダメです。解釈の学問ですから答えに幅があります。すべての答えは仮の解であって、新たな発見があれば簡単にひっくり返ってしまうほど脆弱です。例えば作家の私生活に重要な事件がひとつ発掘されるだけで、その時期に書かれた作品の解釈は異なってきます。
 社会科も一つの発掘、一つの発見によって学んだ事項そのものがなくなってしまうことさえあるのです(例えば三内丸山遺跡の発見ひとつで、縄文時代に関する私たちのイメージはまったく異なったものになってしまいました)。
 若いころはそういうものに相当いらだっていたのです。

 ところがある時期から不合理だったり不条理だったりするものに心惹かれるようになったのです。きっかけは埴谷雄高の「不合理ゆえに吾信ず」という著作です。
 これは一種の哲学的アフォリズム(格言集?)で、正直言ってさっぱり分からない本でしたが「不合理だからこそ信じる」という感じ方考え方が、その時期の私にストンと落ちたのです。

 数学や科学はこの世界の一部でしかありません。人間を含め、世の中の大部分は合理的に説明できない混沌としたものです。それが合理的に説明できるとしたら、説明か現象のどちらかが嘘なのだ、とそんなふうに理解しました。それから人間とか人間の営みとか、その不合理な存在を扱う“教育”とかが好きになりました。

 湯川准教授のように子どもの不合理が嫌いだと教育はできないのです。



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2013/6/19

「不注意の代償」  教育・学校・教師


 初めてS道K線を走った時、その起伏の激しさとカーブの多さに驚いたものです。しかしそれにもすぐに慣れてしまいました。今回、教員が○○SAの手前で35km/hオーバーの速度違反をしたというので、その慣れた道を改めて意識し、どこでどんな違反が起こったのか、検証する気持ちで走ってきました。するとT町に入ってから○○SAの先までは、本当に激しいアップダウンとカーブの繰り返しなのです。

 特にT町に入ったばかりの長い長い下り坂、そして○○SAの手前のトンネルは鬼門です。後者について言うと、暗いトンネル内で視覚的に下り坂が分からないのです。

 80km/h制限の高速道ですが周囲に合わせていると抑えたつもりでも90km/h。その速度でトンネル内の下り坂に気づかないといつの間にか100km/h、そしてトンネルを出たところで前走車を抜こうとするとさらに15km/h加算。計115km/h。
 これで立派な35km/hオーバーの完成です。

 教員ですから日常的にスピード違反を楽しんでいる人はそうはいません。しかし周囲に調和し、さらに少し考え事をしていたり疲れていたりするとこの程度の違反はすぐに発生してしまいます。そしてその代償はあまりにも大きいといえます。

 いい年をして『反省文』を書くなど切ないですよね。それを持って校長と一緒に教育長室へ出向き、いい年をして説教を受けるのもいやです。学校に戻って職員会議で顛末を発表し、「どうしたら今後そういうことがなくなるか」をみんなで考える(現在はそこまでやります)・・・こんなこと、もうたまりませんよね。

 しかし中には「恥をかいて頭を下げるだけならいいや」と思う不届き者がいるかもしれません。しかしその人は罰金のことを忘れています。普通は気にしない金額なので(払ったことのない人の方が圧倒的ですから)、改めて下に書いておきます。

【高速道路】
交通違反の種類    点数   反則金(普通車)
15km以上 20km未満   1  12,000円(反則金)
20km以上 25km未満   2  15,000円(反則金)
25km以上 30km未満   3  18,000円(反則金)
30km以上 35km未満   3  25,000円(反則金)
35km以上 40km未満   3  35,000円(反則金)

【一般道路】
交通違反の種類    点数   反則金(普通車)
15km以上 20km未満   1  12,000円(反則金)
20km以上 25km未満   2  15,000円(反則金)
25km以上 30km未満   3  18,000円(反則金)
  
 高速道路40km/h以上、一般道30km/h以上の記述がないことに注目しなくてはなりません。実はその部分については規定はなく、簡易裁判所の判決を待って金額が決まります。相場では7〜8万円だそうです(10万円以上になる場合も)。そして正確にはここからが“罰金”でそれ以下は“反則金”と言います。

 違反を承知でガンガン飛ばすような人はそうはいません。違反や事故の大部分は不注意によるものです。そしてその“不注意の代償”がこれほど大きいのです


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