2012/6/5

金星、太陽表面通過  知識


 明日6月6日、今度は金星が太陽の表面を横切るのが見えます。これを金星の太陽表面通過というのだそうです。
 全国各地で見られる時間はほぼ同じ。金星は午前7時10分ごろに太陽に侵入し始め、午後1時50分ごろに完全に太陽から離れます。その間ざっと6時間半の大スペクタクルなです。

 今回の「金星の太陽面通過」は2004年以来8年ぶり。しかし8年間に2回も起こるのはとてもめずらしいことだそうで、その前に日本で観測できたのは130年前の明治7年、1874年12月9日のことです。そして今回見逃した人が次に観測できるチャンスは、105年後の西暦2117年12月11日、つまりおそらく二度と見ることはできないのです(5歳の子が110歳まで生きれば何とかなりますが)。

 金星は水星とともに他の惑星と異なって太陽系では地球より太陽に近い、つまり地球の軌道の内側にいる星です。したがって地球から見ると常に太陽にくっついて動いているわけで、金星の場合、太陽よりあとから山の端に沈む時は「宵の明星」、太陽の進路の先にいて日ノ出に先立って上ってくると「明けの明星」となります(水星も同様に「明けの水星」「宵の水星」みたいになっているはずですが、太陽に近接しすぎているのと金星よりかなり小さな星であるためよく見えないのです。目のいい人には見えるらしいのですが)。

 つまり金星は太陽の進路の前にいたり後ろにいたりするのですから、金星の太陽表面通過などしょっちゅうあってもよさそうなものですが、なぜかそうはなりません。

 実はそれは、太陽を回る金星と地球の軌道が同一平面にないところから生じる現象らしいのです。地球が太陽を回る軌道面を中心に考えると、金星の軌道面は3.4度傾いています。そうなると太陽と地球の間に金星が入って一直線に並ぶ瞬間は、二か所しかないことになります。

 つまり地球がA地点にいて金星がC地点にいる場合、そして地球がB地点にいて金星がD地点にいる場合の二回だけ。
 下の図では、それでもかなりの確度で太陽―金星―地球が一直線に並んでしまいそうですが、図の中の金星や地球は10分の1ミリの大きさもありませんから、めったに起きない現象ということになります。
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 もちろん金星の太陽表面通過を直接肉眼で見ることはできません。そこで先日買った日食メガネが役に立ちます、と言うか役に立つのではないかと思われます。思われます、というのは理屈上は見えるにしても、実際に見えるかどうかははっきりしないのです。

 不安なのは太陽の大きさです。金環日食のときは日食メガネを通してみる太陽の小ささに驚いましたが、あの中を面積比で太陽の3%にしかならない金星が動いて行っても、果たして私の目に見えるものか。

 それを試す意味でも、日食メガネを持ってくるのはいいことかもしれません。


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2012/6/4

行動療法のこと  教育・学校・教師


  摂食障害の生徒を担任した事があると話しました。
 この子に関しては保護者や掛かりつけの医者の動きが早く、早期に治療できたため担任としてはほとんど苦労しなかったのですが、予後の心配があって気を遣いました。
 その時この子が受けた「行動療法」というものがなかなか興味深いものなので、ここに記しておきます。

「行動療法」というと何となくあれこれ動かしながら治療するように聞こえますが、これは「行動主義心理学の考え方をもとにした治療法」という意味での「行動療法」で動くこととは関係がありません。

 行動主義というには精神分析学に対置する形で生まれた心理学の一派で、要するに「人の心なんて一生懸命考えたところで分からない。私たちは目に見えるもの(行動)を通してしか研究をしない」という立場で研究する人たちのことです。現在の心理学の最大多数派で、精神分析を中心とする心理学が文学部の中に育ったのに対し、行動主義は極めて理系的で統計学を多用します。

 摂食障害に関っていえば、「原因は何か」とか「ほんとうに治ったのか」といった内面の動きには興味を持たず、とにかく拒食の子が気持ちよく食べるようになり、過食の子が無理なく食のコントロールができるようになったらおしまいです。それ以上は問いません。
 治療の実際の場面で多くつかわれるのは「アメとムチ」です。

 私の教え子の場合、入院と同時に病室から楽しいものの一切が遠ざけられまました。テレビも雑誌も書籍もゲームも、一切の持ち込みができません。看護師も仏頂面でやさしい言葉一つかけてくれません。

 その上で食事が運び込まれ、食べるように指示され、食べなければそのまま下膳されます。そんなことが繰り返されるうちに、いつか患者は何かを口にします。その瞬間に看護師や医師からやさしい言葉がかけられます。

 食べる量が増えると会話の中身が豊かになり、量が落ちるとまた仏頂面が始まります。食が進むようになると病室に本が入り、雑誌が入り、やがてテレビが入れられます。そして普通の食事ができるようになると、家族の面接が許され、普通の患者と同じサービスが受けられるようになります。

 まるっきりの人権無視みたいですが、本人の意思を尊重するとその人は衰弱死しますからそんなことは言っていられないのです。

 この話をしてくれた“元教え子”は当時を振り返って「最初はほんとうに苦しかった、意味が分からなかったから」と言いますが、きちんと説明されたらむしろ事は進まなかったでしょう。

 行動主義はいかにもアメリカ生まれらしいドライな心理学で私の気に入らない面も多いのですが、ケースを選べば非常に有効な方法です。

 不登校の子を学校に馴染ませるための深夜登校とか、とりあえず校門まで行けるようにするために“校門タッチ”とか、とかく首を傾げられたり馬鹿にされたりするものも基本的には行動療法的な方法だといえます。

 臨床心理の究極的な目標は患者が“治ること”ですから方法は何であってもよいはずです。私は最近「認知療法」に心ひかれています。しかしこれについては改めてお話しましょう。



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2012/6/1

危険な関係〜スーパーバイザー  教育・学校・教師


 生徒指導についてはあれこれ首を突っ込みましたが、一番勉強したのは何かと聞かれれば即座に答えられます。摂食障害です。かつて教え子にいて、実際に死ぬかも知れないと思っていたからです。

 摂食障害の原因は複雑に絡み合っていますが、その一つは確実に「自立心」の問題です。非常にまじめで努力家が多いのですが、価値基準が自分の外にあって自己肯定感が高まりません。簡単に言うと「他人からどう見られるか」がすべてなのですが、他人のさまざまな価値観に応えきれないのです。そのためまったく自分に自信がなく、またどうしても依存的になります。

 他人にすがって生きているので見捨てられ不安が強く、自分が信頼を寄せる人に捨てられるかもしれないと思うと恐怖のために何でもします。
 泣きます、怒ります、自殺をほのめかします、「今すぐに話を聞いてくれなければ死ぬ」と言って脅迫します。女性の場合(というか女性の場合が圧倒的に多いのですが)、性的に誘惑をすることもあります。

 そうした危険に常にさらされているのが、精神科医やカウンセラーです。職業として行っていることで24時間脅迫されるのはたまったものではありませんが、クライアントの危険なアプローチは延々と繰り返されます。これに誠実に応え続ければ、いずれどちらか一方が(あるいは双方が)破滅します。そこで多くのカウンセラーは自分の上にスーパーバイザー(監督者)を置いて、常にその指示を仰いで逸脱を避けようとしています。いわばカウンセラーのカウンセラーを置くのです。

 私の教え子はその時まだ中学2年生で、早い段階で治療に入ったためにコントロールが効くようになりました。また摂食障害の人がすべてこうなるというわけではありませんし、摂食障害以外の障害や病気で同じように医者やカウンセラーを引きまわす例はいくらでもあります。

 さて、この話をしたのは、教師と教え子の間でこうした危険な状況が生まれる可能性はないのかと危惧したからです。若くて熱意があって魅力的な教師が、非常に難しい女生徒と出会い、その子を救えるのは自分しかいないと思い込んだら。そしてその教え子がその教師に“見捨てられまい”と必死になったら、そこに抜き差しならない関係があっという間にでき上がってしまいます。相手が子どもの場合は、自分が誘惑しているということですら自覚できません。

 そうした危機を避ける方法は三つしかありません。
 一つはそれらすべてが病気のなせる業なのだという事実を、教師自身が見据え続けることです。教師の方は“愛”(師弟愛や人間愛、人類愛や慈愛)ですが、生徒の方は “病気”なのです。
 そしてできるだけ早くスーパーバイザーを持ち、常に客観的な目を近くに置いておくことです。
「その子を救えるのは自分しかいない」といった状況をできるだけ早く崩し、たくさんの支援の手がその子に伸びるように環境を整えなくてはなりません。

 そうしなければ誰かが破滅します。大人である教師の破滅は自業自得かもしれませんが、その上で生徒も救われないとなれば、それこそ地獄です。


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