2012/1/13

「がんばろう日本」は幻想だったのか  教育・学校・教師


クリックすると元のサイズで表示します 東日本大震災直後の3月13日、イギリス紙インディペンデント・オン・サンデーは一面に「がんばれ日本」「がんばれ東北」という記事を載せました。それを見て私は17年前の阪神淡路大震災の際、当時のオリックス・ブルーウェーブスが肩に「がんばろうKOBE」のロゴをつけたことを思い出し、15日の「デイ・バイ・デイ」に「がんばろう日本」という文章を書きました。おそらくこの言葉を使ったもっとも早い一人が、私だったと思います。

 しかし言うまでもなく、「がんばろう日本」は私が提唱者というわけではなく、日本の津々浦々から自然に沸きあがってきたものです。これは東北ひとりの問題ではない、ともに困難を分かち合おうという気持ちは全国に満ちていたのです。

 3月11日の震災当日ですら、東京でマイクを向けられた帰宅難民の一人は、「たいへんですね」の問いかけに「何のことはありません、東北の人たちに比べれば」と、被災地を思いやる発言をしています。その後、ボランティアや救援物資は現地が受け入れきれないほどに大量に申し込まれ、義捐金もひきもきらず送られ続けました。苦をともに分かち合おうというのは、自然な心の動きだったはずです。

 夏休み以降、「すでにがんばり尽くしている東北の人たちに、『がんばれ』とは言えない」といった賢しらを言う人たちが出てきましたが、私は賛成しかねます。私たちは「がんばれ東北」と言ったことはありません。それを言っていいのは東北の人たちだけだと知っているからです。私たちは「がんばろう日本」(ともに戦っていこう)と言ったのです。

 しかしちょうど「がんばれとは言えない」が広まるようになったころから、世間の雲行きは怪しくなってきました。

 京都の五山送り火ではセシウムが心配だからと検査済みの松が返され、愛知では東日本大震災復興と銘打った花火大会で被災地の福島の業者が作った花火が使用できなくなり、そして今も、東北の瓦礫は十分な受け入れ先を確保できずにほとんどが野積みにされたままです。先日お話した“バケツ牛乳”(*)の話のように、福島産の食品を摂らないことが当然のことのように語られます。きちんと管理されたものでも「摂らないのが当たり前じゃん」みたいに平気で弁護士や国会議員の口から語られます。

 昨年3月15日の「デイ・バイ・デイ」で、私はこんなふうに書きました。
非常に不幸な災害ですが、私はもう一度日本がひとつになるための重大な契機にもなるかもしれないと感じています。
 しかし心ないノイジー・マイノリティー (noisy minority)とそれを取り上げるマスコミや国会議員によって、この国はごく普通の国民の、バラバラな国家にされてしまうのかもしれないのです。

 私はもう一度、子どもたちの心に灯りを点けたいと思います。


(*)10月の参議院予算委員会では公明党の松あきら議員が、会津若松市在住の女性弁護士のこととして、「子供4人と自分の体内からセシウムが検出された」そこで「本当に心配です。そして、内部被ばくということがやはり心配なので、小学校の子供たちには、『学校で牛乳を飲むのをやめなさい』と言いました。そしたら、先生に『これを飲まない人は福島県民じゃない』と、『住む資格はない』と言われた」といった発言がなされました。

 給食全部を拒否するのではなく、牛乳だけを拒否するのはそこに何らかの理由があるはずだと思わせるに十分なものです。それを弁護士というステータスの高い人が行い、国会議員が取り上げたのですから、会津若松市の牛乳の危険性は決定的に印象付けられました。

 このニュースは大きく取り上げられましたが、その後の調査で、市内の女性弁護士は未婚の方が一人おられるだけで、「子供4人と自分の体内からセシウムが検出された」という事実はないこと。それどころか会津若松市民でセシウムが検出された事実は一件もないこと、したがって学校で教師が不用意な発言をしたという事実もないこと、などが明らかにされました。
 しかし松議員の発言は、それ自体が大きく報道をされたのにも関わらず、訂正報道は(少なくとも私に関しては)寡聞にして知りません。




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