2012/1/31

明日から2月になります  教育・学校・教師


 古代ローマでは1年の最後の月が2月でした。そういう言い方をすると分かりにくいのですが、要するに英語で言えばMarchが最初でFebruaryが最後ということです。Septemberは「7番目の月」、Octoberは「8番目の月」で、Sept、Octはそれぞれ7、8を表す言葉です。しかしJanuaryが「最初の月」に変更された現在はSeptemberが「9月」、Octoberが「10月」になってしまい、分かりにくくなりました。

 Februaryは1年の最後の月ですので、一年の日数の調整はここで行います。普通の年が28日、閏年は29日と極めて変則的なのはそのためです。

 日本ではかつて「如月(きさらぎ)」という名で親しまれていました。「きさらぎ」は大和言葉で「衣を更に着る月=衣更着」というのが通説です。漢字の「如月」は2月を現す中国語をそのまま使ったもので、「衣を更に着る」と「如」の間にはなんの関係もありません。

 2月は落ち着いた月で年中行事や記念日も少ない月です。何かのお祝いをするには寒くて不都合ということかもしれません。
 2月1日のテレビ放送記念日、2月3日が節分、そして4日は立春。11日は建国記念の日、14日バレンタインデー、そのあたりまでであとは特にこれといってないのです。

 地方に目を移すと、2月中旬には秋田県横手市で有名なかまくら祭が行われます。また秋田県男鹿市ではなまはげ祭が、そして2月の最初の午の日が初午(はつうま)です。

 冬のスポーツでは大きな大会がいくつも開かれます。大分別府マラソン、愛媛マラソン、青梅マラソン、東京マラソン、千葉国際クロスカントリー。アメリカではスーパーボウル(アメリカンフットボール)、プロバスケットボール・オールスターゲーム、デイトナ500(カーレース)が行われ、日本のプロ野球やJリーグ、そしてアメリカの大リーグがキャンプに入るのも2月です。

 私は2月を「やり直しの月」と考えています。
「一年の計は元旦にあり」といって、年始は何かと新しい決心をしたり新しいことを始めたりしますが、なかなか息が続きません。一月の末には諦め気分になったりもします。しかしそんなときにも投げ出したりせず、ここでもう一度やり直しをすればいいのです。

「年始にはあんなに清々しい気持ちで新しい年をはじめたのに、一ヶ月足らずでグチャグチャになってしまうのは邪鬼が入り込んでいるに違いない。ここでもう一度「邪」を払ってやり直そう」

 その意味で、2月3日の豆まきはとても大事な行事だと今も思っています。子どもが大きくなった家ではあまりやらないかもしれませんが、私の家では毎年、私が一人で大声を張り上げています。鬼は〜外!



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2012/1/30

今の子どもが生きる時代  教育・学校・教師


 先週のビッグ・ニュースのひとつは日本の貿易収支が31年ぶりに赤字になったというものでした。

 要因としてはまず東日本大震災でサプライズ・チェーン(部品供給網)が切れ、自動車をはじめとする多くの輸出産業で生産が滞ったこと、また原子力発電所が停まったことで火力発電用の原油やLPガスの輸入が飛躍的に増えたことが挙げられています。

 ただしそうした一過性かもしれない要因以外に、輸出面では自動車や家電の輸出が歴史的円高や新興国の追い上げによって長期的に低落していることや、日本企業が海外に出たため海外で生産された日本企業の製品(部品)が輸入額に組み入れられていることもあり、こちらの方はむしろ年々昂じている永続性ある要因と言えます。そこから、日本の貿易赤字は今後も永遠に続くかもしれないと見る人々もいます。

 もっとも貿易収支はともかく、国全体の収支(経常収支)は今後ともしばらくは黒字のままだと考えられています。それはこれまで31年間の貿易黒字がいわば貯金のようなかたちで(実際には債券や株式・現預金などで)残っていますのでそれを食いつぶせばよいのです。ただしだからと言って呑気に構えているわけにはいかないでしょう。現在の円高が続けば外国企業の追い上げの厳しい自動車・電機といった業種は、どんどん海外に出ていかざるをえないのです。

 すると次に出てくるのがこういう論理です。

「もう日本は、自動車・電機といったこれまで国を支えてきた産業で生き残ることはできない。したがってこういった産業はどんどん人件費の安い海外に出て行ってもらい、そこで稼いだ金を日本の本社に送金してもらう。本社はその資金を元により付加価値の高い製品を生み出し、新たな産業を生み出してそれで勝負するしかない」
 
 もちろんそれは理屈としては正しいものです。しかしそこにあるのは「企業が生き残るためには」「経済大国日本が生き残るためには」といった徹底的な企業・国家論理であって日本および日本人の生き残りという点については、どこまで深く考えているかはなはだ疑問です。

 例えば私たちの学校にいる児童生徒のことを考えてみてください。そこに「より付加価値の高い製品を生み出し、新たな産業を生み出してそれで勝負」するような子が何人いるでしょう。

 私たちの子や教え子の大半は凡人です。そのほとんどがサービス業に従事し、工場で働くようになります。その広汎な選択肢のうち「工場」が丸ごと消えたらどういうことになるのでしょう。へたをすれば教え子の半数近くが路上生活者です。

 最近、日本の家電メーカーが次々とテレビ生産から撤退していますが、製品のレベルが追いつかれたわけではありません。3Dテレビの比較テストを見たことがありますが、現在でもテレビの技術は頭ひとつ抜け出ています。しかし「日本の製品は確かに優秀だが高い」のです。そしてその高さは「レベルの高い製品をつくっているから」ではなく、「実勢に合わない円高によって製品価格が高額に誘導されているから」なのです。そしてそれは政治の力で「なんとかできる」水準のものなのです。

 正直言って、私は日本が経済大国であり続けることにも、世界的企業を維持できるかどうかにもあまり興味がありません。ただ一つ願うことは私の子や教え子たちが、安定的な仕事に就ける時代を維持したいということです。


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2012/1/27

本当のことは隠されている  教育・学校・教師


 月曜日のデイ・バイ・デイ「東大秋入学の憂鬱」の中で、その理由をNHKニュースが端的にまとめていたというお話をしました。

 その時、「世界大学ランキング」で東大が20位から26位に落ちたという事実を紹介するのに、NHKは不思議なパネルを使いました。1位から10位までの大学名(アメリカの8大学、イギリスの2大学)を示してあとは「・・・・・・」で省略し、26位に「東京大学」と書いてあるのです。

 その部分が「・・・・・・」であるのと間の11位〜25位の大学名が書かれているのとでは、見る側の印象が違います。間の15大学はほとんどすべて英米の大学だからです。英米で埋め尽くされた中に東京大学があれば「東大はなかなかやっている」とか「英米ばかりが入るランキングの基準に、問題はないのか」とか「G8のほかの国(仏・独・伊・加・露)は東大より下なのか」とかさまざまな感想が生まれてきます。しかし「・・・・・・」だと単なる26位、とても低いランクに見えます。これは単なる資料の出し惜しみでしょうか。


 別件ですが、日本でも学校の教師を大学院卒に限るべきだという話が出たことがあります。学力世界一のフィンランドが1978年の教育改革によって、教員資格取得に修士号の取得が義務付けられるようになったという事実を前提にした話です。

 これについては以前書きましたが、フィンランドの場合大学の最低年限は5年で、3年の学士課程と2年の修士課程を終えないと卒業できないのです。したがって大卒は全員「修士」です。「学士」しか持っていない人は皆、中退者です。

「フィンランドが1978年の教育改革によって、教員資格取得に修士号の取得が義務付けられるようになった」ということの本当の意味は、それまでは高卒でも教員に正規採用されたのに、78年以降はできなくなったということなのです(非正規は今でも高卒でOK)。つまり4年制(短大は2年制)と5年制の違いはあるものの、大卒でなければ教員になれない点は同じで、フィンランドが日本の水準に合わせただけです。

 日本も教師を大学院卒に限るべきだと言い立てている人たちは、そうした事情を知らないでいるのでしょうか――そんなことはありません。フィンランドの大学教育事情なんて、関係する本を2〜3冊も読めばすぐに分かることです。そうしたことを百も承知で、文科省や学校に圧力をかけているのです。


 PISAの2009年版では、日本の成績は幾分回復しました(こういうとき、マスコミも政府も大きく扱いません)。それとともに特徴的だったのは今回、読解力・数学的リテラシー・科学的リテラシーの3領域で、初登場の“上海”が三冠を達成したことです。

 そうなると当然、「上海に学べ」という圧力が文科省や学校にかかるべきです(フィンランドのときがそうでしたから)。しかしそうした話はまったく聞こえてきません。

 PISA2009以前も格上の韓国や香港・台湾やシンガポールに“学べ”という声はまったくなく、出てきたのはフィンランドや格下のアメリカ・イギリスに学ぼうという話だけです。

 アジアを馬鹿にしてのことではないでしょう。そうは思いたくありません。そうではなく「中国や韓国のような激烈な受験競争を再び日本に」と言いたくないのです。過当な受験競争が「学力」を高めると認めたくないのです。そこにも私はある種の歪曲を感じます。


 こんなふうに政治家やマスコミは、票や視聴率(販売部数)が欲しいばかりに平気で事実を曲げたり隠蔽したりします。現実をしっかりと学び、声高に叫ばなければならないと思うのはそうした場面に出会ったときです。



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2012/1/26

子どもの言葉に傷つかない  教育・学校・教師


 教師としての有用なアドバイスは、ほとんど最初の十年にもらったような気がします。それは私が若くてアドバイスしやすかったせいもありますし、中学校というところは教科担任が教室に縦横に入っているため、何か言いたいことが見えやすいという面もあったのかもしれません。
 そうしたありがたいアドバイスのひとつに、「子どもの言葉に傷つくな」というのがあります。

 その先生はまず「SuperTさん、生徒から『先生なんか大嫌いだ』と言われたら何と答える」と聞きます。普通の答えで「間違い」なのは確実なので、あえて答えずにいると、
「『オレだってお前のことなんか大嫌いだ』では話にならんでしょ。そういう時はね、『そっかァ? オレはお前のこと好きなんだけどなあ』といっておけばいいんだよ。本当に『大嫌い』ならわざわざそんなことを言ってきたりしない。何かあるから言いに来るんだから」

 いきなり「大嫌いだ」と言われて「好きなんだけどなあ」と切り返すのは容易なことではありません。私たちはそう言われることには慣れていませんし、言われて好意的な感情を膨らませることはできないからです。簡単に言えば傷つくのです。しかしだからと言って「俺だってお前のことが嫌いだ、では話が進みません。

 子どもは自分の感情をきちんと言葉にすることができません(だから子どもなのです)。さらに遡って赤ん坊なら「おなかすいたよー」も「オシメ濡れてるよー」も「お腹痛いよー」も「眠たいよー」も全部「オギャー」の一言で済ませようとします。それから10年15年と経っても、子どもの表現力はそれほど高まっていません。

「先生なんか大嫌いだ」の本当の意味は「もっとオレのこと見ていてくれよ」かも知れませんし「今、ウチ、たいへんなことになってるんだ、オレのこと見ていて気づかない?」とか、「最近、成績下がってヤケクソなんだよ」とか、さまざまな言葉の別表現(オギャー)なのかもしれないのです。

 先輩の「『先生なんか大嫌いだ』―『そっかァ? オレはお前のこと好きなんだけどなあ』」はこういうことを教えます。
@子どもの言葉をそのまま取って、ストレートに反応してはいけない。
Aただしそんな状態できちんとした話などしようがないから、とりあえずすかしておき、あとできちんと取り組む。
Bどうせ「すかしておく」なら「将来に展望の開けるすかし方」をしておいた方がいい。相手をいい気分にしておいて損はない。だから「お前のこと好きなんだけどな」

そういうことだと私は解釈しました。そしてたいていの場合、それは正解でした。

「オレはお前のこと好きなんだけどなァ」と言われた子ども、私に背を向けたまま、たぶんニッコニコと笑っていたはずです。

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2012/1/25

選挙の話  教育・学校・教師


「略奪大国」という本が評判になっているみたいです。

 読まずにいろいろ言うのもよくないのですが、テレビやラジオの情報によると、日本は「農民が都会に住む人たちからお金を盗もうとし、老人が若者からお金を盗もうとし、貧しい人たちが裕福な人たちからお金を盗もうとし、そして政府がその間に立ってその略奪を行う」そういう国だというのです。

 どういう方法で略奪するかというと、基本的には政府が税金として吸い上げ(それでも足りなければ国債を発行して)それを略奪者(上の例で言えば農民や老人、貧しい人たち)に分配してしまうということです。

 しかしそれは「略奪」という言葉を使うのでセンセーショナルなだけで、基本的にはすべての民主主義国家がやっていることです。ヨーロッパで一番働かない国と言われるギリシャでは全員が略奪者の側に回ってしまったためほとんどを国債に頼らざるを得ず、その結果深刻な経済危機に陥ったのですから。ただし、日本だけが特別なわけではないのですが、冨を吸い上げるグループと吸い上げられるだけのグループがいるということは、常に頭においておく必要があるでしょう。

 月初めに成人式に出席したときのことで、話しておくべきことを忘れていました。それは選挙委員長の話です。
 成人式ではどこの市町村でも選挙管理委員長が挨拶をするものらしく、必ず出てきて「選挙権が与えられますおめでとう」という話と「大切なものですから有効に使いましょう。投票率を上げてください」といった話をします。しかしほとんど聞いていませんし、聞いていたとしてもそれで切実な思いになる新成人は稀でしょう。私が聞いていても面白くないのですから。

 選挙管理委員長はこういう時、本当は「略奪大国」のような話をすればいいのです。要するにアンタらが政治にコミットしないから、アンタたちの冨が略奪されているのだよ、ということです。

 かつて
「若者は、選挙に行かないせいで、四〇〇〇万円も損してる!?」
(ディスカヴァー携書:2009)という本が評判になりましたが、それによると
政府の財政や施策により、現在(2009年の段で)70歳代の人たちが生涯において1500万円くらい得をしている一方で、1980年前後に生まれた人たちは差し引き2500万円くらい損をしているというのです。その差4000万円。現在30歳前後の人たちが働いて払っている税金が、みんな老人のものになっている
というのです。

 なぜそんなことになるのかというと、政治家は選挙の際、一番自分に投票してくれそうな世代に向けておいしい話をし、めでたく当選のあかつきには誠実にそれを実行してしまうからです。どんなに若者むけの約束をしたところで若者は投票に来てくれませんから、何の益もありません。「サルは木から落ちてもサルだが、政治家は選挙で落ちると政治家ではない」というように、当選できなければ理想も主義主張もへったくれもありません。
 かくして若者は見捨てられ、4000万円も略奪されるのです。

 思えば昔の総理大臣が提案した「アニメの殿堂」など、日本のサブカルチャーを世界に売り込み、ひいては世界の日本化に一役買ったはずなのに惜しいことをしました。それもこれも「アニメなんてばからしい、そんなところに金を回すな」と言った私たち老人の方に力があったからです。選挙に行かない若者たちは被略奪者の地位に甘んじてビービー泣いていればいいのです。

 本当は、二十歳になるのを待ちかねて、二十歳になるとすぐに選挙に行くような子どもを育てたいですね。



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2012/1/24

ゴールド・ラッシュ  歴史・歳時・記念日


 私はたぶん見るスポーツとしてはアメリカン・フットボールが一番好きなのだと思います。若いころは夜の仕事をしていたので(と言っても学習塾)夜中にアパートに帰って見るテレビと言えば懐かしの名画劇場といった古い映画か、アメリカン・スポーツくらいしかなかったのです。

 最近は継続して戦績を追うということもなくなりましたが、それでも日本のライス・ボウル(日本の大学チャンピオンと社会人チャンピオンの決勝戦。ボウルはサラダ・ボウルなどのボウル、転じて円形競技場のこと)とスーパー・ボウル(アメリカ・プロ最強チームを決める)の時期になると、少しは気になります。

 そのスーパーボール出場権をかけたプレー・オフで、土曜日にとんでもない試合がありました。ニューオーリンズ・セインツとサンフランシスコ・49ers(フォーティーナイナーズ)の試合なのですが、最終盤で49ersがリード。それを残り4分でセインツが逆転(24-23)、ところがあと2分11秒というところで49ersが再逆転(24-29)、それで済まずに残り40秒でセインツも再逆転(32-29)。もはやこれまでかと思った残り14秒で49ersが再々逆転(32-36)、それで勝負が決まりました。

 双方合わせて1時間でとった68点うち、なんと28点が最後の4分間なのです。本来は10ヤードずつ刻んでボールを運ぶ競技ですから、そんなに簡単に点は入らないのです。
と、興奮してしゃべっても興味のない人にはさっぱり面白くない話ですが、私が話したいのは実はそんな試合経過ではなく、サンフランシスコ・49ersというチーム名そのものについてです。


 この49ersというのは日本語に訳すと「49年組」とも言うべきもので、1849年にアメリカ西海岸に渡った人々のことをいいます。サンフランシスコ49ersはその人たちの開拓者精神と冒険心にあやかろうとしてこの名前をつけました。

 ことの発端は1848年1月24日にカリフォルニアのアメリカン川で砂金が発見されたことにあります。最初、砂金の発見は秘密にされましたが、3月には西海岸の新聞社に知れ、8月には東海岸の新聞記事にもなり、12月に議会で正式に発表されると、翌1849年には一年間に9万人という人々がカリフォルニアに殺到します。いわゆるゴールド・ラッシュです。最終的には30万人が移動してカリフォルニア州は州に昇格し、小さな開拓村だったサンフランシスコは新興都市に成長し、カリフォルニア中に道路、教会、学校および他の町が建設されました。

 これを日本に当てはめてみると天保の改革(1841)とペリー来航(1853)の間、というところです。ゴールド・ラッシュはアメリカ人ばかりでなく、ヨーロッパ人や中国人を巻き込んだ一大センセーションでしたが、そうした事情によって日本人は間に合いませんでした。ただ一人、ジョン万次郎のみが日本に戻る資金稼ぎに、カリフォルニアの鉱山に金を掘りに行っています。

 今日、1月24日は「ゴールド・ラッシュの日」です。

 しかしそれにしても、1848年1月に金が発見され、東海岸の人が動き出すまでに1年近くもかかったというのは、現代ではとても考えられないことです。
 そんなすごい情報ですら非常にゆっくりと流れていた時代です。


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