2011/12/12

我がLD  教育・学校・教師


 松浦亜弥と上戸彩と綾戸智恵の区別がつかない(最後の一人はウソ)。紳士服のコマーシャルをやっているのが松浦亜弥だと教えられたのですが、上戸彩もやっていたので混乱がなお大きくなっただけでした。

 篠原涼子と米倉涼子と広末涼子の区別がつかない(これも最後はウソ)。ついでに似たような役を演じる真木よう子や瀬戸朝香が混ざってくると、さらに分からない、そんな状態が長く続きました。
 最近ようやく区別がつくようになりましたが、つい先日、自分が松島奈々子と松たか子をまったく区別していなかったことに気がつきました(「告白」って、どっちが主演したのだっけ?)。

 女優の区別がつかなくても俳優の名前が思い出せなくてもまったく問題はありませんが、しかし生活に関わる人の名前を思い出せないと難しいケースも出てきます。

 学校に物品納入にきてくれたおじさんに「おや、SuperTさん、この学校だったかね」と言われ誰か分からずにキョトンとしていると「山崎、7班の班長の山崎だって」とか言われて、どこの班か分からずに面食らったことがあります。だいたい教師がどこかの“班”に属することなど、普通はないのです。だいぶたってから町内の同じ班の山崎さん、つまりご近所だったと分かりました。日曜日に外に出て、そこでばったり合えば間違えるはずのない人です。

 卒業式の前日、証書授与の練習の最中に3年間担任していた児童の名前を言えなくて呆れられたことがあります。いつも呼んでいる名の方は言えたのですが、姓の方が思い出せないのです。「先生、勘弁してよォ」と嘆かれますが、嘆きたいのはこちらも同じです。

 本番は卒業生台帳を見ながらの読み上げなので何とかなるとタカをくくっていたら、前の担任が感極まって台帳を閉じてしまい、そのまま渡された私は子どもの顔を見ながら名前を読み上げ、その間に当該のページを探すという、極めて危険な状況に立たされてしまいました。

 町の祭見物に行って、御輿担ぎの列から抜けてきた男に「おお、来てくれたんだァ」と声をかけられ、それが誰か分からず困ったこともあります。相手もそれと察して驚き、
「おい、大丈夫かよ兄貴、オレ、弟だぞ」
 もうここまでくると、問題外という範疇にも入りません(問題外の外?)。

 どうも私は、人間を周囲の状況とセットにしないと覚えられない(セットで覚えてしまう)ようなのです。A先生は学校に中にいるからA先生なのです。駅にいるA先生はA先生ではありません(というふうになっているらしい)。

 もうひとつ。例えば「優美子」という名の女性は「優しく美しい」という属性を持っていてくれないと頭に入ってきません。人がらの悪い「良一さん」という正反対の属性だとかえって良いのですが、中途半端な名前は入ってきません。

 かくて本当に覚えなければならない人の名は、とんでもない方法で記憶につなげることになります。

 例えば、
 ゴリラみたいな太田さんは「赤ちゃんを背負うゴリラ」のイメージで記憶します(負うた《太田》子に教えられる)、
 和風美人の稲葉さんにはバニーガールの衣装を着せます(バニー《因幡の白兎》=稲葉さん)。
 がっちりした中山さんは孫文のイメージを重ねます(孫文の号は中山《ちゅうざん》と言います)。問題を複雑にするとむしろ記憶しやすいのです。

「ほんとうにオレ、何やってるんだろう」というような話ですが、できないものはできないのです。


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2011/12/9

皆既月食  知識


 明日10日は、半年ぶりの皆既月食だそうです。

 昨年の12月21日と今年の6月16日にもあったのですが、それぞれ「月の出直後の月食(夕方)」「月の入り直前の月食(早朝)」で、地平線ギリギリの皆既だったのでここからは見えなかったのかもしれません。

 今回は11時過ぎの皆既月食。天気さえよければ十分に観察できます。

  20:31 半影月食の開始(地球の影の薄暗い部分に月が入る)
  21:45 部分月食の開始(地球の影の濃い部分に月が入って月食らしくなる)
  23:05 皆既月食の開始(完全に影に入る)
  23:31 食の最大(最大食分1.110)
  23:58 皆既月食の終わり(影から月が出はじめる)
  01:18 部分月食の終わり(部分月食も終了)
  02:31 半影月食の終わり(地球の影の薄暗い部分からも脱出)

 子どものころ皆既月食というのは何十年に一度といった珍しい現象のように思っていましたが、21世紀に入ってからだけでもすでに6回。今年は当たり年で1年間に二回の皆既月食です。今後も2014年10月、2015年4月、2018年1月・7月とせいぜい3年ほど間が空くだけですから皆既日食ほどの珍しさはありません。

 ただし来年5月21日には、皆既日食《金環食》があり、日本ではトカラ列島、屋久島、種子島、九州中部から南部、四国の大部分、近畿地方南部、中部地方南部、東海地方の大部分、関東地方の大部分、東北地方南部で見られるそうです


 昨年も書きましたが、自分自身が小学生のとき、先生がスポットライトとバレーボールとソフトボールを使って“月食”の説明をしてくれたのですが、月をどう動かしても毎晩皆既月食になってしまうので先生と一緒に首を傾げたことがあります。しかしそれは地球(に見立てたバレーボール)と月が近すぎたのです。

 バレーボール(直径21cm)を使うなら、月は1/4の5・25cm。ちょうど良いサイズのボールがないので、ゴルフボール(4cm)かテニスボール(6・35〜6・67 cm)で代用します。二つのボールの間の距離は、計算すると6m30cmです。その通りに配置すると地球の影はとても小さなものになり、そう簡単に月食にならないことが分かります。

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 ちなみに太陽は、バレーボールの地球から約5km離れたところのガスタンクの大きさ(一般的なサイズで直径23m)です。やはり宇宙というのは広大なものなのですね。


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2011/12/8

真珠湾攻撃の日  歴史・歳時・記念日


 今日12月8日は真珠湾攻撃の日、つまり太平洋戦争開戦記念日です。70年前(1941)の今日、日米戦が始まって日本は破滅への道を歩き始めました。

1941年の12月8日は月曜日、現地ハワイは12月7日の日曜日でした。この日までに日米関係を悪化の一歩をたどっていましたが開戦の兆候は見えず、ハワイの米軍も普段の日曜日と同じようにのんびりと過ごしていました。そこに日本の戦闘機350機が押し寄せたわけですからひとたまりもありません。攻撃隊の第一波が真珠湾に入り込んだ時点で「トラトラトラ」(我、奇襲ニ成功セリ)と打電したのは納得の行くところです。

 よく知られているように、真珠湾攻撃は日本にとって奇襲でしたが、アメリカにとっては「卑劣なだまし討ち」(ルーズベルト大統領)でした。宣戦布告状は暗号のかたちで午前7時までに大使館に届いていたのに、それを解読してタイプで清書するのに5時間以上もかかり、その結果「アメリカ東部時間午後1時に手交せよ」との指示のあった布告状は午後2時20分に渡されることになったのです。午後1時25分から始まった真珠湾攻撃から遅れること55分、予定の時間から1時間20分ものちのことです。アメリカの国務長官ハルはその場で文書を読んで不快感をあらわにし、こう言ったといいます。

「50年間の公務の中で、これほど恥知らずな文書を、地球上で受け取ったことない」

 ルーズベルト大統領は「卑劣なだまし討ち」といい12月7日を「屈辱の日」として米国における反日憎悪を一気に高め、報復(連邦議会による宣戦布告)は正当化されました。それが12月7日〜8日のあらましです。

 大使館の怠慢がその後の日本の命運を左右したことを考え、またその日以来「卑怯者」の汚名を着せられたことを考えると、この問題は深く追求されなければならない、12月8日は日本の「国辱記念日」として長く語り継がねばならない・・・そんなふうに私は思ってきました。しかし今回、ふと思いついてもう一度調べなおすと、知らなかったこともたくさん出てきて、さまざまな考え方があることが分かりました。

 まだ理解したことが未整理なので、箇条書きにしておきます。
@12月7日にハル長官に渡されたのは日米交渉決裂の宣言書であって「宣戦布告状」などではなかった。

A日中戦争だって宣戦布告をしていないわけで、そもそも日本は宣戦布告などするつもりはなかった。その後ベトナム戦争やパナマ侵攻において、アメリカ政府だって宣戦布告していない。

Bハル長官が怒ったのは「日米交渉を続けるフリをしながら実際には攻撃の準備をしていた」という裏切り行為に対してであって、通知が遅れたことに対してではない。

C同じように宣戦布告のないままに攻撃を受けたイギリスは「だまし討ち」といったかたちの非難はしていない。それは日本と交渉中でなかったからである。

D外務省本庁が在米日本大使館適切な指示を与えていない。12月上旬の段階で日本の攻撃があることは、アメリカ政府が予期できなかったように大使館も予期できない状況があった。
等々です。

 やはやりどんなこともしっかりと調べなければ分かりませんね。ただしはっきりしているのは、12月8日以降のアメリカ政府のプロパガンダは実にみごとで、その点でも当時の日本を完全に上回っていたということです。


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2011/12/7

そそられること  教育・学校・教師


 最近はそういうこともなくなりましたが、時間のある日曜日の昼下がり、のんびりと日向ぼっこをしながらテレビを見ていたりすると、妻がとつぜん横にすわり、「どうぞ」と言うことがありました。そうすると私は黙ったまま、妻の膝に頭を乗せます。
 これはのろけ話でも艶っぽい話でもありません。妻の目的は私の顔の毛穴に詰まった油脂なのですから。

 両手の親指のツメを立て、毛穴の両側から強く押すと油がニョキニョキと出てくるのだそうで、それがたまらなく面白いというのだそうです。「ワー、汚い」とか「ヒエー、気持ち悪い」とか言いながらキャーキャー遊んでいます。もちろん私の方は痛いきりで、何の良いこともありません(もしかしたらその「痛めつけている」こと自体も、妻は楽しんでいたのかもしれません)。もちろん言うまでもなく、私の顔が十分な油脂を排出しなくなってから、この邪悪な遊びはなくなりました。

 妻を誘惑に駆り立てるのは他人の顔の油ですが、私がそそられるのは古い校舎です。古いといっても文化的な価値あるものではなく、築20〜30年で自然に汚れた、ガムテープやセロテープの痕がいっぱいあって、壁紙の一部がはがれ、床のワックスが醜く縞模様をつくっている校舎です。10年も放っておかれたような掲示物があって、機器の説明書きが半分はがれていて、壁の一部がストーブの煙でくすんでいるような古い学校です。ほんとうに触りがいがありそうです。

 前任校も前々任校もそういう校舎で、私は毎日「お掃除バスケット」を持ち歩き、嬉々としてあちこち歩き回っていました。

 「お掃除バスケット」というのは娘が保育園のころに使っていた赤いプラスチックのかごのことで、そこに「落書き落としスプレー」「シールはがしスプレー」、雑巾にティッシュ、ガムテープに大型両面テープ、消しゴム、それと油絵用のパレットナイフ、そして「鉄の爪」と呼ばれるスクレーパーを入れておきます。

 清掃の時間などに校舎内を歩いて、汚いところを見つけると駆け寄ってそれをスプレーで溶かし、ふき取り、しつこい汚れはパレットナイフで削り、それでもダメなら「鉄の爪」でガイガイ削り落とします。
 その何と心地よいことか。

 人間相手の教員の仕事は、自分のやっていることの成果が見えにくいことがあります。特に道徳や生徒指導は、はたしてうまく行っているのかしばしば見えません。しかし校舎の汚れ落としは努力が着実に反映します。

 以前私は、掲示物を何でも作り直してラミネートする「ラーミネーター」だと言ったことがありますが、この校舎の汚れ落としと掲示物の作り直しは、私の最も好きな二つの仕事でした。


 昨日、用があってある小学校にいったところ、そこは本当に私好みの、十分に熟成した、穢い、汚れた校舎でした。本当にやりがいのありそうで、誘惑的で、私はしばし佇んでそこをきれいにする妄想にふけりこみました。

 しかしそれに比べると、改築から3年しかたっていない我が校の校舎のなんとつまらないことか。
 私の欲求不満の原因のひとつは、確実にここにあります。
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2011/12/6

アスペルガーの家族B  教育・学校・教師

(先週の続きです)
 広汎性発達障害(高機能自閉およびアスペルガーを区別しません)は男性の方が圧倒的に多いのに発言は女性側からしか聞こえてこない、このことについてしばらく考えていました。

 もちろん可能性のひとつは、男性の広汎性発達障害の場合は自己を客観視できないということですが、これについては否定的な事例をあちこちで見ることができます。その上で発言しようという意欲がない、表現への欲望がないということも考えられますが、それも少し違うような気がします。

 結局(と、あまり確信もないのですが)、男性の広汎性発達障害の人たちは“困っていない”、―適応とまではいかなくても“何とかなっている”というのがあるのかもしれません。

 例えばフーテンの寅さんを見ても男性は周囲とのズレを力で押し切ってしまうことができる、「それを言っちゃあ、おしまいだよ、オッちゃん」と逆ギレしてそれで周囲を引かせることができます。亭主関白という言葉があるとおり、家庭内でも不条理を押し通せる場合が少なくありません。
 また研究職や職人といった「こだわり」が有利に働く仕事は、男性の前にこそ広がっているという現実もあります。人との関わりの多い仕事を避け、社会を生きることが女性に比べて楽なのです。

 翻って女性の立場を考えると、そもそも日本には女性が自由に自己主張できるような土壌がありません。女性であっても現代はいくらでも自己主張できる(実際にしている)という人もいますが、やはり圧力は受けます。周囲の状況や道徳を押しつけられやすい立場にいるのです。
 また「控えめでいろ」という社会的圧力は「空気を読め」というのと同じですから、その意味でもさまざまに困難を生じやすい面があります。

 単身赴任の時代は別として、私は家で料理をするということがありません。ですから水に触れることも少なく、生肉のムギュッとした感じを味わうこともなくて済みます。また、たまにやる調理は、それこそレシピ片手の本格料理で、スプーン一杯といったらスプーン一杯、カップ1/2といったらカップ1/2を正確に測ってやるものですから失敗のしようがありません。しかしそんなやり方で主婦は勤まらないでしょう。「砂糖少々」「酢はお好みで」といったことが適宜できなくてはなりません。それもたいへんなことです。
 さらに、単身赴任の私は思い切り自由に偏食していましたが、家庭の主婦だったら好きなものだけを作ると言うわけにもいかないでしょう。

 男性は服装に無頓着でも背広ひとつで用は足りますし、多少不衛生でも“鷹揚さ”として認められてしまう面があります。

 要するに広汎性発達障害の女性は周囲も本人も不適応に苦しむのに、男性の場合、周囲は苦しんでいるのに本人はほとんど苦しんでいないということが起こりうるような気がするのです。

 もしそうだとすると、非常に変則的ですが一部にある種の光が見えてきます。何といっても広汎性発達障害は男性の方が多いのですから、その多い男の子たちに将来にかなり明確な目標が見えてくるのです。
「こだわり」を適正に伸ばし、「こだわり」を生かせる仕事に就けてやればいいのです。社会性に多少問題があっても、日本はそれを受容できる社会的状況があります。

 そして残った、「こだわり」が有利に働く仕事に就けない男性、そして相対的に少ないとは言え厳に存在し困難に直面しやすい女性たち、この人たちの将来像は、また別に描かなくてはなりません。これはなかなか難しい問題です。


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2011/12/5

「瑞浪市いじめ問題」の問題性  教育・学校・教師


 先月末、朝日新聞に「中2いじめ自殺 両親の訴え棄却 岐阜地裁」という記事が出ていました。

 岐阜県瑞浪市の市立瑞浪中学校で2006年、2年生だった女子生徒(当時14)が自殺したのはいじめが原因だとして、両親が同級生4人とその保護者に計約5600万円の損害賠償を求めた訴訟の判決が30日、岐阜地裁であった。鈴木正弘裁判長は「同級生らによるいじめの存在を積極的に推認させる事実はない」などとして、両親の請求を棄却した。

 この事件は非常に印象深いものとして記憶に残っています。5年前、初めて報道されたときからかなり異様なものだったからです。

 第一に、葬儀の夜、家を訪れた校長・学年主任(教務主任だったかもしれません)と遺族の会話がビデオカメラで隠し撮りされており、それがテレビ・ニュースに流れたこと。

 第二にそのVTRで校長が言を左右にしているにもかかわらず、主任が「はい、いじめがありました。いじめが原因です。私が確認しました」と鮮やかに証言した点。

 第三に、その後いじめの否定に転じた学校が「いじめ隠し」としてマスコミからさんざん叩かれ、その間にネット上で“加害者”とされた女子4人の名前や住所・電話番号(うち二人は顔写真も)が晒されてしまったこと(今回の裁判結果を受けて先週来削除)。
等によります。

 特に第2の点は校長が対応に苦慮している状況でそれを飛び越え、主任が学校の立場を明らかにして責任を取る態度示したという意味で、あまりもの異常でした。「私が確認した」というのが「実際にいじめの現場にいてそれを確認した」ということなら、その場での指導はどうだったのか問われるでしょう。「加害者や周辺の子からいじめの事実を聞き取った」というなら、それは「確認」でもなんでもない。そこからやらなければならないことが山ほどあります。

 さらに仮に「いじめがあった」にしても、「そのために自殺した」かどうかは必ずしも明らかではありません。その時点では未知の別の原因があるかもしれませんし、複合的な原因である場合だって考えられるでしょう。それをたちどころに「私は確認した」といい、どのような賠償請求にも応じる(実際に払うのは瑞浪市で税金から払われる)といった態度を見せるこの「主任」は何者か、本当に驚いたものでした。

 案の定、事態は暗礁に乗り上げ、裁判にまでもつれこみました。今回は地裁の判決ですので、裁判はまだまだ続くでしょう。

「主任」の安易な発言がすべてとは言いませんが、自殺事件から数日の間に口にしていい内容ではなかったはずです。

 裁判のことはしかたありません。しかしネット上に晒された名前や写真はもう回収しようがないのです。
 いじめや自殺はともかく(それは裁判に任せましょう)、子どもがネット上に晒された責任は「主任」と「学校」(つまりは校長)そして瑞浪市教育委員会が、当然負うべきものです。


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