2011/10/31

世界人口70億人の時代  歴史・歳時・記念日


 国連の人口統計によると本日10月31日、世界の人口は70億人を越えるそうです。世界人口が60億人に達したのは1999年だそうですから、わずか12年で16%も増えてしまいました。これからの世界を考える上で重要な要素でしょう。

 人口がそれだけ増えるとなると、まず危惧されるのが食糧不足です。よく言われるように「人口は等比級数的に伸びるが、食糧生産は等差級数的にしか伸びない」からです。国連食糧農業機関(FAO)は、2050年までにさらに20億人増えるとみられる世界の人口を満たすためには、食糧生産を70%も増やさなくてはならないという試算を発表しています。しかしそれは不可能です。したがって人口増加による食糧不足は100%確実に来ます。

 けれどだからといって、日本国民が飢える可能性はほとんどありません。これほど食料自給率が低くても日本が金持ち国である限りは、“買ってくればいい”のですから。
 ここに飢餓問題のやりきれない現実があります。

 実は、現在の世界の穀物生産はむしろ過剰なのです。小麦や米などの穀物だけで全人口に毎日3500カロリーを提供できる量が生産されています。野菜や豆、果物、肉類、魚なども加えると、一人当たりに毎日2kg近い食べ物があるといいます。しかしそれにもかかわらず飢餓地帯がなくならないのは食料が偏在しているからで、こうした状況が変わらない限り、食糧危機は特定の地域・国家でしか起こりません。

 発展途上国の中には外貨獲得のために自国民の飢餓を無視して、外国に食料を輸出する国があります(これを飢餓輸出と言います)。他方で賞味期限切れや食べきれない食事をどんどん捨てている国があります。いかにも不公平な話です。

 世界の人口増加にともなう食糧危機よりも、さらに喫緊の課題があります。それは水の問題です。

 水の利用量は2007年から2025年にかけて、発展途上国で50%、先進国で18%増える見通しです。世界のいたるところに水はあるように思われますが、しかし地球上の水の97.5%は塩水で、残る2.5%の真水の3分の2は凍結しており、実際に使える水はそう多くありません。そのわずかな水資源を90億人が争奪するのです。

 また水は食糧生産とは異なり、水源を持つ国で止めてしまうと下流域の国で枯渇してしまいます。例えばイラクとシリアを流れるチグリス川の水源はトルコにあります。したがってトルコが潤沢に水を使ってしまうと、シリア・イラクで深刻な水不足が生じます。これは戦争の十分な根拠となります。

 世界の人口は、2050年ごろに90億人を越えてそれから急速に減少すると予想されています。したがってある意味ではそこまでが勝負なのです。その間に日本が日本自身に何ができるのか、日本が世界に対して何ができるのか、真剣に考え対処していかなければならないはずです。

 なお今回の発表によると2011年の国別人口の1位は中国の13億5千万人、2位はインド(12億4千万人)、3位はアメリカ(3億1千万人)で、日本は10位(1億2650万人)でした。またインドは21年には人口が14億人に達し、中国を抜いて1位になると予測されています。一方、世界人口が90億人を超える2050年時点で、日本の人口は世界16位に落ち込む見通しです。




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2011/10/28

遠くて近いトルコ  知識


 一昨日の産経新聞に、「『日本人を見習いたい』被災者らが助け合い 略奪も発生せず」という記事が出ていました。それによると、

 多数の死傷者を出したトルコ東部の地震被災地では避難生活を送る人々がお互いに助け合い、落ち着いた行動を呼び掛け合っている。「日本人を見習いたい」。東日本大震災で注目された日本人の忍耐強さ、秩序を守る姿勢が教訓となっている。
 多くの建物が倒壊、損壊するなど大きな被害が出たエルジシュ。千人を超す被災者がテント生活を送る競技場では、食料配給を求める人々が整然と列をつくっていた。割り込む人はおらず、妊婦に先を譲る姿も。
 物資が不足しているとされる被災地のワンでも商店で略奪などは発生していない。
「昨晩、みんなで震災後の日本人の姿勢を見習わなければいけないと話していたんだ」。25日午後、エルジシュの競技場で、一家7人でテント生活を強いられている被災者の一人、イザット・アカーンさん(46)が打ち明けた。(共同)


 ホントかよ、盛ってない? と言いたくなるような記事ですが、これがトルコである限りは信じられます。というのは、トルコという国は伝統的に日本が大好きだからです。その好感を考えると、日本のトルコに対する態度はほとんど冷酷といってもいいくらいです。

 なぜこれほどまでに好意をもたれているのかというと、それは今から150年も前の「エルトゥールル事件」の記憶が消えていないからです。

 1887年に日本の皇族がオスマン帝国(現トルコ)を訪問したのを受け、1890年6月、トルコの軍船エルトゥールル号は初の使節団を乗せ、横浜港に入港しました。三ヵ月のあいだ両国の友好を深めたあと、エルトゥールル号は日本を離れたのですが、帰路、台風に遭い和歌山県の串本沖で沈没してしまいます。

 この遭難では乗組員600人近くが死亡しましたが、約70人が助かりました。大島の島民が助けたのです。

 通信機関も救助機関もない離島のことで、救助は至難を極めたようです。怒涛をかいくぐって瀕死の船乗りを引き上げると、村民は人肌で遭難者を温め、精魂の限りを尽くして助けたといいます。

 さらに非常事態に備えて貯えていた甘藷や鶏などの食糧の一切を提供し、彼らの生命の回復に努力しました。そして二十日後、寄せられた多額の義捐金とともに、遭難者たちは日本の軍艦でトルコに帰還します。


 この話は歴史教科書にも載せられ、トルコ人なら誰でも知っている物語となっています(日本人はほとんど知らない)。

 1985年3月17日、イラン・イラク戦争さなか、イラクのサダム・フセインは「今から48時間後、イランの上空を飛ぶすべての飛行機を撃ち落とす」と世界に発信しました。このとき諸般の事情により、日本政府はイラクに救援機を送ることができませんでした。

 その代わりテヘラン空港に残された215人の邦人を救いに行ったのが、トルコ航空の2機の救援機でした。二機が避難民を乗せて成田に向かったのは、タイムリミットのわずか1時間15分前のことです。トルコ国内では、150年前の返礼として当然のことだという世論があったようです。

 ある人の話では、海外にいると「日本人」ということ自体がブランドで、それだけで現地の人に信頼してもらえるのだそうです。そこには大島の村民のような無名の人々の、たゆまぬ努力があったのです。


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2011/10/27

交通事故対応のこと  教育・学校・教師


 近隣の小学校の児童が交通事故にあったようです。新聞には重傷とありましたが、内容を読むとそこまでひどいケガではないようで、ひとまず安心です。

 児童生徒の交通事故というと私には忘れられない思い出があります。それは山間地の小学校に勤務していたときのことです。

 山間地といっても一級の観光地の麓ですから店舗や住宅も多く、下手な市街地よりはよほど便利で、その分交通量も多い場所でした。その車の行き来する道路を、何を思ったのか6年生の男の子が右へ左へとガッチャン走り(両手を広げて手首を上に返して走る)で往復し始めたのです。ブーンブーンと声を出しながら。
 ほんとうに何を考えていたのでしょう。そしてやがて、観光客の乗用車とぶつかった・・・。

 学校の裏手の道で、大人なら10秒足らずで走ってこられる場所です。そこから一人の児童が走って学校に戻り、職員室の窓から覗き込んで「Kくんが車にひかれた」と叫んだのです。そのときたまたま出入り口の一番近くにいた私は、上履きのままとんでもない速さで走って現場に駆けつけました。地面に倒れている子に、最初に取り付いたのが私です。

 大声で名前を呼ぶのですが「うん、うん」と唸っているだけで反応がありません。呼吸はしっかりしていましたし、心停止という感じはなかったので心肺蘇生の必要もなさそうです。そこで救急車を呼ぼうとしたら・・・携帯がない!
 余り慌てて飛び出したので、机上に忘れてきてしまったのです。
(教訓:現場には携帯電話を持って走れ)

 その直後、感の良い若い先生が自分より先に走り出した先生方の机上から、ありったけの携帯電話をかき集めて持ってきてくれました。

 そして119を呼び出そうとしてフッと見上げると、正面にのんびりとした雰囲気で電話をかけている人がいます。
「救急車ですか!?」
と叫ぶと、会話を続けながらウンウンとうなづきます。すると近くにいた中年の女性(あとから分かったことですが、それが加害のドライバーです)が、「私、もう呼びました」。

 何のことはない、二重に通報しているのです(私が書ければ三重でした)。
(教訓:事態を早く把握せよ)

 そのあとはみごとでした。こういうことをやらせると教員は優秀です。

 養護教諭は出血箇所を布で押さえ、数人がかりで子どもを道路横に寄せます。その間にいつのまにか二手に分かれた先生たちが、上り下りの車を誘導し始めています(その時点でかなり長い渋滞ができていましたので)。

 救急車の到着とともに担任と教頭先生が乗り込み、そのまま病院に向かいました。


 昨日職員室でこのことを話題にしたら、教頭先生が「やっぱり救急法講習会でやったように
『意識なし、呼吸なし、心拍なし、そこのあなた救急車に連絡をお願いします、そちらのあなたはAEDを持ってきてください、他の人は近くにきて手伝ってください』
っての、大事ですよね」

 危機管理はやはり融通が利かない紋切り型が間違いないようです。

*ところで、心肺蘇生法。
 何回の心臓マッサージにつき2回の人工呼吸だったか、覚えています?


(答え:30回のマッサージにつき2回の人工呼吸。不謹慎みたいですが「もしもしカメよ、カメさんよ」と一曲歌いながらリズムを取ると、30回という回数もテンポもOKだそうです。「もしもしカメよ」で2回、そんなふうに覚えておきましょう)



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2011/10/26

環境と状況  教育・学校・教師


 庭先に積み上げられた生ごみ(というものがあればの話ですが)、これは良い環境と言えるでしょうか。
 そう問うとすぐに分かるのですが、“環境”というのは「○○にとって」という言葉が頭につかないと、良いか悪いか区別がつきません。「庭先に積み上げられた生ごみ」は「人間にとって」は悪い環境ですが、「ハエや害虫・病原菌にとって」は最高の良い環境なのです。

 先週、「グローバル社会を生きる力」というお話をした中で、
 21世紀は、新しい知識・情報・技術が政治・経済・文化をはじめ社会のあらゆる領域での活動の基盤として飛躍的に重要性を増す、いわゆる「知識基盤社会」(knowledge-based society)の時代であると言われている。
という文を紹介しました(「教育課程部会におけるこれまでの審議のまとめ」平成19年)。

 そのときは気づかなかったのですがこの文、「書いたこの人にとって」「21世紀は〜である」と宣言しているにすぎません。「それ以外の人にとって」21世紀は別の側面を見せるのかもしれないからです。

 例えば「21世紀は、家族が真に見直される時代である」と書かれても「21世紀は大量生産が見直され、新の幸福が追求される時代であると言われている」と書いてあっても、我々は案外すんなりと受け入れてしまいます。そもそも21世紀がどういう時代か、誰も証明していないからです。

 ところが、こんなふうに自己の視点で切り取った状況(=環境)を、あたかも客観的な事実や状況であるかのように語る人が少なくありません。そして私たちは、それを簡単に信じてしまいます。


 最近、教員免許を国家試験によって付与する国家資格にしようという話が持ち上がっています(10月21日付毎日新聞)。
「国家資格になれば、教員免許を取る学生の質の向上が見込まれる」

“ああ、また面倒なことが始まりそうだな”とか、“こんなことで、教員やっていけるのかな”と感じることはあっても、「本当に質は上がるの?」とか「必要なの?」とかいった本質的な疑問はなかなか浮かんできません。
 ただし、この国家試験、本当に意味あることなのでしょうか?

 社会にとって必要なのは「教員になった人の質」であって、免許はとったが教員には「ならなかった人」「なれなかった人」の質など、何の意味もありません。そもそも免許取得者のうち、実際に教員になる人は10%もいないのですから、質の補償は十分なはずです(試験をやって合格率を5%に抑えたりすると、新規採用者が全国で5000人も足りなくなってしまいます)。
 けれどそんなふうに考えているうちに、突然思いついたのです。教員免許自体に価値があると助かる人たちがいるのです。

 学習塾や予備校の講師紹介の欄には、しばしば「教員免許所有」という記述が見られます。教育に携わるための勉強を積んできたということでしょう。しかし現状では単位さえ取れば誰でも取得できることをみんなが知っていますから、大した宣伝効果はありません。これが上位30%で足切りされる国家試験だったら教員免許はそれ自体が優秀者の証明になります。
 また、講師採用の際の目安にもなります。この業界では教員にならなかった人の、免許の質がテーマとなるのです。

 かくしてだれが文科省を動かしたかが見えてきます。その人たちにとって、講師の質が保証されない現状は困った環境であり、ぜひとも変えなければならないものでした。

 あたかも社会の課題のように語っていますが、実は自分の環境を語っているにすぎなかったのです。




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2011/10/25

学校の流れ  教育・学校・教師


 文化祭、ご苦労様でした。大きな行事がひとつ、無事に終わりました。

 日本の学校は大型テーマパークのように楽しかったりやりがいのあったりする素晴らしいアトラクションを次々と用意しています。

 入学式にはじまって1年生を迎える会、児童・生徒会、遠足、交通安全教室、避難訓練、音楽鑑賞、演劇鑑賞、修学旅行、遠足、お楽しみ給食etc.etc(←このetcを知らないという人が最近出てきていますが)。

 こうした行事は一方でそれぞれ独自の目標を持ちながら、他方で同時に、一貫して追い求めてきたたくさんの価値があります。それは集団性を高めるとか、目的追求力を高めるとかいった、いわば道徳に関わるテーマです。

 私たちはこれらの特別活動をとおして「人格の完成を目指し、平和で民主的な国家及び社会の形成者として必要な資質を備えた心身ともに健康な国民の育成」(教育基本法第一条)を期そうとしているのです。

 それが特別活動の本来の目標です。しかしそうは言っても主体である児童生徒にとっては、それらは楽しく「やりがい」のある活動です。長い学校生活を倦むことなく過ごせるのは、そうした「楽しさ」や「やりがい」のおかげでしょう。

 不登校の指導の過程で、私たちはしばしばこの「楽しさ」や「やりがい」を利用してきました。
「さあ修学旅行だ、がんばろう」「音楽鑑賞に一緒に参加しよう」「運動会がんばろう」「文化祭、何とか成功させよう」といった具合です。

 そんなふうに引きずられて登校を続けるうちに、クラスの人間関係が変わったり状況が変化して、そもそも不登校をしようとした原因が消えてしまう場合が少なくなかったからです。しかしそんなふうに引っ張ってきて、運動会や文化祭が終わり、「さて次は?」と見回すとこのあとが案外ないことに驚かされます。

 クリスマスやお正月、バレンタインデーと、世間には「楽しいこと」「面白いこと」が山ほどあるのに、学校内には子どもを引き寄せるイベントがほとんどなくなってしまうのです。
 不登校の子と付き合っているうちに、初めて気がつきました。

 学問の秋、芸術の秋と言われるように、秋から冬にかけては深く沈潜する時期なのです。中学3年生は受験勉強に拍車をかけなくてはなりません。他の学年も、それぞれまとめの時期に入って行かねばなりません。

 特にこれと言って大きな行事がない、そういった時期が10月以降半年近くも続く。
 あまり意識されないことですが、私たちとしては十分に考え、対処していかねばならない重要なポイントです。




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2011/10/24






  振り替え休業のため、本日の更新はありません。












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