2011/8/31

昔の教師  教育・学校・教師


【第一話】
クリックすると元のサイズで表示します 昨日、「昭和天皇在位60周年記念金貨」(正確には「天皇陛下御在位六十年記念硬貨」)のことを書いて思い出したことがあります。それはもう20年以上前のことです。

 当時勤めていた中学校である日4時間目あたりの授業をしていた時、珍しく教頭先生が入ってきて授業を止め、私を廊下に呼び出したのです。訊くと○○駅から電話が入り、私のクラスの生徒が鉄道公安に補導されたので、引き取りに来てくれとのこと。テスト前の忙しい時期だったので面倒だったのですが、他に行く人もいないのでしかたなくクラスの生徒を自習にし、車で駆けつけました。当時はそのような場合に親を呼びつけると、現場が愁嘆場になったりして大変なので、学校が引き取り行くのが常だったのです。

 ところでなぜ捕まったのかというと、その子が中学1年生なのに小学校の4年生程度にしか見えない小柄で、それが1万円札を出して車内切符を買おうとしたので怪しまれたのです。ではその1万円札はどうしたのかというと(ここで例の金貨が出てくるのですが)、親から盗み出した「昭和天皇在位60周年記念金貨」を銀行で両替して持ち歩いていたのです。

 小学生にしか見えない子が1万円札を差し出すのを、怪しむ鉄道関係者が一方で、同じ子が10万円金貨を両替するのを、怪しみもせずに行ってしまう銀行員がいる。私は一言文句を言いに行こうかと思いましたが、今更金貨が戻ってくるはずもなく、保護者も特に何も言わなかったのでそのままにしておきました。

 しかし彼のこの小さな犯罪は、なぜ半日もばれずに済んだのでしょう?

 それは担任(つまり私)が、その子の登校しないことを怪しんで電話連絡をしなかったからなのです。そのお宅は、病欠や遅刻の際にいちいち連絡をくださるような家ではありませんでした。その都度、私の方から確認を取っていたのですがそのうち面倒になり、いまに連絡が来るだろうと放っておくことが多くなっていたのです。
 現在では考えられないことです。


【第二話】
 もっと酷かったのはそれから何年か後のことです。2学期始業式の日の夕方、結局登校しなかった生徒の家に電話をかけると受話器の向こうで母親が、

「えー! 夏休み、今日までじゃなかったのですかー!」。

 本当にいい加減なものです。私も、生徒も、母親も。


【第三話】
 ある朝、女生徒の一人が私の顔を見るなり大変な興奮状態で
「せんせ、せんせ、せんせ! 昨日アタシ、○○医院の前を歩いていたら変なおじさんにヘンなもの見せられちゃってサァ、それでウチに帰ってお父さんに言ったら、お父さんなんて言ったと思う? 『それでそいつの、大きかったか?』だって! そんなモン、私見比べたことないから、分かるはずないじゃん、ネッ?」

 注目すべきはその父親にも私にも危機感というものがまるでなく、警察に届けようという発想もまるでなかったことです。その女の子にしても、問題の核心は“見せられた”ことにではなく、父親のトボケた発言の方にありました。
なんとものんびりしたというか、いい加減な時代です。つい20年ほど前のことです。


 私は優秀な教師ではありませんでしたが、跳び抜けていい加減な教師でもありませんでした。もちろん「すごい教師」もたくさんいましたが、あとはみんな似たり寄ったりです。それでもさしたる文句も言われず、勤まったのです。

 昔の教師はすごかった、教育力があった。今の教師は教育力が落ちた、いい加減になった
 ・・・いずれもとんでもないウソです。





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2011/8/30

金(ゴールド)  知識


 先日、実家に帰ったら母が「金が高いそうなので、これを売ってきて欲しい」と言われ、指輪やら金杯やらを少々渡されました。しかしその翌日新聞を見たら「金は値下がり」と書いてあったので、気持ちが躓いてしまいました。

 ところで、金の値段、今いくらだと思います?

 東京のある貴金属店のサイトで調べたら、金1gの昨日の買い取り価格は、4623円でした。最近一ヶ月で一番高かったのは8月23日の4878円ですから250円も下がったことになります。しかし一ヶ月前の7月29日は4202円でしたからまだまだ「売り」でしょう。

 とにかく最近の金の値上がりは尋常ではなく、どのくらいすごいかというと「天皇即位記念」の10万円金貨、そのまま使えば10万円ですが潰して(潰さなくてもいいかもしれません)売れば13万9710円にもなるというのです(「昭和天皇在位60周年記念」は金の含有量が少ないので10万円に満たない)。持っていたら迷うところですね。

 もうひとつ具体的な話をすると、金地金(きんじがね)のインゴット、実際には5g、10gといったものもあるようですが、私たちがよく映像で見るのは1kgのもので、今売ると1本462万3千円ということになります。そんなことを思い浮かべると、映像の見方も変わってきます。クリックすると元のサイズで表示します

 金は歴史のかなり早い段階から、人類の手元にありました。鉄などとは違って精錬の必要がなく、そのままの形で地中から出てきたからです。その輝きには何とも言えない魅力がありましたし、柔らかく、延性や展性に優れていますから加工しやすかったのです(例えば1gの金は数平方メートルに広げられますし、金糸にして伸ばせば3kmにも伸びると言われています)。

 金が早くから通貨として用いられたのは、もちろん希少性が第一ですが、この柔らかく加工しやすいという性質にも拠っています。何しろ10万円分の金はちぎって等分にすればそれぞれ5万円の価値を持ちます。それを再び合わせてくっつければ10万円の金に戻ります。しかしダイヤモンドではそうはならないでしょう。大きなダイヤは二つに割れば価値は落ちますし、合わせて元に戻すことはできません。

 錆びない、腐らない、持ち運びに便利、そういった性質もあって、金は世界中で通貨として使われ続けました。

 以前にもお話ししましたが、有史以来人類が掘り出した金の総量は、オリンピックの50m公認プールで3杯分(14万〜15万トン)。今後掘り出し得る金の地下埋蔵量は6〜7万トン(オリンピックプールもう一杯分)です。そして都市鉱山に眠る金は4万3000トン。そのうち6800トン(世界の16%)が日本にあります。

 今後、都市鉱山の発掘(法制化された都市鉱山資源の回収)が始まります。使わなくなった携帯電話、デジカメ、電卓、充電器等、大切に取っておきましょう。売っていい値段になるわけではありませんが、貴重な日本の資源です。



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2011/8/29

学社連携についてD〜新しい学校中心主義  教育・学校・教師


 学社連携について5回に渡って考えてきましたがこれが最後です。

 学社連携―「子供たちの教育は、単に学校だけでなく、学校・家庭・地域社会が、それぞれ適切な役割分担を果たしつつ、相互に連携して行われることが重要である」―という理念は高邁すぎる夢でした。もちろんしっかりとして協力的な保護者も、積極的に学校に関わろうとする地域の人々も少なからずいました。しかし大半の保護者は忙しく、地域の人々は学校に無関心だったのです。

 考えてみれば私たち自身、保護者としては忙しく、また地域社会の一員としても(自分の子どもたちが卒業してしまった地元の学校に対しては)まったく無関心なのです。家庭はともかく、地域社会の人間として地域の子どもの教育に当たれといわれても困惑するだけです。

 学社連携の試みがどれもこれも長続きしない背景には、そうした普通の人間のありようを計算に入れなったという事情があります。強固な存在としては、すでに失われてしまった地域共同体を前提にしたため何もかもうまくいかないのです。

 しかしこの3月11日の事件は、私たちの地域共同体がまだ死にきっていないことを教えてくれました。それと同時に、最後の寄る辺はそこにしかないことも知らされました。(そうでない場合もあるかもしれませんが)ときに政府なんて何もしてくれないのです。

   *一ヶ月たっても温かいご飯を食べられない避難所がものすごく残ったことに、
    私は今でも腹を立てています。
 
 そうだとしたら地域共同体は何が何でも守らなくてはなりませんし、既に存在しないなら再構築しなくてはなりません。そしてそのしごとができるのは、もはや公民館と学校しかないのです。

 学社連携は最初、民間の知恵を学校に活用し学校を再生させる方策として始められました。しかし今や、学校の機能を活用し、地域を再生する方策として機能させようとし始めています。そしてもしかしたら、最初からそれが本筋だったのかもしれません。

 先日の「○○村 夏・すいか祭り」でステージに立ったのべ26人中16人が、本校の職員か生徒でした。文化祭・地域コンサートもしかりです。

 もう学校の支援なしには、地域は存在できなくなっているのです。たいへんですが、他にやる人がない以上、地域の再生もまた、私たちの仕事なのです。



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2011/8/26

学社連携について〜C〜学校を多忙化する学社連携  教育・学校・教師


 1995年の中教審答申によって示された「子供たちの教育は、単に学校だけでなく、学校・家庭・地域社会が、それぞれ適切な役割分担を果たしつつ、相互に連携して行われることが重要である」の理念を、「学社連携」といいます。その中心的課題は「開かれた学校」と「学校のスリム化」でした。その方針に従って2002年から新しい指導要領による学校教育が始まると、この試みは最初から頓挫してしまいます。いまさら子どもを帰されても、家庭も地域も困るのです。

 休日となった土曜日、家に保護者のいないいわゆる留守家庭は地方公共団体に学童保育の充実を求め、あるいは公民館に無料の活動を求めたりしました。つまり公(学校)の引いた空隙を公(学童保育や公民館活動)によって埋めることを要求したのです。

 学校は「開かれた学校」の理念にしたがって活動の様子を知らせようと「学校だより」の全戸配布などを決めますが、これも配布主体の区長会などから拒否されたりします。とにかく市町村からの配布物が多すぎたのです。

 また、鳴り物入りで始まった学校評議員会もやってみれば区長会長や児童民生委員の充て職となり、年に数回、会って雑談をする会となってしまいます。不登校・非行・学力問題といったそのときどきの教育問題には興味はあっても、その学校がどういう教育方針をもって何をしようとしているのか、地域の教育的課題は何かといった具体的な問題となると、相当足しげく学校に通っていないと分からないからです。

 学校ボランティアの方はさらに厄介でした。学校が必要とするボランティアに応じてくれる人がほとんどいなかったのです。

 部活について言えば、理想的なのは「早朝の畑仕事を終えて7時30分からの朝部活の指導に学校を訪れ、夕方また4時から6時半くらいの部活の指導をしてくれる、土日もいとわない何らかのスポーツの専門家」ですが、そんな人は日本全体でも数えるほどしかいません。そこまでは言わなくても、土曜日か日曜日を全面的に見てくれる専門家を野球やテニスなど、部活の数だけそろえることも不可能でした。

 もちろん運の良い学校の運の良い部活は、そうした外部コーチを迎えいれどんどん強くなっていきます。学校とは切り離された社会体育として、時間無制限でほんとうの専門家が行うのですから、強くなって当然なのです。すると他の学校の保護者も黙っていません。自分たちも子どものために社会体育を立ち上げるということになるのですが、専門家を探せないことでは学校と同じです。結局は部活の顧問を頼り、部活の顧問をコーチとして社会体育を創設してしまいます。

 学校スリム化して教員の負担は減るはずだったのに、部活担当者は土曜日は部活顧問として、日曜日は社会人コーチとして、まるまる縛られることになります。もしかしたら「学校五日制」を「週休二日制」と言わなかったのは、「学校は五日だよ。しかし教員は七日勤務だ」、そういう意味だったのかもしれません。

 部活顧問の例は象徴的なものですが、「学社連携」は学校の多忙に拍車をかけました。連携といっても主体は常に学校にあり、学校を開くこともボランティアを募ることもそれらを維持することも、すべて学校が行わなければなりませんから多忙になるに決まっているのです。


 しかしそうであるにもかかわらず、ここにきて、私は学社連携を否定的にとらなくなっています。それについては来週お話します。


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2011/8/25

学社連携についてB〜「開かれた学校と学校のスリム化」  教育・学校・教師


 いみじくも安倍元首相が「ゆとり教育は、理念は正しかったが先生たちが理解できなかった」と言ったように、「ゆとり教育」はあまりにも高邁な理想でした。それを可能とする教師もたくさんいましたが、普通の教員が日常の努力でなしうるものではなかったのかもしれません。

 同様に「学校のスリム化」もどこまで現実を踏まえて提案されたものか、はなはだ疑問です。

 1995年4月、経済同友会は(1)学校をスリム化する、(2)教育に多様な人々が参加する、(3)子どもたちが多様な集団のなかで成長できるようにする、の3点を考え方の基本にして「学校から『合校』へ」という提案を行いました。翌年文部省の中央教育審議会はその線にそった答申をします。そこで強く示唆されたことは「開かれた学校」と「学校のスリム化」でした。

 この答申ではまず「子供たちの教育は、単に学校だけでなく、学校・家庭・地域社会が、それぞれ適切な役割分担を果たしつつ、相互に連携して行われることが重要である」と高らかに謳い上げられました。(第4章 学校・家庭・地域社会の連携)

 そして「開かれた学校」については、
@保護者や地域の人々に情報を開示し、人々の意見を十分に聞くこと、
A地域の教育力を生かしたり、家庭や地域社会の支援を受けること、そして
B施設開放や学習機会の提供などによって地域社会の拠点としての活動に取り組むこと、
などが求められました。

 学校のスリム化については「我が国の子供たちの生活において、時間的にも心理的にも学校の占める比重が家庭や地域社会に比して高く、そのことが子供たちに学校外での生活体験や自然体験の機会を少なくしている」と分析し、次の2点を例に挙げて改善の方向を示しています。

@日常生活におけるしつけや社会的活動については「むしろ家庭や地域社会で担った方がよりよい効果が得られるものを学校が担っている現状がある」そこで、「家庭や地域社会が積極的に役割を担っていくことを促していくことが必要である」

A部活動は意味あるものだが、「学校が全ての子供に対して部活動への参加を義務づけ画一的に活動を強制したり、それぞれの部において、勝利至上主義的な考え方から休日もほとんどなく長時間にわたる活動を子供たちに強制するような一部の在り方は改善を図っていく必要がある」。指導に際して地域の人々の協力を得るなど地域の教育力の活用を図り、可能なものは「地域社会にゆだねていくことも必要である」としています。

 このとき中教審の方々は子どもの周辺にどのような教育環境を描いていたのでしょう。

 強い支配欲と名声欲、古くからある隠蔽体質と高慢に支配された教師たち、それに対して豊かな教育力と善良な心を持つ地域社会はただ見守るしかない・・・そんな明治時代の(どこか山村にはあったかもしれない)風景を思い描いていたとしか思えません。

 学校が肥大したのは家庭や地域の教育力が衰え、「子供たちに学校外での生活体験や自然体験の機会」が極端に減った隙間を補っているうちにそうなっただけです。学校が手を引けばその部分に家庭や地域が浸透してくるというものではありません。そこにはただ空隙が残るだけです。

 部活も中規模校で十いくつもあるバレーボールだのテニスなどに外部コーチを当てることなど最初から不可能でした。しかし中教審の人々の頭の中には、毎朝毎夕学校にきてコーチングができる優秀な暇人がいくらでもいたのです。

 私たちだけがよく知っていますが、この「開かれた学校」づくりと「学校のスリム化」によって、学校はさらに肥大していくことになります。


                        (もう一度、続きます)


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2011/8/24

学社連携についてA〜ゆとり教育と学校のスリム化  教育・学校・教師


 アメリカから強く要求されてきた企業の週休二日制促進のため、当時の自民党は今で言う「政治主導」によって強引に学校五日制を始めてしまいました。しかし制度として定着させるためには正当化が図られなければなりません。そこで持ち出されたのが「ゆとり教育」と「学校のスリム化」です。

「ゆとりある教育」という概念はすでに70年代からありましたし、政府も80年代から授業時数の削減といった形で進めてきたものです。ただし時数は減っても内容はさほど減りませんでしたから、現場はむしろ苦しい状況が続いていました。ところが2002年の学習指導要領改定はまったく違っていました。

 何しろ完全学校五日制に対応し、なおかつ「21世紀を切り開く新しい教育」を標榜するものでしたから大がかりにならざるを得なかったのです。「時数で1割、内容で3割の削減」、そこに「総合的な学習の時間」という鵺(ヌエ)のようなものが新設されましたから、私たちはわけが分からず、大いにうろたえたものです。

 しかしマス・メディアを中心に、世間は一貫してこの方向を指示しました。

「これからの国際社会は詰め込み教育ではもたない、ゆったりと学ぶ中で考える力をつけることが大切だ」といった主張は、国際社会を知らない「普通の人々」には脅迫的なものでしたし、総合的な学習の時間の中で「生きる力(問題解決能力・豊かな人間性・たくましく生きるための健康や体力)」をつけるという謳い文句は、不登校や非行といった問題に喘ぐ学校を、根底から救うものだと誤解されたからです。

 また「学校のスリム化」の理念―学校は肥大しすぎた。これからは学校と家庭と地域が分担して役割を負い、それぞれが得意分野で子どもを育てるべきだ―も、公教育にウンザリしていた人々に拍手をもって迎えられたのです。

 いずれも教育とはまったく関係ないところで決まった「学校五日制」を正当化するものでしたが、社会は何か素晴らしいことがこれから起こると思い込みました(この思い込みは反ゆとり教育論者である安倍元首相のような人にもあったらしく、のちのち「ゆとり教育は、理念は正しかったが先生たちが理解できなかった」とも言っています)。

 ただしこの「ゆとり教育」と「学校のスリム化」の始まりに当たって、学校は徹底的に非難されました。

 ゆとり教育推進論者はマス・メディアを通してこのように言いました。
「教師たちは自分の成績を上げるために子どもたちの知識を詰め込み、“より良い学校”に入れようとしてきた」
「一人ひとり教科書をもって音読するといった明治以来の古い国語教育が、子どもたちの可能性を潰してきた」
「コンピュータ時代にあって、計算できることや漢字を書けることはどういう意味があるのか。ITに乗り遅れた教師たちはそんなことも分からない」等々。

 また、学校のスリム化論者たちはこう言いました。
「不登校も非行も解決できないのに、学校は家庭教育にまで口を出し、子どもを支配しようとしてきた」
「学校の成績がそのまま子どもの評価になってしまった。“学校でいい子”は“地域や家庭でもいい子”扱いされている」

 のちに百マス計算がもてはやされ、『声に出して読みたい日本語』がベストセラーとなり、「学校の先生が楽をするための『ゆとり教育』か」「教師が手を抜くための『学校のスリム化』か」と非難されること時代が来ることを考えると、隔世の感があります。

 いまでは「ゆとり教育」を親の仇のように言う人もいますし、「学校のスリム化」は死語のようです。しかしこの二つを経験して初めて明らかになったことがいくつもありました。

                      (続きます)

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