2011/6/1

福島原発事故から学ぶこと  教育・学校・教師


 東京電力本店の指示にもかかわらず原子炉への海水注入をやめなかったということで、福島第一原発の吉田所長が英雄あつかいされています。権力に屈した本店が過ちを犯そうとしたとき、決然と正しい道を貫いたのですから英雄扱いも理解できないわけではありません。しかしこうした事実は別のことも示唆します。

 それは政府―東電本店―福島第一原発の間の指示系統、そしてその逆流である報告系統がズタズタだということです。

 それは事故から2カ月以上たった今でも、次々と新事実が出てくることでも分かります。政府も東電本店もあれこれ理由をつけて弁明しますが、要するに本店も知らないことが山ほどあるのです。第一原発は必要に応じて情報を出したり抑えたりしますし、東電本店も(最近はたぶんしていませんが)情報を選択します。政府も政策として情報を操作するのですから何もかもグチャグチャで、本当のことをつかんでいる人がだれもいません。たぶんそれが事実というところでしょう。

 なぜそんなことになったかというと、正しい情報を上げても現場にいいことが何もないからです。

 例えば3月の時点では「廃炉につながる海水注入をためらう東電を菅首相が一喝し、水蒸気爆発の危険から原子炉を救った」というのが定説で、菅首相の唯一の得点でした(官邸はこの定説を一度も否定したことはありません)。しかし実際には現場が常識に従って真水がなくなったところで海水に切り替えただけで、それを妨害しようとしたのが官邸だった(と思っていた)のですから素直になれるはずがありません。

 その後本店は福島第一原発から従業員全員を引き上げようとして菅首相を怒らせます。そのときも現場はまだやれることがたくさんあると思っていましたから寝耳に水です。自分たちの誇りとやる気に傷がつけられたと感じてもやむを得ません。

 12日に本店が一時的にしろ海水注入をやめようと考えたのは、海水の試験注入を知らなかった菅首相が「そんな話は、オレは聞いていない」と激怒し、その後何の指示も与えなかったために震え上がった東電社員が、本店に連絡して「しばらく様子を見た方がいい」と進言したことによります。菅首相が「海水注入の中止を指示したことはない」というのは事実ですが、他の指示もしないというのは明らかに事態の停止を意味しますから東電社員としては中止を考えざるを得なかったのでしょう。

 こうして見てくると福島第一原発の事故処理のごたごたはすべて、コミュニケーション・ギャップによるものだということが分かってきます。

 菅直人という人はもともとが他人の意見を聞かない人です。その上しばしば激情しますから周辺の人は何も言えなくなります。

 東京電力は本来営利企業ですから、本店としては損得抜きでものを考えることはできません。しかし現場の人の大部分は技術者ですから科学的に正しいことにしか興味がありません。そこにギャップが生じます。

 福島原発事故は不幸なことですが、そこから私たちが学ぶべきこともたくさんあります。



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