2011/4/19

ダメな政治家はいても悪い政治家はいない(と思う)  教育・学校・教師


 一昨日のテレビ番組で、今回の震災の感想を問われた外国の方が、「震災を利用して利権を増やそうという政治家が一人もいないのに感心した」といった話をしておられました。
 びっくりしました。国民の不幸をネタに私腹を肥やそうとする政治家がいるかもしれないという発想自体、私にはなかったからです。私ばかりではないでしょう、日本人のほとんどが同じように考えているはずです。

 しかし翻ってみれば、傭兵をつかって自国民を殺しているリビアのカダフィ、スイスに巨額の預金があるといわれるエジプトのムバラク、国民の貧窮をよそに息子がエリック・クラプトンのコンサートに遊びに行っている金王朝、そこまで特別な例を上げなくても新興国の多くは貧困層と富裕層の二重経済を続けており、政治家たちは異常な豊かさを享受しています。政治家が国民を収奪するのは当然といった社会は世界にあまねく広がっているのです。
 先進国を見ても、イギリスやフランスには確固としたエスタブリッシュメントがいますし、民主主義の牙城であるアメリカ合衆国だって金持ちは異常に金持ちです(これについては「社長とその秘書の給与差」という統計があって、アメリカは非常に値が大きかったことを覚えています)。

 日本の場合、たぶん菅総理は私より立派な家に住んでいるでしょうが、それでも宮殿のような建物ではないはずです。鳩山前首相はたいへんな金持ちですが、それは首相になったから金持ちになったのではなく、もともと金持ちだったのです。そういうことを私たちは単純に信じられます。しかしそれは世界の中では極めて稀な例であって、一般的ではありません。

 かつて「日本は世界で唯一社会主義を実現した国だ」といった言い方がありましたが、そういわれるほどの平等性はこの国のひとつの特長です。身分制度の厳しかったといわれる江戸時代ですら、最上位の武士は国民の収奪者という感じではありません。何んといっても武士はさっぱり豊かではありませんでしたし、農民も飢饉などの特別な時期と特殊な地域でない限り、けっこう豊かに暮らしていたのです。
 ほんとうに不思議な国民です。

 私たちは学校で「公平性」ということを繰り返し、骨の髄まで沁み入るほどに指導しています。そこには「必ず勝ちなさい」といった価値観を中心とするアメリカの教育とはまったくちがうものがあります。


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