2011/4/13

とてつもない人災  

 
福島第一原発の事故評価が最高度の「7」に引き上げられたことに、相当苛立ってます。

 私は同じ身分の者として基本的に公務員の誠実さを信じていますし、その能力に深い信頼を寄せています。大学では昭和史が専門でしたが、第二次世界大戦だって公務員の誠実さと熱意、能力の高さがなければあそこまで突き進むことはなかったはずです。要するに方向付けを間違ったのです。間違った方向に全力で進んでしまったからあの戦争が悲惨なものになってしまったのです。そして公務員の仕事の方向付けは、政治のする仕事です。

 今回の事故ではレベル「4」でスタートした評価をすぐに「5」(スリーマイル島事故と同じ規模)に引き上げ、以後一切見かえすことなく今日まで来ました。その間フランスあたりからはレベル「6」だろうと盛んに訴えられ、日本国内でも「5」ではないだろうという声が上がっていました。素人の私だってスリーマイル島と同じはずはない、4機同時の事故と言うだけでも最低4倍の規模であるはずだと思っていました。それがいきなりの「7」です。情報を出すのを統一地方選後に引き延ばし、選挙を有利に展開しようとしたとしか思えません。

 今回の大震災では日本人の資質はとんでもなく高く評価されましたが、政府の対応は最低の評価を受けています。

 これを危機管理の「さしすせそ」に照らし合わせれば、私たちの政府が如何にお粗末かあからさまになります。

「さ:最悪の事態を考え」
 対応が後手後手に回っていることは素人の私たちの目にも明らかです。後手に回るというのは先が読めていないということ、より悪い状況をイメージできていないということです。専門家にそれが分からないはずはありませんから、要するに最悪の事態を考えて大量の物資・要員を投入するコストを惜しんでいるのでしょう。できるだけ少ないコストですませるために常に楽観的な方向でものを考えているに過ぎません。最悪の事態を考えれば、メガフロートだって日本中のものを結集すればいいのです。日本の知と資金を限りなく投入できます。

「し:慎重に」
 低濃度とはいえ汚染水を大量に海に流す以上は周辺の国々に相応の連絡はすべきでしょう。それが事態収拾後の日本の、国際的地位を決定的にします。「国際法上間違っていない」というのはあまりにも軽率です。自立した国家のすることではありません。

「す:すばやく」
 最初のベントも海水の注入も、消防や自衛隊、米軍の投入も、いちいち遅きに失しています。
 外国への説明もロボットの投入も、いちいちすべてが遅すぎます。

「せ:誠意を持って」
 首相は官房長官の背後に消え、東電の社長は姿をくらます。情報が小出しで背後に隠れているものが多すぎる。「20km〜30km圏内は自主避難」というのは「何があっても責任は取りません」というに等しいやり方。これでは責任ある政府とは言えません。

「そ:組織的な対応を」
 一番悪いところはこの部分。政府民主党は世界最高の能力を持つ官僚機構を全く動かしていません。全部自分たちだけでやろうとして空回りしています。それが政治主導の現実的姿です。政府が動かしたのは自衛隊だけ(政府に直属していますから)。いかに大規模広範囲の災害だったとはいえ、一か月もたって被災地で温かいご飯が食べられないなんて、まったくの未開地と一緒です。

 中央の公務員を500人各地に送り、各地方公共団体から1%ずつ人員を出させるだけであっという間に被災地の行政は復活したはずです。一校一国運動みたいに、Z県とY県が責任を持ってA町を支援すると割り振りをすれば物資も人員も効率よく投入されたはずです。

 しかし絶対に国の組織(官僚機構)は使わないと決心すると現在のような惨状を呈します。無辜の人々の苦しみが引き延ばされます。

 東日本大震災はとんでもない天災からとてつもない人災に移行しようとしています。

 私はまったく頭に来ています。




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