2011/2/28

そう言えば新婚の頃  教育・学校・教師


 さっぱりそれらしくない新婚の佐藤先生(失礼!)を見ながら、昔の自分の新婚時代を思い出しました。

 私は卒論のテーマが昭和史だったこともあって「昭和」にこだわりがあり、なんとか年号が変わらないうちにと思って昭和63年に焦って結婚しました。ですから夫婦の歴史は平成の年数と同じです(今年が23年目)。

 結婚に至る紆余曲折は一部でお話しましたし、また改めて話すこともあろうかと思いますが、とにかく何とかそこまでたどり着いて、結婚式は双方の両親を連れ、6人でハワイに行って挙げました。当時としてはけっこう斬新でした。奇をてらったわけではなく、新婚旅行の費用を含めるととてつもなく安くついたからです。
 リムジンの送り迎えに式そのもの、牧師さん1・オルガニスト1・歌手1、結婚証明書と写真までついて総額2万8千円。貸衣装も二人で1万5千円ほどでした。
 それともうひとつ。ハワイはいざとなれば日本語で何とかなりそうだというのも重要なポイントでした。なにしろ初めての海外旅行なのでみっともないところを曝したくなかったのです。さらにその上、私は密かに「旅行英会話」みたいな本を買って、涙ぐましい自己研修も積みました。ところが・・・

 ホノルルの入国審査では、殆ど最後の通過者でした。長い長い待ち時間をかなり緊張して過ごし、ついに自分たちの番になって私はパスポー卜を差し出します。ここで係官が「Are you on business or sightseen?(ビジネスですか、観光ですか?)」と聞き、私が落ち着いて「sightseen」と答えれば終わりです。そところがそのときの女性の係官は、意外な質問をしたのです。
「Are you on business or kankou?」

 その「カンコー」という単語が分からない。教えてもらったことがない。たぶん今まで一度も聞いたことがない。私はかなりうろたえてそれが「観光」と気づくまでしばらく、絶句して立ちすくんでいました。

 それでも何とかその場を凌いで通過したのですが、考えてみると後ろにいる5人も英語なんてとてもおぼつかない。そこで私が「自分たちは一緒の家族なのだから、審査は一緒にやってくれ」と言わなければならないのですが、とっさにそれが出てこない。後から考えればいろいろな言い方はあったはずなのに出てきた言葉は
「We are all in one family!」

 しかも慌てながら発音しているので「ホール・イン・ワン ファミリー」みたいになってしまい、「オレたちゃ天才ゴルファー一家か?」と(今で言う)セルフ・ツッコミ状態。一族を引き連れてのハワイ新婚旅行はこうして最初から躓きます。

別の日。
 あんなに心配した両家の親たちが、異常な生活力でホノルルをタクシーで駆け回っているというのに、私たちはすっかり疲れてしまい、こってりとしたホテルの料理にも飽きてマクドナルドで昼食をすることにしました。
 ビックマック2個とコーヒーふたつ。私はカウンターの店員に向かって言います。
「Please give me two bigMac hamburgers and two cups of coffee」

「hamburgers」の最後の「s」と「two cups of」が我ながら泣かせます。そうです。中学校の英語ではこうでなくてはいけないと教えられました。

 私たちが首尾よく食物を手にして店の偶で食べ始めた時です。いかにも頭の悪そうな若い女性(というのは私のひがみですが)が入ってきて、妙に甘えた声で注文を始めます。

 写真入りのメニューを指差しながら日本語で、
「あっのォ、ハンバーガーひとつとォ、コーヒーとォ、フライドポテト……、ハウ・マッチ?」

 それで通じた・・・。私はハンバーガーを喉に詰まらせそうになりました。
そうだ、コミニュケーンョンなんてそんなものだ。何が「hamburgers」だ、何が「two cups of」だ!
 私は自分のアホさ加減にウンザリしながら、もう二度と英語はしゃべらないぞと固く決心したのです。

 妻はその間、ケタケタと笑っていただけでした。



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2011/2/25

ガラパゴス  教育・学校・教師


 ひところメディア上で「ガラパゴス現象」いう表現が頻出しました。日本企業の技術やサービスが、日本市場の中だけで高度に発展してしまう現象を言うのだそうで、その間、世界市場ではもっとレベルの低い技術やサービスが普及し、結果、日本企業の海外進出が難しくなっているというのです。

 代表的なのは携帯電話で、日本のケータイは世界最高峰の技術が詰め込まれている代わりに高価で、世界標準となり得ませんでした。冷蔵庫も、アジア向けのものは最低の性能で十分で、現段階ではそのレベルのものが売れ筋だそうです。 
 日本の3Dテレビの技術水準は群を抜いています。それに対して韓国サムスン社の3Dテレビは寝転がると暗くなって見えない、斜め横深くから見ると黒い部分が白っぽく見えるなど、いくつかの問題があります。にもかかわらず世界シェアの9割はサムスンの製品です。しかしこれはサムスンの技術力が低という問題ではなく、その程度で販売してよいと見切ったサムスンの販売戦略の勝利といっていいでしょう。少なくとも日本が出遅れたことは確かです。

 だからいい加減、高スペックを追及するのはやめようというのが「ガラパゴス現象」を問題視する人々の立場です。
 しかしそんなものなのでしょうか。

 テストでいつも100点を取るためには120点分の実力が必要です。100点の実力だとミスや思い違いによって必ず1〜2問、落とすからです。同じように100点満点の製品を常に送り出すためには120点分の技術が必要なはずです。

 トヨタのプリウスはつい最近まで、日本にしかない珍奇な車でした。それが世界を席巻しました。トヨタ叩きにも関わらずトヨタが力強く息を吹き返したのもプリウスのおかげです。

 そもそも日本の自動車産業が世界のひのき舞台に躍り出ることができたのも、乗用車生産企業が七つもあるという超過当競争の国内市場で、高スペック低価格を追及し続けたからです。

 ケータイで世界を制圧することには失敗しました。半導体王国だった時代も終わってしまいました。しかしそれらはすぐに陳腐な技術となり、世界はさらによりよいものを目指すに決まっています。

 店に来た客を玄関まで送り出すといった過剰な接客は、外国の人々をまず恐れさせるのだそうです。しかしそういったサービスになれた外国人たちは自国に帰って、今度は本国の店員の、そっけない態度にうんざりしています。ニューヨークの街中で入り口のガラス扉にぶつかっている人がいたら、それは自動ドアに慣れきったトーキョー帰りの人だとも言われます。タクシーのドアが自動であったり、公衆トイレにまでシャワー付きにしてしまう、そうした過剰は日本の文化なのです。

 私はこの件でも、日本が反省して世界基準に合わせることには反対します。ガラパゴス現象は微調整すべきかもしれませんが、根本的に見直していいものではありません。


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2011/2/24

校則はくだらなければ、くだらないほどいい  教育・学校・教師


 最近はあまり耳にしませんが「学校はなぜあんなにくだらない校則を必死に守らせようとするのか」という基本的な問いがあります。

「あんなくだらない校則」の中身は、髪を染めるなとか、スカート長けだとか、ピアスだとか、それこそ挙げたら切りがないほどたくさんのことがらです。
それらを「くだらない」と言っているのが子どもの場合、教師との会話はこうなります。

生徒「なんであんなくだらない校則、守らにゃいけんのよ」
教師「茶髪や短いスカートやピアスのことはくだらないことじゃない」
生徒「あんなのくだらないに決まっているじゃんか」
教師「くだらないと思っているなら、しなけりゃいいじゃないか」
生徒「いや、茶髪やピアスがくだらないって言ってるんじゃなくて、校則がくだらないっていってるんだ」
教師「茶髪や短いスカートやピアスがお前たちにとって大切なら、それに関する校則は大切にきまっとる」
と、基本的には平行線です。

 茶髪やピアスがいけないことについてはいくつかの論理と説明があります。しかしそれを受け入れられるのは良い子と普通の子だけで、悪い子(と言うか、とにかくこれから校則に挑戦しようとしている子)たちが根本的に持っているのは“そうしたい”という欲望だけです。欲望と規律の対決ですから、どこかに妥協点があるわけでもありません(30%の部分染めならいい、というわけにはいかないでしょう)。

 また子どもの持つ欲望の本質は、それが「格好いいから」とか「似合うから」とかではありません。彼らの本質的な欲望は、他の生徒からの差別化です。「自分は違う」「普通、あるいは平凡ではない」ということを明らかにしたいのです。そして教師はこの本質を見抜いているからこそ、絶対にさせたくないと感じています。差別化は他のもの、例えば勉強とかスポーツとか生徒会とか、学校教育の枠の中で図るべきだと教師は考えます。その子のもつ差別化のエネルギーが服装や態度といった望ましくないものでムダ遣いされるのが嫌なのです。

 それが服装だの化粧だの、「くだらない校則」のために教師が必死に戦うひとつの理由です。


 戦争において、戦いの最前線は本拠地から遠ければ遠いほど有利です。いくつかの戦闘に敗れても本隊が危うくなることはありません。同じように生徒指導の戦いは、どうでもいいことで戦っているほうが圧倒的に有利です。

 教師と生徒の戦いで教師が一方的に勝つなどということはそうはありません。指導は失敗することもありますが、茶髪・ピアス戦争での敗戦は、せいぜい生徒の髪が染まって耳に穴が開く程度です。しかしその「どうでもいい場」での戦いがなくなって、生徒の差別化が「薬物」や「犯罪」や「性」のステージで行われるとしたら、教師の敗戦は生徒に深刻なダメージを与えます。
 繰り返しますが、教師が100%勝利する生徒指導などないのです。崖っぷちでの戦いなど、とてもできたものではありません。

 学校が「くだらない校則」のために必死に戦う、もうひとつの理由がここにあります。


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2011/2/23

この人の学歴コンプレックス  教育・学校・教師


 ラグビー日本選手権は、19日の準決勝で三洋電機が劇的な逆転トライを果たして東芝を下し、27日の決勝でサントリーと戦います。三洋電機は4月からパナソニックの完全子会社になるため「SANYO」のロゴを胸に戦うのはこれが最後なのだそうです。がんばって欲しいですね。

 三洋電機とパナソニック(旧松下電器)はもともと姉妹兄弟のような企業ですから、合併するには最もふさわしい関係でした。何しろパナソニックの創業者、松下幸之助の奥さんは、三洋電機の創始者である井植歳男のお姉さんなのです。井植自身も松下電器に30年も勤めた上で、GHQから幸之助を守るために松下電器を去ったという経歴を持っています。したがって本来の姿に立ち返るようなものです。

 その井植歳男(いうえ としお)は義兄である松下幸之助に対して深い学歴コンプレックスを持っていました。尋常小学校4年中退の幸之助に対してです。

「俺は小学校をきちんと卒業したばかりに妙な知識をいっぱい身に着けてしまった。それに比べ義兄(幸之助)は小学校を途中でやめたので常識がない。常識がない分いろいろな発想ができる。そんな義兄には絶対に勝てない」

 日本国内で松下幸之助と戦っても勝負にはならない。だったら世界に出て、世界を相手にして勝負するしかない・・・そこで井植は三つの海、「太平洋」・「大西洋」・「インド洋」で天下を取る意志を固め、自分の会社の名前を三洋電機にしたのだそうです。
ちょっといい話でしょ?

 三洋電機の完全子会社化によって電気製品の「SANYO」ブランドも「パナソニック」ブランドに統合されるようです。
「SANYO」というとまったく野暮ったくて洗練されていない印象でしたが、それでいて製品は堅実で隠れた名品があり、私もしばしば意図的に購入したり、選んでいったら結局「SANYO」ということも少なくありませんでした。そんな「SANYO」、なくなるのは寂しいですね。


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2011/2/22

金の使いどころ  教育・学校・教師


 学校に払うお金について保護者の中に不満がくすぶっている場合がけっこうあります。金のことを口にするのははばかられるのかこうした話題が学校に届くのは稀です。しかしそれだけに私たちの方が常に気にしていなければなりません。
 保護者の側で基本的な不満がくすぶっている場合、一朝なにかが起こるとその分も上乗せされかねないからです。

 学校が求めるお金は、毎月支払いを求める学年費・給食費・旅行貯金のほかに、入学時にまとめて出してもらっている制服やかばんの代金などがあります。しかしそれ以外にスキー教室があればスキー・ウェア、旅行があれば旅行かばん、部活に入っていればそれぞれの用具・ウェアなどけっこうな金額になります。長引く不況を考えると、楽ではない家庭もあるはずです。

 しかしだからといって、保護者の負担が大きいからスキー教室はやめましょう、修学旅行もやめましょうという話にはなりません。なぜなら私たちはそうした行事の教育的効果に確信を持っているからです。

 基本的に学校が提示するのは子どもの成長にとって必要なものばかりです。それが子どもの成長にぜひ必要だと思うから私たちも苦労して計画を立て、下見をしたりしています。そうした意義についても、学校はいちいち説明しなければならない時期が来ているのだろうと私は思います。

 旅行行事などの説明会でも行程や持ち物を知らせる前に、なぜそれが必要なのか、それによってどういう教育効果があるのか、そういうことを明らかにする必要があります。それは遊びやお楽しみではなく、かけがえのないものなのだと訴えるのです。そしてその行事の重要性が伝われば、親は必ず喜んで大金をはたいてくれます。そして同じ流れで家庭教育も変わっていくはずです。


 私は基本的に学校教育というものを信じていて、「学校の提案するものは素直に受けていればいいじゃないか」という思いがあります。学校がスキー教室をやるのはこの地域で生きる子どもにはスキーができることが必要だと考えるからです。中学校の修学旅行で京都・奈良に行くのは、日本人だったら一度はここを訪れるべきだという確信があるからなのです。

 だとしたら親としても、どうせ土日を遊ばせるならスキー場に連れて行き、あるいは長期旅行に出かけるなら京都・奈良を選んでおけばまず間違いない、ハズレはない、そうは考えられないでしょうか?

 学校で博物館に行ったと聞いたらじゃあウチでも連れて行こうとか、演劇教室があったと聞いたらじゃあ家族でもとか、そんなふうにはならないでしょうか? それこそ金の使いどころです。

 各家庭で、独自の養育プログラムを考えるなどということは、容易ではありません。プログラムは学校任せで中身は親が繰り返す、これでかなりうまくいきそうな気がするのですがいかがでしょう。

 もちろん学校が良い顔をしないゲーム機だとかケータイだとかは絶対に買いません。

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2011/2/21

顔文一致の夢」  教育・学校・教師


 バトー・ラヴォワール(洗濯船)は20世紀の初めパリのモンマルトルにあった安アパートで、ピカソをはじめモディリアニ、ルノワールら貧乏な画家達たちがここに住み、アポリネール、ジャン・コクトー、マティスらも出入りした有名な場所です。日本で言えばさしずめ手塚治虫や石ノ森章太郎、赤塚不二夫や藤子不二雄が住んで園山俊二やつのだじろうが出入りしたトキワ荘のようなものです。

 1905年、その洗濯船に一人の女性が現れます。才能と野心に溢れた22歳のマリー・ローランサンです。マリーはピカソたちと触れ合いながら、たちまち27歳のアポリネールと恋に落ちます。しかし多感で複雑な芸術家同士の恋は実らず、アポリネールは一片の詩を残して第一次世界大戦に従軍し、そこでの戦傷ののちに亡くなります。

 彼の残した詩は「ミラボー橋」という題名で、だれでも一度は聞いたことのある詩です。

 ミラボー橋の下をセーヌ川が流れ われらの恋が流れる
 わたしは思い出す 悩みのあとには楽しみが来ると
 日も暮れよ 鐘も鳴れ 月日は流れ わたしは残る

(以下、略)

 私はこの話が好きで、いつも心にその情景を浮かべていました。肩パットの入ったスーツの似合いそうなブロンドの美女といかにも神経質そうな27歳の青年。ところが・・・。

 あるとき私は二人の写真に出会うのですがマリー・ローランサンは赤毛で(たぶん)そばかすだらけのイモ姉ちゃんで、アポリネールときたらまるっきり(顔に傷のない)フランケンシュタインなのです。
 本当にがっかりしました(それでものちに、マリーの方はとても好きになりましたが)。

 それと同じことは、「檸檬」の梶井基次郎にも言えます。あの繊細な、水晶のような文章を書く男が、下駄と熊を足して2で割ったような顔の人だとは誰も信じないでしょう。

 文学の世界にはフランソワーズ・サガンやボードレール、アルチュール・ランボーのように書く文章とそれにふさわしい容貌をもった作家がいくらでもいます。
 日本で言えば芥川龍之介や川端康成がそれに当たるでしょう。五木寛之なんかかなりかっこう良かった。

 明治初頭、話し言葉と文を一緒にさせようということで二葉亭四迷たちが大変な苦労をしました。これを「言文一致」運動と言います。しかしそれとは別に、私は作家の顔と作品を合わせた方がいいのではないかと本気で思うことがあります。ここまで美しい文を書くなら顔も変えろや、ということです。

 文学界に「顔文一致」運動を起こしましょう。

 先週木曜日(2月17日)は、梶井基次郎の誕生日でした。

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