2010/6/30

愛情貯金の話  親子・家族


 4月のことです。夜、歯磨きに洗面所へ行くと、長風呂から出たばかりの息子がドライヤーを使っていました。その髪が妙に赤く見えたのでアレ、と思ってよく見たらやっぱり真っ赤です。

「テメェ、いつ染めたんだ」と言うとトボケて「今」。

 その瞬間、私の口から飛び出した悪口、悪態、罵詈雑言。恫喝、恐喝、罵声、蛮声、怒鳴り声は、自分でもよくこれだけ続くものだと感心するほどでした。

 人が聞けば「髪を染めたくらいで」と思うかもしれませんが、これには特別の思いがあります。詳しくは改めて話しますが、とりあえず事前に親として「やってはいけない」と宣言したことが打ち破られるのは絶対にいけないと感じたからです。

 小一時間も速射砲のごとく怒鳴りつけた挙句、ふてくされた表情の息子に「親の言うことを聞かないと宣言する以上、相応の覚悟はあるだろうな。明日、オレが帰ってくるまでに直していおかなければ、何が起こるか考えておけ」と宣言してドアが壊れるほどに強く叩きつけて、洗面所を後にし、二階に駆け上がって寝ました。

 後から聞けば、そのあと家内がじっくりと語りかけ、夜中に出て染め戻しの薬まで買ってきたのに何も言わず、染め直しもしなかったそうです。

 翌朝は息子が眠っているうちに出勤しましたが、午後になって、「髪は直しました。お父さんこそ覚悟はいいでしょうね」と脅迫めいたメールが届き、さあ第二回戦だと覚悟を決めて帰宅したら、そこには丸坊主になった息子がいました。

 私は心の中で笑ってしまいました。なぜなら30年近く以前、私も髪のことで母と喧嘩をし頭を丸めたことがあったからです。親子なんてそんなものです。(そのあと何となく仲直りしました)

 さて、こうして我が家の茶髪戦争は私の圧勝でした。しかし子どもが7〜8歳くらいまでならいいでしょうが、ある程度の年齢になったら親の一方勝ちというのは考えものです。盗っ人にも三分の理、親子も人間関係ですから97対3くらいにしても、相手の主張も受け入れなくてはならなかったはずです。親が圧勝した今回の件は私たち親子の関係に深い傷を残す可能性、簡単にいえばいったん身を引いた息子が恨みに思って、後に引きずる可能性がありました。

 しかし一方で、そうはならないだろうという見通しが私にはありました。とにかくこの子には手をかけてきましたので。
 これについては「愛情貯金」という考え方がうまく説明してくれます。

 私は高校生である息子を一方的に怒鳴りまくることで2600万円くらいの赤字を出してしまいました。しかしすでに1億円ほどの貯金がありましたから、2600万円の支出は何とかしのげます。これが3000万円ほどだったらヒヤヒヤものでしょう。1000万円しかなかったら破綻です。親子関係は決定的に傷つきます。1600万円の負債はなかなか回復できるものではありません。いやそもそも1000万円しかなかったら、あんな散財(怒り方)はできなかったはずです。

 親子は友だちではありませんから、いつか鋭く対立する日が来ます。親が必ず勝たなければ子の将来に重大な影響を与えてしまう場合もあります。そんな日のために小さなころからこつこつ貯めていくのが愛情貯金です。将来への蓄えですから、子どもが小さなころは無償で積み立てていくべきものです。

 今回について言えば私はかなりうまくやりました。しかし貯金もかなり目減りしましたから、これからも暇を見て、少しずつコツコツと貯めていこうと思います。まだひと山もふた山もありそうですから。


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2010/6/29



 教育の問題を「愛」を絡めて話すと難しくなる場合があります。たとえば「愛情不足」といった言葉です。保護者の方は「愛情不足だったかもしれませんね」といったりするかもしれませんが、安易に乗ってはいけません。愛情不足といわれても何をしたらいいのか分からないからです。取り返しがつかない場合もありますし、まだ間に合う場合でも、具体的な示唆を与えなければただ苦しめるだけです。親は子どもを愛するのが当たり前だという社会通念がありますし、それができないのは人間でないといわれているのと同じだからです。

 1970年代の終わりから1990年代の初頭にかけて、アメリカで17人の青少年を次々と惨殺した殺人鬼ジェフリー・ダーマーの父親は、著名な数学者でした。彼は息子の死後『息子ジェフリー・ダーマーとの日々』という本を書き、その中でこんなことを言っています。

「親の愛とは、子どものために何をどれだけ犠牲にしたかということである」

 私はこれを「愛」を説明する上で、非常に有効な言葉だと考えます。

 人に頭を下げるのが嫌いな親が子どものために他人に頭を下げたら、それは大きな愛です。野口英世の生家は赤貧洗うがごとき貧しさでしたが、そこで野口シカが英世のために差し出す金は、それが愛です。私たちが1000円のおもちゃを子どもに買い与えるのとは愛の重さが違います。

 そして現代の大方の親にとって、最も犠牲にしたくないものは時間と仕事でしょう。子どものためにそれを費やすとしたら、それが愛といえます。

 参観日にいつも来てくれること、先生と仲良く懇談してくれること、休日に一緒にいてくれること、勉強を見てくれること、どんなことでもいいのです。子どもと一緒の時間を生み出すことが、現代の親の最初の愛のあり方なのだと私は信じます。

 では参観日や懇談会のない普通のときはどうしたらよいのか。
それは簡単で、子どもと一緒に遊べばいいのです。子どもが小さなときは公園やら博物館やらに出かければいいだけです。少し大きくなったら、映画に連れて行ったりスキーに行ったり、釣りに出かけたり、社会体育の応援に行ったりと、やることはいくらでもあります。

 小学校の、特に低学年の先生は寸暇を惜しんで子どもと遊ぶ時間を持ちます。経験的にそれが大事と分かっているからしているだけなのかもしれませんが、やっている意味は同じです。子どもと一緒に遊び、子どもと一緒にいることを楽しむ、その姿が子どもたちを安心させ、自己効力感を高めているのです。

「私と一緒にいることを、この人(親や教師)はほんとうに楽しんでいる。私にはそれだけの価値があるのだ」

「お母さん、子どもともっと遊んでやってください」というのは、そういう意味です。


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2010/6/28

村の近代化  教育・学校・教師


 ここ数年、私の読書のテーマは「日本人はどのように教育されてきたか」というものです。そうは言っても教育史をずっと遡るといったものではなく、幕末期から明治、昭和前期くらいまでの庶民が受けてきた教育を、民俗学的な見地から記録したものを中心にたくさん読んでみようというものです。そしてその結果、つくづく思うことは、確かに豊かにはなった、しかしそれで幸せになったのか、ということです。

 無着成恭の「山びこ学校」に見るような、仕事のために学校に行けないほどの貧しさは論外です。そこまでの貧しさはそれ自体が不幸ですから「貧しくともよい」とはとても言えません。しかしそれ以上のレベルになると、人間はむしろ貧しいほうが良いのではないかと思ったりもするのです。

 数千年前の縄文時代、日本人は週に三日ほど働けば生活ができたといいます。狩猟採集生活ですから、余って腐るほどの獲物をとってくる必要はなかったのです。

 200年ほど前のあるアメリカの宣教師は、文明化こそ幸せと信じてインデアンの村々を教育して回ったのに、その結果、子どもたちがどんどん悪くなっていく姿に愕然とします。そんなつもりはなかったという気持ちが、沸々と沸いてきたといいます。

 今、この地区にはコンビもありません。ゲーセンもレンタル・ショップも何もありません。万引きしたくとも漬物くらいしかなく、夜たむろしようにも暗くて集まるところもありません。ケータイだって途切れがちです。

 そんな中で本校の子どもたちは、昔の村さながらの共同体をつくっています。知らず知らずのうちに厳と身についた社会的ルールがあります。しかしそれさえ犯さなければ何でもアリですから、実に自由に闊達に語ります。平場の子どもたちの社会的ルールのなさ、自由で箍(たが)がないので年中ひとの気持ちを推し量っていなければならない苦しさは、この学校の子にとって無縁です。

 私は、そんな私たちの学校に一般的な現代社会のルールや通念を持ち込むことが、果たして良いことなのかどう迷うことがあります。

 たとえば、ヨーロッパでは個人の欲望が最大限に拡張された結果、「人権」という概念を持ち込まなければどうしようもないほどに動きが取れなくなってしまったという経緯があります。しかしこの学校にはそうした情況はありません。そうなると人権という概念すら必要ないのかもしれません。

 これからの国際化社会では、英語ができなければ競争に勝てないといいます。しかしこの土地の子はこの土地を出なければいいのです。

 とは言え、私の甘い夢は、
「だってこの子たちは、数年を経ずして外の世界に出てしまうではないか」
という現実によって簡単に破られてしまいます。実際その通りです。

 あとはただ、広い世界へ移った子どもたちが、「それでも正しいのは自分たちだ、人間としての、そして日本人としての正しい生き方は、こちらの方にこそある」と、胸を張って生きられるようにするしかないのかもしれません。

 無論それだって非常に困難なことですが。


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2010/6/27

ご苦労様 とりあえずバスケ部  教育・学校・教師


 バスケ部の大会が終了しました。

 目標の県大会出場にはあと一歩、ほんとうにほんの指先ほど届かず、敗退しました。しかし最後まで、その戦いぶりは立派でした。

 市内大会のときはどこかちぐはぐで、あれよあれよという間に点を取られる場面がありましたが、今回は一度もそういうことはなく、最後まで気持ちを強く持ち続けたことが一番の収穫です。最後まで戦士でした。

 ほんとうによくやりました。心からほめてあげたいと思います。
 
 子どもたちの活躍とは別に、試合を見ながら考えたことがあります。それは、試合をするのは子どもたちであっても、戦っていたのは子どもだけではなかったということです。中学校の部活で試されるのは、子どもと顧問と学校と、そして保護者の総合力です。ほんとうに上位の上位を(たとえば全国大会を)目指すチームは、学校体制も部活中心に変更し、専門のコーチ陣を配し、保護者組織も完璧なものにしていきます。

 もちろん私たちはそこまではしませんでしたが、それなりにすべての人が戦ってきました。だからこそ顧問も保護者も、応援する家族も、ひとつひとつのプレーに一喜一憂し、終われば全員が涙するのです。選手も努力しましたが、教師も保護者も努力したのです。

 声高に教育再生を叫ぶ人は、部活の場を見に来ればいいのです。どんな思いで教師たちが子どもを育てているのか、実際に見に来て、彼らの前に手をついて謝ればいいのです。

「うかつなことを言って悪かった。キミたちはほんとうにすばらしい仕事をしている」

 そんなふうに言ってもらいたいものです。

 時間も余裕もなく、しっかりと部活に取り組んでこなかったため一緒に涙することもできず、何か一人取り残されたような思いで競技場を後にした私が、昨日考えたことはそういうことでした。
 
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2010/6/25

『仕事に役立つ文房具@』〜マグネット・タック・ピース  文具・道具・器具


 最近はそうでもないのですが、若いころは相当な文房具・事務機マニアで、けっこうな散財をしたものです。

 最初の赴任校は60人近い教職員のいる大校でしたが、コンピュータを持っていたのは私一人でした。ワープロ専用機の導入も最も早かったのですが、早すぎて20字×2行という、今では信じられないほど小さな液晶画面を相手に、頭の中のレイアウトはグチャグチャでした。

 手に入れたもので最も良く使えたのはやはりコンピュータと、そしてコピー機です。20年前に大型のコピー機を持っているのも私一人でしたが、おかげで夜遅くまで学校にいることが少なくなりました。

 逆に買ってバカを見たのが紙の大型裁断機で、中古で手に入れけっこう高い金をかけて刃を研いだのに、ほとんど使わずに捨てることになってしまいました。どうしてあれほど情熱的に欲しかったか分からなくなるようなものでした。

 さて、今日紹介するのは、「マグネット・タック・ピース」というものです。

 どこの教室でも黒板にはマグネット・クリップがあって、必要な紙を挟んでは掲示しています。ちょとがんばる授業ではゴム磁石を小さく切って両面テープで裏に張り付けていたのですが、ある日100円ショップで、最初から小さなコマに切られたゴム磁石があるのを知りました。おまけに裏面はシール糊がついたものです。

 75個入りと35個入りの2種類ですが、前者だと1個1・3円、後者でも2・9円にしかなりません。ゴム磁石を切って両面テープで張ることを考えると極めて安価で、使い捨ても苦になりません。

 私は時間割や校務分掌表をラミネート加工した上で裏につけ、机の横に張り付けたりしています。これだと必要な時にすぐに取り出し、またしまっておくことができます。いずれも机の中にしまってはなかなか出しにくいものです。

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2010/6/24

評価の振り子  教育・学校・教師


 2006年のトリノ・オリンピックのフィギュア・スケートの安藤美姫が「ミキティ」と呼ばれ手いるのは知っていましたが、荒川静香の名前で出かけていったアスリートが金メダルを取って帰ると「しーちゃん」になっていたのは呆れました。

 今まっ最中のワールドカップ南アフリカ大会でも、確か出発前は「土下座してでも辞めてもらいたかった」はずの岡田監督が、カメルーンから1勝を奪い取っただけで突然「稀代の名将」になってしまったのは、滑稽でもありやりきれない気持ちにもなります。

 さて、しかしこの「評価の振り子」の大きなブレは、背後に「期待」という原動力があるからに他なりません。監督自身の言う「ベスト4」は眉唾でも、16強にはなんとか、あわよくば8強などという期待を持つからダメなときは激しくバッシングし、うまくいけば以上に持ち上げる。御輿に乗っている方はかないませんが、国民に何の関心もなければ、負けても何も言われず、勝てば突然持ち上げられるだけです。

 学校に対する保護者の評価の揺れも、まったく良く似た感じがあります。私の知るある不登校の子の保護者は、担任の対応・学校のあり方についてさんざん悪態をついたあげく、転校先で子どもが元気よく登校し始めると新しい学校を絶賛し、これ以上なくすばらしい教育があるように吹聴し始めました。

 ところが1年を経たずしてまた学校に行かなくなると、突然その学校の悪口を言い始め、最後には言うに事欠いて「前の学校(つまり私のいた学校)の方がはるかにすばらしかった」「うまくいかないにしても、ものすごくよくやってくれた」と言い始めるのです。評価の振り子は右から左、左から右と激しく振り切れます。
 しかしこれをモンスターと言わず、一歩身を引いて考えてみましょう。

 この保護者はおそらく、わが子の不登校という空前の事態に直面して、一種のパニックに陥っているのです。とりあえず親としてできそうなことを全部しても埒が明かず、途方にくれています。たくさんの本を読み山ほどのアドバイスをもらっても何一つ有効ではない、そんな状況では教師に頼るしかないのですが、ここで素直にお願いする、というわけには行きません。そこまで来る間に、そうとうな不信感を重ねているからです。

 教員は教育のプロですから何かを持っているはずだ、世間の人たちはそう考えます。それが「期待」です。しかし何かを持っているはずなのに「わが子」にはその魔法を繰り出してくれない。もう少し熱心にやってくれればきっとうまく行くはずなのに、なぜか教師は及び腰できちんとしたことをしてくれない、それが保護者の不満です。そこで教師に動いてもらうべく、次々と提案(こちらからすると要求)をしてきます。しかしそれでも教師は動きません。実のところ、私たちにだってそんな魔法はないからです。しかしやらないことが保護者の怒りに火をつけるのです。

 ほんとうはもっと早いうちにこちらの手の内を見せておけばよかったのです。問題が深まる前に、事実関係をはっきりとさせ、できることとできないことを明らかにして置けばよかったのです。それが、手順が悪いばかりに問題を複雑にしてしまいました。

 実は、クラスで最もうるさい保護者は、一旦ひっくり返ると最大の支援者である場合が少なくありません。この人たちの心の中に燃えているのはとりあえず「期待」です。その「期待」をどう扱うか、期待をあおるのか冷やすのか、どう整理するのか、あるいはどうコントロールするのか。それによって、相手は天使にも悪魔にもなるのです。


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