2010/3/26

この学校で学んだことB  教育・学校・教師


「大量の人員とエネルギーで一気に攻める」

 「不登校やイジメの問題は、じっくり腰を据えて時間をかけて取り組むテーマではない、初期段階で大量の人員とエネルギーを投入し、一気に解決しないと必ず長引く」、それがこの学校で学んだことの三つ目のことです。

 特にイジメ問題は1対多数のかたちで説明されますので、担任一人では容易に解決できません。仮に1対8だと、ひとり20分の面接で総計180分、ざっと3時間かかります。授業時間だと4時間です。その間、教室は自習になってしまいますし、加害者とされる子どもたちはたっぷり相談しあったりします。かといって8人を一斉に指導したりすると興奮にあおられて収拾がつかなくなったりもします。彼らにだって、言いたいことは山ほどあるのです。

 こうしたときは学年の先生方や生徒指導の係、児童支援コーディネーター、教頭、場合によっては校長先生も担ぎ出して、一斉に面接すればいいのです。そうすれば1時間ですべての面接が終わり話のズレも修正し合えます。そして何より、大げさに扱うことで、中途半端なことをすればただではすまないという意識を子どもたちに植えつけられます。

 不登校の場合も人を使って担任の体が空けば、夜討ち朝駆けさまざまなことができますし、何よりじっくりと考えたり人に尋ねたりといった時間が生み出せます。それが決定打です。

 他の先生の迷惑なんて考える必要はありません。問題がこじれて何十時間も費やさせることを考えれば、今の1時間なんてどうということはないのです。

 3年間ありがとうございました。この学校での経験は私にとって宝です。そしてそれ以上に思うことは、とにかくこの3年間は楽しかったということです。こんな経験は2度とできないかもしれません。

 本当にありがとうございました。


*ブログで読んでくださっている皆様
 3年間勤めた学校ですが、このたび移動が決まり、4月から新しい学校に移ります。
 新しい学校に行ってもこのブログは続けるつもりですが、落ち着くまでしばらくお休みになります。
 1年間ありがとうございました。そしてまたよろしくお願いします。




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2010/3/25

この学校で学んだことA  教育・学校・教師


 内と外から同時に攻める

 この学校で学んだことの二つ目は、問題が起きたとき、その問題自体をあつかうのはもちろんのこと、それ以外に全体に目を向け、全体から包み込むように問題解決に向かうとうまく行く、そうしなければならないということです。

 例えてみれば何かの病気になった時、病巣自体に治療の手を加えると同時に、全身状態を良くする努力をする、栄養価の高いものを食べ、睡眠を十分にとって生活のリズムを立て直す、といったことです。

 具体的に言えば、クラスの一部にイジメのような事件があった場合、その問題を解決すると同時にクラス全体を大切にし、気持ちの良い、規律正しい学級づくりに心がけ、達成するといったことです。問題の核心から周辺に向かう力と同時に、周辺から核心に向かう力を生み出すと言ってもいいかもしれません。

 外から圧力を加えることには二つの意味があります。

 ひとつは問題の当事者に周囲から圧力を加えることです。周囲がしっかりしていれば、当事者たちもバカをやっていられないようになります。あるいは周辺に気持ちの良いものがたくさんあれば、問題に関わっているよりそちらの方がずっと居心地のよいことが当時者にも分かるからです。

 周囲をしっかりさせることのもうひとつの意味は、問題の解決に手間取ったり失敗した場合も、事件が周囲に飛び火しないように先手を打っておく、ということです。問題がひとつだけなら私達もかなり良い勝負ができます。しかし同時多発テロのようになってしまうと、まったく対応できなくなります。

 ただし、問題をいじると同時に周辺にも手を加えるというのは一人でできることではありません。特に学級担任の場合、当事者たちとじっくり立ち向かうとクラス全体が置き去りにされてしまうことがしょっちゅうです。

 ですから重大な問題には、学年や学校全体の協力が不可欠なのです。
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2010/3/24

この学校で学んだこと@  教育・学校・教師


「複数で対応することの大切さ」

 映画「マルサの女」の中で、国税局職員が「クレーマーに対しては必ず複数で対応するように」という指導を受けて、ヤクザ・グループが訪れたとき100人以上で取り囲むという場面がありました。「となりのクレーマー」という、以前ご紹介した本の中にも同様の記述があります。

 もちろん保護者はクレーマーではありませんが、この学校にきて学んだことのひとつは、深刻な問題については最初から複数で対応することの大切さです。かつてほどではありませんが、保護者にとって学校の敷居は依然高いものです。それを乗り越えて来ようと言うのですから、ある程度の覚悟を決めているはずで、それに対して安易に対応するのは、それはそれで失礼と言うものです。

 学校を代表する者として教頭または教務主任、児童支援の立場から特別支援コーディネータ、児童全体を知る立場から養護教諭、このあたりがワンセットです。ただしこれに担任を加えると4人ですから、保護者がひとりで来る場合は取り囲むようで具合が悪いかもしれません。相手が気圧されて、言いたいことが言えないようではかえっていけません。

 そのほか、学年主任やTTなどの支援教師、場合によっては問題を抱えている児童の兄弟の担任など、保護者が頼りにできそうな教員はすべて候補にあげられます。

 とにかく学校が問題を軽く扱っていないということを示し実行するのが大切ですか
ら、迅速であること、できるだけ多くが関わって問題にあたることが大切です。

 この3年間、それがうまくいった場合はほとんど大きな問題にならず終わっています。

 来年度も制度として続けて行きたいことです。

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2010/3/21

卒業式の日に  教育・学校・教師

 
 一昨日、新聞に載った卒業式の練習風景の写真を見て、滝先生が「ホラ、見てください、頭がみんな揃ってるでしょ。すごいですよね。こんな学校初めてだ」と感激しておられました。見ると確かに、ツムジがすべて揃っています。低学年の子たちなのに、全員がすっと顔を上げている証拠です。

 昨日の練習ではそこで、私は不躾けにも指揮する佐野先生の前まで行って、正面から子どもたちを見て、写真をバチバチ撮ってきました。そこには佐野先生がおっしゃったような、怖いほど見つめる子どもたちの目が写っています。

 田沢前校長先生は「日本一の学校に」ということをよくおっしゃいました。しかしそれは「金メダル3個を含む全10個」とか、サッカー「ワールドカップ4強」とか言うのと同じで、本気で追求すべきものとは何かが違っていますし、実際そのためにがんばってきたわけでもありません。

 しかし、もしかしたら、私たちはいつの間にか「日本一の学校」をつくりあげてしまったのかもしれません。学校生活のどの場面を見ても、少なくとも500人規模の学校で、これだけのことのできる学校はそう多くないはずです。そんなふうに思いました。

 先生方、ご苦労様でした。

 6年生の先生方、おめでとうございます。


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2010/3/19

ねぎらいあおう  教育・学校・教師


 1年の終わりです。本当にご苦労さまでした。
 子どもたちもよくがんばりましたが、私たちもがんばりました。子ども同士、子どもと教師の間、そして教員同士、お互いにねぎらいあいましょう。

 私にとってこの1年は、インフルエンザの流行を除くとまったく平和・平穏な日々でした(インフルエンザなんて必ず治りますからまったく問題ありません)。
 交通事故などの子どもの大きなケガもなく、深刻ないじめといった話も聞きません。不登校は、これは心配な面もありましたが、教師として最低限のところは確保しやれることはすべてやってこれています。

 朝のあいさつ、昇降口の下駄箱の風景、集会時の子どもの姿、清掃の静けさ、学業成績、総合的な学習などの発表内容の豊かさ、音楽、スポーツ、どれをとっても一流のレベルにあります。理科展や絵画展の表彰の数も尋常ではありませんでした。
 
 花壇の美しさやボランティア活動の一つひとつも、数々の賞状となって表現されています。

 確かに、不十分なところ、いくつかの課題はありますが、総じて1年間、私たちはとてもいい仕事をしました。そして今もしています。

 1年間ご苦労さまでした。そして来年は、この上にさらに積み上げて、子どもたちや保護者の目にも「日本一の学校」と思えるような学校にしていきたいものです。
 ほんとうに、ご苦労さまでした。


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2010/3/18

物言わぬ支援者  教育・学校・教師

 昨日の音楽集会、見事なものでした。1年生から6年生まで、550人もの子どもが一言もしゃべらないで音楽に向かっていく姿は、見事というほかありません。

 それをそばにいた小尾先生に言うと、「そうですよね。それに、ホラ、話している人の方に子どもたちの目が行くでしょ。ちゃんと見てる・・・」
確かにそうで、指揮をする小沢先生や説明をする赤沢先生の方向に目がすうっとむいて行くのです。

 別の話。
 先日の「6年生を送る会」の練習について、一緒に2年生を指導してくださった野田先生がこんなことをおっしゃっていました。
「すごいんですよ。先生が『もっと大きな声で』というと本当に大きな声が出るんです。それで、次の日になってもそのレベルが落ちない・・・」
教師に言われたことがそのままできるというのは容易なことではありません。そして昨日校長先生がおっしゃったように、そういうことは一朝一夕にできるようなことでもないのです。

 言うまでもなくそれはこの学校の優秀な先生たちのたゆまぬ努力によって達成されたものです。しかし単に個々の教師が優秀だと言うだけならこの学校でなくともどこでも同じ事が起きているはずです。

 一昨日、昼の時間にある先生が気づいたのですが、職員室のストーブのコードを床に貼り付けていたガムテープが、新しいものになおされていました。「コードが浮き上がって引っかかりそうで危ないと思ってたのだけど、誰がなおしてくれたんだろ」と、その先生はおっしゃいます。私はコードが浮き上がっていたことさえ気づいていませんでした。

 昨日、給食終了後にジュースの缶を集めに行ったのですが、案外集まってこず、ああそう言えば5時間目にみんなで飲むと言ってたクラスもあったなと思い直して袋をそのままに置いてこちらに戻ってきてしまいました。5時間目が終わったらまた行くつもりだったのです。ところがその時間に行って見ると袋は三つに増え、誰かがきちんと縛ってくれてありました。足元に置き去りにした段ボールも片付けられています。

 この学校にはたくさんの物言わぬ人々がいます。そういう人たちが人の欠けたるを補っています。私たちは無意識のうちに、誰かが自分の穴を補完してくれていることに気づいていますからいちいち不安に思うことなく、安心してことを行えるのです。そして自信を持って行うことはたいていうまく行く。
 それがこの学校のうまく行ってる秘密なのだと、私はそう思っています。


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