2009/10/7

投げ出すことはできない  教育・学校・教師


 夜の職員室の会話の中で、仲本先生がこんなことをおっしゃいました。

「最近の電気機器って説明書に、あれやっちゃあいけない、これやっちゃあいけないって、山ほど書いてあるじゃないですか。こんなことまで書かなくてもいいじゃないか、バカらしいと思っていたのだけど、あれ、けっこう大事ですよね。
 今度の(生徒指導の)ことでは、本当に学習させられたんだけど、保護者の中にはわれわれとまったく違った常識を持った人たちがいて、とにかく何でもかんでも前もって言っておかなければ話にならない人もいるんですよ」

 私もそう思います。
 学校に行きたがらない子どもに引きかえにゲーム機を買ってあげる保護者、町のお祭に5000円札を渡して気持ち良く送り出す祖父母、便利に負けて安易に携帯電話を持たせてしまう保護者。

 ゲーム機なんか与えたらかえって学校に行かなくなるとか、村祭に5000円も持たせるような生活を送り始めたら、中高生になって何を要求されるか知れたものではないとか、携帯を持たせるということはネットいじめの加害者か被害者になる大きな一歩を踏み出すことだとか、そういった考えは微塵もないように見えるのです。

 そんな生活を送らせながら、授業が楽しくないから学校に行きたがらないだとか、学校が規制しないから高価なものを欲しがるとか、ネットいじめをなんとかしろとか言われても学校は知りません・・・と前もって言っておけばいいのですが、しかし言っておいても結局、それらは子どもの手に渡ってしまうでしょう。
 その上で、子どもの問題は私たちが解決するしかありません。私たちが見放したら、他に拾う人がだれもいないからです。

 ただし仲本先生のおっしゃる通り、前もってさまざまなことを話しておくことはぜひとも必要です。

 それで止まる保護者もいますし、なにより指導の際、基本の基本から話を始める面倒を回避できます。

 教師としての理念・理想、教育に関するものの考え方、こうすればああなるといった経験からえられた知恵、たくさん語っておきたいものです。






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