2009/10/22

インフルエンザD  教育・学校・教師


 今回の経験を通じて改めて理解されたことは、子どもたちの生活圏の広さです。本校へのインフルエンザの多くが社会体育やクラブチームを通じてもたらされたと考えられるからです。

 学校と家庭だけが子どもたちの世界ならインフルエンザも相当に防御できますが、学校間をまたぐ活動があってそこが動き続ける限りは、ウィルスは繰り返し学校間を渡り歩くことになります。

 しかし時代がそういう時代である以上、仕方のないことでしょう。

 さて、第4の脅威(感染者ゼロの状態から新たな発症者がでるのは4回目です)と言ってもいい今回のケースは、しかし今までと決定的に違う点があります。それはその子が保菌者として学校で過ごした三日間、本人も含めて、大半の人がマスクをして過ごしていたという点です。

 私は、今回の発生はほとんど広がらずに終わるのではないかと期待しています。

 それにしても4月・5月ごろ、冬からの流れで非常に多くの人たちがマスクをしていた時期、テレビに出ていた“識者”の何人かは、マスクがいかに馬鹿げた道具であるかを宣伝して止みませんでした。

 マスクが効果があるかどうか科学的に証明されていない(それはそうでしょう、インフルエンザが感染する要素は山ほどありますからマスクだけを取り出して実験することなどできないのです)とか、

 マスクが効果があるのはインフルエンザに罹った人がつける場合であって健康な人がつけても意味がないとか・・・。

 中でもやりきれないのは「アメリカでマスクをしていれば強盗と間違えられます」とか言ってカラカラと笑っていた人たちです。

 この人たちはインフルエンザにかかった人だけがマスクをすることにすると、学校内でマスクをつけている子はひとりもいなくなる(罹った人は出席停止になっているから)、ということに気がつかなかったのでしょうか。

 感染が明らかになったころにはもうウィルスをばら撒いている可能性(ふつうはそうなります)に、頭が回らなかったのでしょうか。

 今、この時も、彼らはマスクもせずに人ごみを歩いたりしているのでしょうか。


 さてところで、評論家や“識者”が「こんなことをしているのは日本だけだ」と言ったら、それは頑張って続けるべき内容です。

 彼らが「アメリカでは・・・」と言ったらそれは絶対にやってはいけないことです。

 少なくとも学校と教育に関わることは、確実にそうだと、そんなふうに私は信じています。


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2009/10/21

インフルエンザC  教育・学校・教師

 インフルエンザという言葉はinfluence(影響)と語源をおなじくするもので、毎年冬になると発生し春になると終息することから、何らかの星の影響ではないかと考えられたことに由来します。

 しかし今回の新型インフルエンザは季節にあまり縛られず、年間を通して流行しそうな雰囲気です。したがって、本校の流行も一通り全クラスを回らないと終わらない可能性があります。

 また、市内のA校の様子をみると感染力は破格で、よほど注意して学級閉鎖や学年閉鎖でコントロールしないと、一気に爆発してしまいそうな感じです。もちろん全校に平等に行き渡るなら、一気の方が楽だという見かたもできます。しかし10%規定がありますからそんなにはうまく行かないでしょう。

 今週までにおよそ130万人が罹患したと言われています。死者は昨日までの報道だと28人。その致死率0.02%は今のところ非常に低いと言えます(普通の季節性0.05%、ホンコン風邪・アジア風邪0.5%、スペイン風邪2.0%)

 今のところ考え得るベストのシナリオは以前みんなで話したものと大差はありません。

 とにかくひとりでも感染者をなくし、学級閉鎖や学年閉鎖を回避し続けながら12月中旬まで凌ぎ続ける。そこから小学校低学年へのワクチン接種が始まるので、その日までに感染しなかった児童にできるだけ多く接種してもらう。さらに半月頑張って(初詣や初売りも我慢して)もらうと高学年の予防接種が始まります。これも受けてもらえば、学年閉鎖・休校といった厄介な対応は避けられる公算がずっと高くなります。

 残念ながら、われわれ教員の順番が回ってくるのはずっと、ずっと、ずうっと先のことで、少なくとも現在の順位表の中にはありません。ただしどうしても先に受けたいということになると、方法はひとつだけあります。

 妊婦の接種は来月半ばから始まります。
 (私は高齢者枠で3月には受けられるかも・・・)




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2009/10/20

インフルエンザA〜B  教育・学校・教師


A今回の新型インフルエンザ対策には、これまでの季節性とは異なるいくつかの点があります。そのひとつは、インフルエンザによる欠席者が10%を超えたら自動的に学級閉鎖、学年閉鎖または休校という点です。

 これまでの感染症の場合、一応目安として20%という数字があがっていましたが、これはあくまでも目安であって、20%を超えても全体が終息に向かっている状況なら学校長の判断で閉鎖にしなくてもよかったのです。

 今回のように、状況がどうであれ10%を越えたら自動的に閉鎖というのは、判断をしなくていい分、校長先生の負担の少ない便利な基準ともいえますが、たとえば30人のクラスが三つある90人学年だと、1クラスから9人の患者が出ると自動的に学年閉鎖になって、ひとりの患者もいない2クラスも同時に休まなければならないという妙なことになってきます。さらに学年閉鎖が解かれたあとで、元気だった別のクラスから9人の患者が出ると、他のクラスはまた休まなくてはなりません。下手をすると、同一学年が総計で3週間も休まなければならない事態が出てきてしまうのです。

B今後考えておかねばならない問題のひとつは、かなり多くの灰色患者が出てくるだろう、ということです。

 インフルエンザの初期では、簡易検査の結果プラスにならない場合が少なくありません。そうした場合、現段階ではほとんどの患者が再検査を受け、その結果で白黒をつけることになります。ところが今後病院が混んでくると、再検査事態が省略されタミフルやリレンザを処方されてそれで終わってしまう例が大量に出てくるはずです。その中にはもちろん、インフルエンザでない場合もあります。

 この灰色インフルの児童をどうカウントするか、その数え方で学級閉鎖や学年閉鎖が実施されたりされなかったり微妙になる事態が出てくるのです。

 Aの学年閉鎖が3週間にも及ぶかもしれないということと考え合わせると、非常に悩ましい問題となる可能性のある事実です。

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2009/10/19

インフルエンザ@  教育・学校・教師


 いよいよ、到来です。

 不謹慎と言えば不謹慎なのですが、
 遠いメキシコ高原の小さな村でこの4月、ひとりの少年が豚からうつされた新型インフルエンザが人から人へと直接受け渡されながら、半年の月日を掛けてついにここまで来たかと思うと、妙な感慨があります。

 さて、今回、改めて分かってきたことがいくつかありますので、少しまとめておきましょう。

@今回の豚由来の新型インフルエンザは、当初メキシコで死者150人という数字が出て世界を脅かせましたが、いつの間にか150人が20人になってしまい、それほどの毒性はないことが知られるようになっています。これまでも季節性インフルエンザでは毎年1000人ほどの人が亡くなってますし、二次的な感染性肺炎で亡くなるといった「超過死亡(高齢者に多い)」を入れると1万人以上になります。

 これに対して毎年ガンで亡くなる方は33万人、心疾患は17万人、脳血管疾患は、13万人、肺炎が、11万人、交通事故を含む不慮の事故3.8万人、自殺者数は3万人(平成18年)。したがってインフルエンザで死亡する可能性は極めて低いと言えます。

 今回の新型インフルエンザも季節性のものと大差ないと考えられていますから、むやみに怯えることはありません。それが事実なのですが、マスコミは連日「4歳の子が死んだ」「高校生が亡くなった」と報道していますから、恐怖感は別物のようです。

 他校の様子を見ると、新型インフルエンザの流行した地域では、どこも地区運動会が中止されたり文化祭が延期されたりと、さまざまな対応が取られています。今までのインフルエンザだと学校の反応が校外に出て行くことはほとんどほとんどありませんでしたが、今回は外部の方が反応が早いのです。

 すでに9月上旬の太鼓祭でさえ「地区でひとりでも患者が出たら中止する」といった過剰とも思える申し合わせの上で行われました。まず地区が動き、学校が後追いする。その意味で、今までにない対応だということがいえます。

 外部の様子を見ながら学校の行事を考えるという、極めて珍しく厄介な自体が進行しているということです。


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2009/10/16

言葉の水生図鑑  言葉


 先日の高校生クイズ大会の決勝戦で、対戦した両チームの答えが割れたにもかかわらず両方正解という妙なことがありました。

 問題は「ヤツメウナギは何類?」というもので、一方が「ムガク類」と書き、他方が「エンコー類」と書いたのが、どちらも正解だったのです。

 答えが二つあってそれぞれ別の方を書いたという偶然も面白いのですが、「無学」「援交」は同じものという言葉の妙に圧倒され、私は椅子から転げ落ちんばかりでした(本当は漢字で書くと「無顎類」と「円口類」だそうです)。

 世の中にはまだまだ私の知らない面白い言葉があります。

 私が子どもの頃、大人たちがよく「もうロートルですから」といった言い方で自分が若くないことを表現していました。後に調べると、「ロートル」というのは「老頭児」と書く中国語で、老人の意味なのだそうです。(これが前振り)

 さて、昔「ウーパールーパー」という奇妙な水生動物が流行ったことがありました。
 これは、「足の生えた巨大なピンクのオタマジャクシ」みたいな生き物で、大人になりかけたまま止まってしまった(幼形成熟)、そういうものです。

 図鑑で調べると説明の横に「アホロ−トル系」とありました。

 なるほど、大人になり切れない「アホ」な「ロートル」には違いない、そうも思ったのですが、何か違うのかもしれません。

 しかしホントはどういう意味なのでしょう「アホロートル」

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ウーパールーパー
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2009/10/15

ポ・ジ・ティ〜ブ・シンキング♪  教育・学校・教師

 
「銀座まるかん」という漢方を中心とした化粧品・健康食品を販売する会社の社長さんは斎藤 一人(さいとう ひとり)という、十年連続で長者番付ベストテン入りした方です(長者番付自体は現在行っていません)。

 この人は徹底的なポジティブシンキングの方で、「困ったことは起こらない」という楽観的な見方が、成功の秘訣だと言ったりしています。たくさんの著書があるらしいのですが、私が記憶しているのは、テレビで見た「銀座まるかん」の一分間唱和というものです。
それは朝礼の際、社員全員で1分間「ツイてる」「ツイてる」「ツイてる」「ツイてる」「ツイてる」・・・・・・と叫び続けて、それだけでは終わりが締まらないので「バンザ〜イ」「バンザ〜イ」「バンザ〜イ」と三唱をして終わるものです。

 私が感心したのは「ツイてる」というキーワードです。

 よく洋画の中で、アメリカの若者が鏡に向かって「お前はイイ男だ」「お前には実力がある」といったふうに自己暗示をかけている場面に出会ったりしますが、普通の男性が鏡に向かっても、なかなか「イイ男だ」などと言えるものではありません。言ったところで「あまりイイ男ではない自分」が鏡の中にいるだけです。

ところが「ツイてる」かどうかは、その人の容貌や才能、出身や学歴とかいったものと何の関係もありません。“ツキ”は誰にでも平等に訪れる可能性がありますから、自己暗示には最適です。

 人生は“運”だと、私は思っています。しかしその“運”を引き寄せるどうかには、才能も力もあります。
 不平不満・泣き言・悪口を重ねる人はどうしても運を遠ざけてしまいます。逆に楽しみや感謝や喜びを口にする人には、“運”が近づいてきます。私はそんなふうに考えます。

 私自身、しんどくなるとときどき、「ポ・ジ・ティ〜ブ・シンキング」と心の中で呟きます。すると良いことがどんどん近づいてくるような気がしてきますし、実際に得していることが多いようです。



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