2008/12/26

ごくろうさまでした  教育・学校・教師


 今回の学校評価の結果を見て、ほんとうに特徴的だったのは「先生は〜」で始まる設問に対する答えの得点がこぞって高かったことです。それに比べると「学校は〜」で始まる設問の得点はぐっと低くなってしまいます。

 そこには「もちろんウチの先生は素晴らしいに違いない。でも、他の先生まで含めて『学校は〜』と聞かれえると、どうもねぇ、よく分からないし」といった保護者の迷いが聞こえるような気がします。
 ほんとうに先生たちは信頼されているのだなあと、嬉しく思いました。

 私が今学期ずっと感じ続けていたことは、多少の不備があっても誰かがきっと補ってくれるという漫然とした、しかし確実な信頼感です。それは私だけではなく、ここにおられるすべての先生達が感じておられることではないかと思います。言ってみれば、仲間の絆の一段高いステージで仕事をしているようなもので、死ぬほどの努力をしなくても一段高い仕事ができるのです。なんと幸せなことか!

 間もなく2008年が終わり、新しい年とともに今年度の最後の三分の一が始まります。これからも今と同じように、誰かに助けられながら仕事をする一方、自分も誰かの縁の下の力になりたいものだと、強く思いました。




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2008/12/25

昨日のこと  教育・学校・教師


 十数年前、愛知県の中学2年生大河内清輝君がイジメによって自殺し、マスコミが一斉に学校を攻撃している最中、テレビのバラエティ番組は平気で人をからかい、弄ぶような場面を流していました。私が覚えているのはドリフターズのコントで、父親の葬儀を扱ったものです。

 棺に横たわる父親役の高木ブーに対して、子ども役のいかりや長介たちが、泣きながら「お父さんはモズクが好きだったから」とか「カレーが好きだったから」とか言いながら、さまざまな食べ物を頭から掛ける、というものです。納豆だの生きた海老など際限なく浴びせて、我慢する高木ブーの表情を楽しむ下品なもので、見ながら私は無性に腹が立って仕方ありませんでした。一方でイジメを助長する者が、他方でイジメを防がなかった学校を非難しているからです。

 しかしその番組の最中、よく見ると中に一人だけ、別の仕事をしている人がいました。高木ブーの足元で嘆き悲しむ娘の役をしながら、それとなく海老の位置を変えたりモズクの固まりをずらして『お父さん』が辛くならないよう手配している女性がいたのです。

 飯島愛という人です。
 私はなんだかとても救われたような気がして、いっぺんに好きになりました。

 こうした気持ちの良い、頭の良い人がなぜ非行に走らなければならなかったのか、どこをどうすればよかったのか、自伝といわれる本を読んでもよく分からないところです。それとともに最近のこと昨日のことを思うと、幸せな子ども時代を送らなかった人は、結局はだめなのかもしれないと、そんな気もしてきます。

 今、目の前にいる子どもたちに、 私たちがしてあげられることは、たくさんあります。




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2008/12/24

クリスマス・イブです  歴史・歳時・記念日


 クリスマスというのは「キリストのミサ」(Christ + mas)で、イブというのはeveningの古語の「even」が語源。つまり「キリストのミサの夕べ」という意味なのだそうです。

「キリストのミサの夕べ」が、25日ではなく24日に行われるのは、教会暦では1日の終わり(次の日の始まり)が日没に設定されているため、24日の日没をもってクリスマスの日が始まるためだといいます。そのあたりは、日本の旧暦で一日の終わり(新しい日の始まり)が日の出に設定されたのと似ていて、面白いと思いました(ちなみに、旧暦で考えると新年の二年参りも日の出前に行けばよかったわけですから、今よりずっと楽でした)。

 毎年この時期になると、クリスマス・イブにサンタさんからプレゼントをもらった子が、わずか一週間後にお年玉をもらうという日本の子どもの贅沢にイライラした気分になります。しかしその一方で、日頃は忙しいお父さんやお母さんが必死に家に帰り、家族団らんでケーキを囲む日があるのもいいな、という気持ちもあります。

 いずれにしろ、子どもの贅沢を計算に入れなければ、目くじらを立てることもないのかもしれません。

 先生方も、今日くらいはできるかぎり早く家に帰り、家族孝行するようにしましょう。



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2008/12/22



 今週で2学期が終わり。4日すると元日です。それからしばらくして始業式、いずれも心を切り換えて、やり直しをするにふさわしい日です。

 ただ、紅白歌合戦を見て除夜の鐘を聞けば気持ちが切り替わるというものではありません。せっかくのチャンスですから、今から有効な仕込みをしておきましょう。

 それは例えば、新年になってから「新年の誓い」を考えるのではなく、今年の反省をしっかりさせることで「新年の誓い」の目星をつけさせておくといったことです。初詣に行って何をお願いするのか、考えさせるのも良いかもしれません。

 私は、人間が変わるのはそれほど難しくないのではないかと思っています。ただしそれには三つの条件があります。
@斯くありたいと思う明確なイメージを持つこと(誰々さんのようになりたいとか)。
Aあたかも自分がそのイメージ通りであるかのように、振舞うこと。
Bそうした振る舞いをし続けること。

 来年はどういう自分になりたいのか、そんなことを考えさせるのも良いかもしれません。

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2008/12/19

作品を残そう  教育・学校・教師


 大人になっても歌が好きで歌をやめない人はたくさんいますし、カラオケでマイクを絶対離さない人もたくさんいます。しかし、大人になっても絵を描き続けているという人はかなり少なくなります。ましてや美大出身でもないに日曜日は彫刻、という人はかなりの少数派です。

 私は、自分の娘が高校1年生終わりに「お父さん何にしよう」といって選択科目を決める用紙を持ってきたとき、軽いショックを受けました。何となく学校にいる限りは音楽も美術も書道もやってくれるような気がしていたのです。結局書道を選んだ娘の、美術作品を見ることはそれきりありません。やがて絵を描くことが億劫になり、いつか絵が苦手な人間に育ってしまいます。

 子どもが図工や美術と関わっている時間はけっこう短いもので、小中学校9年と高校1年の合わせて10年間だけです。わずかな時間なのでその間の作品はすべて残しておきたいのですが、絵のサイズはバラバラで扱いにくく、造形物となると本当に嵩張って邪魔臭いものです。いつか壊され、潰れ、捨てられてしまいます。

 そこでアイデア。

 特に重要で保管しておくものを除き、あとはすべて写真に取って画像として取っておくのです。これだと邪魔になりませんしデジカメだと記録も残ります。
 やたら転勤の多い警察官のお宅から教えていただいた技です。

 たくさんの作品を持ち帰る時期です。クラスの保護者に教えてやると良いでしょう。ただし「写真に撮って潔く捨てましょう」というのではなく、「なくなってしまう事もありますから、撮っておきましょう」ということで。



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2008/12/18

音楽をやりたい  教育・学校・教師


 昔は多少の楽器もやったのに今は何もせず、歌う機会も少なくなってしまいました。そうこうしているうちに、きちんと歌う自信もなくなって、今やカラオケにさえ行くことはありません。
 しかしいつかまた、音楽もやってみたいですね。

 さて、私には空で楽譜を書けるクラシック曲がひとつあります。それはアメリカの作曲家ジョン・ケージの「4分33秒」という曲です。全3楽章からなるこの曲の楽譜は次の通りです。

「第一楽章 休み」
「第二楽章 休み」
「第三楽章 休み」
 

 楽器は何を持ってきてもいいのですが、3楽章の演奏の間中、休んでいなくてはならないのです。これなら楽譜を書くどころか、演奏だって軽いものです。

 ジョン・ケージは世界で最も長い曲を書いたことでも有名です。
 曲名は「ASLAP」。
「As Slow As Possible(できるかぎり、遅く)」の略で、ドイツのハルバーシュタットの教会で2001年から演奏されています。

「演奏されている」というのは2008年の現在も演奏中で、最初の1年半は無音、そこで第一音が押されて今年の7月5日までに六つの音が演奏されています。演奏の終了予定は西暦2639年、つまり全演奏時間639年という曲です。これだけ長いと気楽なもので、演奏中の(たぶん)パイプオルガンも今なお製作中で、来年やっと完成すると聞いています。

 ちなみにジョン・ケージは世界で最も短い曲も書いていて、題名を「0分00秒」といいます。初演は日本だったそうですが、何が行われたかはよく分かりません。



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