2008/11/28

自然な生活  教育・学校・教師


 民間経験の豊かな図書館司書の竹部先生の観察によると、

「先生たちがいつも元気であまり病気をされないのは、部屋の中と外の温度差の少ない、極めて自然に近い生活を送っているからじゃないかと思うんですよね」ということです。嬉しいような、嬉しくないような話です。

 確かに、冷房はありませんし暖房も低く抑えられていますから、夏暑く冬寒い、という「極めて自然な」状況にあります。ALTの先生たちも、一様に「廊下が寒い学校なんて信じられませ〜ん」てなことをおっしゃっています。

 ところで私は、小学生の時に弟の担任を、中学校と高校でそれぞれ英語の教科担任を亡くしていますから、教員というのは現職で死ぬのが当然だと思っていました。おまけに大人になってからも、教員になったその年に同僚を亡くし、翌年は3ヶ月の長期療養の同僚を出しましたので、私の命も時間の問題かな? と思ったりもしました。

 現職の先生がなくなる最大の原因は、病院に行かないことです。話を聞けばすべて、「夏頃から具合が悪かったのに、翌年まで病院に行かなかった」とか、「再検査するように言われたのにそれきり行かなかった」とそんな話ばかりです。

 60歳過ぎて退職した直後の先生もよく亡くなられますが、65歳の壁を越えると今度は異様に長命というのも教員の特徴だと私は思っています。そのあたりから確実に「極めて自然な生活」の成果が出てくるのかもしれません。

 いずれにしろ、具合が悪かったら少しでも早く病院に行きましょう。先延ばしにして結局長期入院するようだと、その方がよほど子どもに、迷惑をかけます。



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2008/11/27

不機嫌な朝  教育・学校・教師


 朝のワイドショーを見ながら朝食をとることが多いのですが、ニュースコメンテーターと呼ばれる人たちには、ひとつの類型があるように思われます。それは全員が不機嫌で、マイクを向けられると必ず文句を言うということです。支持的なことは決して言いません。

一度話し始めると、文章なら決して句点のつかない、つまり話し終わりのない話し方で延々と話し続けます。話しながら次に言うことを考えるので、内容は常に薄っぺらです。

 人はなぜあんな人を朝から見たがるのでしょう? 

 もしかしたら、早起きの不機嫌を、テレビの中の人と共有したいだけなのかもしれません。
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2008/11/26

オンリー・ワンの子どもたち  教育・学校・教師


 東京都教委が来年度から、自分に自信の持てない子どもの自尊感情を高める指導方法についての研究を始める方針を固めた、という記事が出ていました。

 中学生の国際調査によると、「私は自分に大体満足している」と答えたのは米国が53.5%、中国も24.3%に上ったのに対し、日本は9.4%にとどまっていた。

 徹底した自己主張の国や、世界の中心で華と咲く中華思想の国にくらべ、自らを僕(しもべ)、拙者(つたない者)と呼ぶ日本人の自尊感情が低くても何ほどのことかとも思います。しかしそうした私も、子どもの自尊感情の低さにあきれたり心配したりすることも少なくありません。

 また、同時に、そんな自尊感情の低い子たちが、王様のように「自分を大切にしろ」「尊重しろ」「自分にふさわしい待遇をせよ」と要求し、他人を見下している姿も見てきました。

 ちょっとやりきれない気持ちになりながら、このこともまた、深く考えておかなければならない重要な案件だと心に留めいています。



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2008/11/25

芸術のある学校  教育・学校・教師


 東京にピカソ展を見に行ってきました。素晴らしい展覧会でした。

 絵画は、しばしば個人展でないと理解できない場合があります。特に抽象画家の場合、どういう経過からその絵に至ったのか、成長の流れとして見てこないと理解できないのです。その意味で今回、青の時代から薔薇色の時代、セザンヌ的キュビズムから分析的キュビズム・・・(にわかじたてで学びました)といったピカソの変遷を、本物を通して見たことにはとても意味あることでした。
 ところで、私は映画でも展覧会でも、見終わると必ずパンフレットを購入して記念としてきました。しかし今回はチラッと見ただけで結局買うのをやめてしまいました。本物とあまりに違っていたからです。微妙な色合いが違うといった微妙な問題ではありません。絵の大きさが決定的なのです。今回とても感動した2枚の絵も、パンフレットの小さな枠の中に入れると、とてもつまらないものでした。

 さて、本校にもいくつかの立派な絵画作品が校内のあちこちに展示されています。しかし残念なことに、ほとんどはかなりの知識がないと分からない作家の作品で、あまり小学生向きとはいえません。内外の名画と言えば、職員室にあるモナリザだけです。
 先日見学にいった○○小にはモネの「印象」他、かなりの数の名画の複製が学校のあちこちに飾ってありました。ちょっとうらやましかったですね。
 
 校内のあちこちに名の知れた絵が飾ってあり、お昼休みには名曲が流れる、そんな学校だったらさらに落ち着いた、学問的雰囲気にあふれた学校となるでしょうに。


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2008/11/21

明後日は勤労感謝の日  歴史・歳時・記念日


 明後日は勤労感謝の日で、翌月曜日は振り替え休業です。子どもにとっては休みなど何の理由であってもかまわないのですが、やはり社会的な教養ですから教えておく必要があるでしょう。

 勤労感謝の日は祝日法(1948)で「勤労をたっとび、生産を祝い、国民たがいに感謝しあう」として定められた日です。戦前の新嘗祭(にいなめさい; しんじょうさい)の日付を、そのまま改めたものです。新嘗祭といのは天皇が五穀の新穀を神に捧げ、自らも食してその年の収穫を感謝する祭で、現在も11月23日に行われています。しかし今では祝日法の趣旨そのままに意識されていますから、子どもには、お父さん、お母さん、そしてすべての働く人に感謝する日として知らせるのが良いかと思います。

 その前に一日休日があります。23日に家族に何をしてあげられるのか、じっくり考えるといいでしょう。

 11月23日は別のことでも有名な日です。1963年のこの日、初めて日米間が衛星放送で結ばれ、未明に最初の電波が送られてきました。そしてその第一報が、ケネディ大統領の暗殺事件だったのです。

 23日はまた、大相撲で初めて女性の見物が許可された(1872)日であり、5千円札の樋口一葉の亡くなった日(1896、25歳)でもあるそうです。調べてみるといろいろ面白いことがありますね。




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2008/11/20

危険受忍の原理  教育・学校・教師


 受忍というのは、公共の利益のために、個人または特定の人々が何かの不利益を甘受しなければならないことを言います。取調受忍義務は代表的なもので、これは被疑者が取調べに応じなければならない法的義務のことを言います。また日照権などについても「受忍限度」という考え方があって、「この程度日陰になることは、公益上我慢しなければならない」その限界のことを言います。

 さて、危険受忍というのは「公共の利益のためにある程度甘受しなければならない危険」のことを言います。たとえば運動会で、毎年大なり小なりのけが人が出るにもかかわらず私達が組体操をやめないのは、そこに大きな価値を信じているからです。一人二人けがをして参加できなくなるにしても、組体操を仕上げたときの児童の達成感、獲得された忍耐力、集団への寄与、集団性、それらには大きな価値があると彼らの犠牲を甘受するだけの価値があるということです。

 学校にはそうした危険受忍の原理がいくらでもあります。
子どもを社会見学に出せば、そこには校内とはまったく違った危険があります。行った先で班別行動をすれば、団体行動とはまた違う危険があります。しかしそうした危険を全て回避してしまうと子どもは育たないのです。

私は、この「危険受忍」という概念をもっと早く手に入れておけば、保護者にうまく説明できたことをたくさん思い出すことができます。例えば、性教育だって人権教育だってすべて危険な側面があるのです。しかし危険受忍の原理から、それは行わなければならないことです。

ただし、危険受忍の原理を発動するには、
@それにはそういう危険があるかを理解させる。
A安全のための配慮。
Bそれによって得られる価値の確認

この三つは確実にやっておかなければなりません。


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