2008/9/30

奇跡の人たち  教育・学校・教師


  アメリカの西部開拓時代、職業別で最も多く殺されたのは教師だったという話を聞いたことがあります。開拓地の奥深くまで入り、学校を建て、子どもを集めて教育する人々は、開拓者から見ると貴重な労働力(子ども)を家庭から奪う簒奪者にしか見えなかったようです。

 革命前夜のロシアでも、“ヴ・ナロード(人民へ)”を合言葉に地方へ下り、子どもの教育を行おうとした若者たちが反政府主義者とみなされて次々と投獄され、殺されました。ナロードニキと呼ばれる人々です。

 ポルポト政権発足時のカンボジアでは、「新しい時代を築くためにはキミたちの協力が必要だ。教職にあったものは前へ出よ」と言われて、素直に出た教師たちが、一纏めにされ惨殺されました。

 日本でも、吉田松陰、梅田雲浜、橋本左内といった人々は皆、教師です。

 大げさですが、私は時々、自分がこういう人たちの末裔であることを強く意識します。

 私が最も尊敬し、かくありたいと思う教育者はヘレン・ケラーの家庭教師だったアン・サリバンです。現在の規格からすれば体罰だの虐待だのと言われかねない指導ですが、サリバンがいなければヘレンが生涯けもの同然の生活を送ったことは間違いありません。二人の生活を描いた映画の「奇跡の人(The Miracle Worker)」というのはヘレンのことではなく、ヘレンに奇跡を起こしたサリバンのことです。

 教育というのは、命を懸けるにふさわしい仕事だと思っています。

さて、今日は今年度前半の最後の日。頑張りましょう。





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2008/9/29

こんなのいかが? 教師の整理術F  文具・道具・器具


 コンピュータも使い込んでくると困るのがファイル管理です。
とにかく文書が多すぎて、何をどう整理すればよいのか、分からなくなります。そこでアイデア。

1 フォルダは原則的に月別につくる。
 クラスの名簿作成というのは、原則的に4月にしか行いません。運動会の計画は8月の仕事です。そう考えると〔クラス名簿〕とか〔運動会〕とかいったフォルダを山ほど作るのはばかげたことです。〔4月〕とか〔9月〕といったフォルダをつくっておけばその月ごとになるたびに、開いて作成しなおせばいいだけのことです。もちろん、それらは〔月別〕というフォルダの中にひとまとめにしておきます。

2 月別にできないフォルダには二桁の番号
ただし、しょっちゅう参照するために月別にできないフォルダもかなり残ります。そしてそのフォルダにも参照頻度の差が生まれます。

 私はこの場合、参照頻度の高いフォルダ順に「10 △△△△」「20 ××××」というふうに番号を振ります。こうしておくとフォルダ内で頻度順に並んでくれますから、格段に見つけやすくなります。

 10、20・・・10飛ばしに振るのは、あとから頻度順をあげたい場合、たとえば50番に振ったフォルダを30番より前に移動したいときは、「50」を消して「25」と振れば30番の前に上がってくれるからです。

3 ファイルには番号として日付をつける。
 ファイリングの難しさは、「フォルダを少なくすればフォルダ内のファイルの数が増え」、「ファイル数を減らそうと思えばフォルダ数が増え」て、どちらにしても検索が難しくなるという点です。
 そこで私は、文書名の最初に「2007.09.29 小数のかけ算プリント(1)」といったふうに、日付をつけておくことにしました。フォルダ内の[名前]のタグを押すとファイルが名前順に一番上から並んでくれるからです。

 しかし日付を打っておくことの最大のメリットは検索です。
 膨大な文書の中から必要なものを探し出す手がかりは、ひとつにはファイル名ですが、これが素直につけてない場合も多く、毎回きちんと整理された名前をつけているわけでもありません。あとは「○○月ごろ作成したのになあ」といった日時に関するあいまいな記憶だけです。

 ファイル名の前に日付をつけておくと、たとえば「2007.09.29 小数のかけ算プリント(1)」の場合、「去年の9月ごろつくったな」と思い出して、検索ワードに「2007.09」を入れるだけで去年の9月に作成した文書があちこちのフォルダからずらっと出てきますから、すぐに見つかるのです。

 ちょっとやってみてください。


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2008/9/26

ハブ人間の勧め  教育・学校・教師


 福岡の小1殺人事件が起きたとき、「これは母親が犯人だな」と思い、母子がともに病気や障害があったと聞いたときは、「支援してくれる人はいなかったのかな」というのが感想でした。子どもの担任は何をしてたんだ、という意味ではなく、この母親の周辺にどれくらいたくさんの人的資産があったのかという意味です。

 子どもに問題があると、それを支えるシステムや組織はいくらでもあります。しかし大人の場合はなかなかそういうわけには行きません。母親がかかっていたはずの病院も、膝の問題を子どもの障害と結び付けたり、母親の心や家族関係の問題と結びつけて考えることはありませんでした(それが普通です)。
 被害者のお子さんの担任にしても、学校教師は基本的に子どもに対する働きが中心ですから、なかなか母親に踏み込んでいくことはできません。しかし、それでもなお、誰ができたかというと、最初に気づいて組織的な支援をできるのは学校しかないように思うのです。

 ハブ空港という概念があります。自転車のハブ(車輪の中心部にあって、スポークが取り付けられている回転体)のように、そこを基点として全国・全地域に飛行機を飛ばすような拠点空港のことです。同じように、私たち自身が問題を解決できなくても、その問題を分類し、どこに行けば解決できそうか判断し(警察か、児童相談所か、保健所か、○○病院か△△病院か・・・)、勧める、それがができれば、かなりの支援を果たすことになります。
 あるいはまた、それができなくても、そうしたハブの機能を持った人がどこにいるか知っていれば、それだけでも十分なはずです。

 ここから自慢ですが、私は最近ちょっと筋のよいハブ相談室を手に入れました。よろしかったらご相談ください。
 

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2008/9/25

ギア・チェンジ!  教育・学校・教師


 不登校の6年生の指導をしているときに気づいたのですが、4月この方、やれ入学式だ、一年生を迎える会だ、児童総会だ。修学旅行だ、音楽会だ、夏休みだ、運動会だと、次から次へと馬車馬のように走らせてきたのが、ここに来てピタリと足が止まってしまいます。次に置く目標がないのです。

 6年生ほどではないにしても、他の学年もそれぞれ目の前に目標を置く活動が休止します。

 そしてどれほどの月日が経ったのかと振り返ると、ちょうど半年にしかならないのです。

 つまりここでじっくりとギアを入れ替えないと、今までのやり方では持たなくなるということです。

 作戦、練り直しましょう。


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