2008/6/30



 先週木曜日、3学年の先生がお二人出張等でおられなかったので、2時間、補充に入りました。3年生とは思えない自習態度でびっくりしました。
おまけに授業が終わったあと、数人が私のところへ来て、かわるがわる「先生、授業見てくれてありがとうございました」などと言うので、口がアングリといった状態になりました。私は何もしないでその場にいただけですから。
しかし本当に、たいしたものです。

 心から感心したので、子どもたちにはこう言っておきました。
「お前たちは、本当にすごい! これでもしかしたら日本一の学校になれるかもしれない。6年生も、5年生も、4年生も最強の学年になるようにがんばっているから、キミたちも最強の3年生になるようがんばるんだよ!

 翌日、大迫先生がクラスに行って子どもたちに様子を聞くと、
「SuperT先生が来てくれた。日本一の凶暴なクラスだって言ってた・・・」

 3年生には、3年生に対する言葉の使い方があります。



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2008/6/27

思ひ出  親子・家族


 明日は中総体(中学校総合体育大会)○○ブロック大会です。それぞれの郡市の大会を勝ち抜いた生徒たちが県大会を目指してがんばります。△△中(*)もがんばって欲しいものです。

 私も、以前は女子バレーボール部の顧問として、この時期はかなり心を躍らせたものです。ただし成績はいつもイマイチで、人に語るほどのものはありません。さまざまに理由はあるのですが、基本的には監督(私)の能力に問題があり、特に勝ちたいばかり何時も同じ選手を使ったことは、かつてのジーコ・ジャパン(サッカー)と同じで致命傷でした。

 同じ選手ばかり使うのでレギュラーは胡坐をかき、補欠はやる気を失い、そのうちにレギュラーと補欠の力量に、越えがたい差が生まれます。その結果、補欠の子は絶対に使えなくなるのです。

 それでも何とか郡市大会を勝ち抜きブロック大会に進んだのですが、結局1回戦敗退で終了しました。その最後の大会、絶対使ってもらえない補欠のご両親が、そろって応援に来てくださっていて、ちょっと驚きました。聞くと、お父さんが、

「夕べ、娘が私どものところに来て、手をついてこんなふうに言うんですよ。
『いろいろ迷ったけど、言います。明日はたぶん最後の試合です。私は絶対に使ってもらえないと思うけど、一生懸命応援するから、私が応援するところと選手たちを見に来てください』
もともと家内は来るつもりでしたが、それならと、私も予定を差し繰って応援に来ることのしたのです」

頭が下がるとともに、心が大いに痛みました。

「この親にして、この子あり」といった話です。
 私が一番ダメでした。


 *△△中・・・私の勤務校の卒業生の大半が行く中学校。

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2008/6/26

まもなく音楽会!  教育・学校・教師


 ○○セラピー、○○療法と呼ばれるものは山ほどあります。
 ちょっと思いついただけでも、集団療法、遊戯療法、コラージュ療法、絵画療法、音楽療法、グリーンセラピー、アニマルセラピー、森林セラピー・・・。

 心理療法の現場や老人ホームのリハビリテーションルームで、人は集団で話し合ったり、子どもっぽい遊びに耽ったり、絵を描いたり、歌を歌ったり、そんなふうに時を過ごしています。植物を育てたり動物と触れたり緑のある場所を散策したりすることが癒しになることを、私たちは経験的に知っているのです。

 なぜそれが「心」に良く、心理的な混乱を解消してくれるのか、科学的説明は十分にできないのだけれど、とにかく目の前に困難を抱えている人がいて効果があるならやってみよう、それが臨床心理学(現実に心理的困難を抱えている人々を救おうという現場の心理学)の立場です。臨床心理学は『経験の学問』と呼ばれ、論理的な説明は強く要求されません。

 ところで、「集団で話し合ったり、遊びに耽ったり、絵を描いたり、歌を歌ったり・・・」と書くと、そんなことばかりしている場が別にあることにすぐに気がつかされます。言うまでもなく、学校です。つまり私たちの世界は、実に心理療法的なのです。

 私たちの先輩は、音楽や絵画、体を動かしたり森に出かけたり、みんなで活動するといったことが子どもを育てる上で重要だと経験的に気がついてきたのです。音楽会や写生会、運動会、畑を作ったり動物を飼ったり・・・、見方を変えると、音楽や美術、体育や理科ばかりが大切にされているようにも見えますが、そうした理由があるのです。

 まもなく音楽会。指導の合間にそんなことも考えてみるといいのかもしれません。



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2008/6/25

リアルな感覚  教育・学校・教師


 山中先生に教えていただいて「予告.in」というサイトを見てきました。爆破・殺人予告とその逮捕者ばかり並べているホームページです。

 驚いたことに6月14日から昨日まで、ほぼ毎日1人〜4人の逮捕者がいて、その数は10日間で20人にもなります。

 昨日は長野県松本市の高校生が、路上からゲーム機(PSP)を使って近くの民家のLANに無断で接続、掲示板に殺人予告を書き込んだとして逮捕されています。これなどはやった方もすごいが、捕まえた方もすごいと言わざるを得ない事件です。路上から書き込んでもつかまるのですから。

 ネット上の掲示板に爆破・殺人予告を書けばほぼ確実につかまると知りながら、なぜ若者たちは書き込んでしまうのか。
 これについてジャーナリストの井上トシユキという人は面白いことを言っています。(6月23日19時5分配信 J-CASTニュース)


 彼らは捕まることは頭では分かっていても、いざ捕まってみて『ああ、本当に捕まるんだ』と、初めて実感を持っているのでしょう。私たちの世代でも、ちょっとした悪いことを『どこまでやると、親に怒られるのか』といった感覚で試してみたことありますよね? 彼らも、『living on the edge(境目を生きる) 』というか、それに近い感覚で犯罪予告をしてしまっているのだと思います

 何となく分かる話です。そう言えば私だって、若い頃はかなり現実感のない生活を送っていました。

 さて、しかしそうなると、問題はこうした夢見心地な子どもたちに、いかにしてリアルな感覚を身につけさせるか、ということになります。今の子どもたちが変わっているわけでなく、永遠のテーマなのかもしれません。



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