2008/5/30

何が大切なのだろう?  教育・学校・教師


 2004年の中越地震で新幹線が脱線した際、マスコミは「安全神話の崩壊」と大きく報道しました。2007年の中越沖地震では柏崎刈羽原発で火災が発生し、敷地内に大きな亀裂が発生したために、これも「原発の危険性が露呈」したということで大きく報道されました。新幹線も非常に危険で、原発は原子爆弾を抱えているようなものだという印象でしたが、しかし諸外国の報道は正反対でした。

 駅手前で減速中だったとはいえ時速200kmを超える速度で走っていた列車が震度7の地震にあって転覆もせず、一人の死者負傷者も出さなかったというのはむしろ「安全神話」を再構築してもよさそうなできごとです。

 刈羽原発は想定をはるかに上回る地震でも、本体に深刻な問題が発生しなかったという点で、日本の技術が高く評価されるべき話でした。

 さて学校問題について、世の中の人たちは何を最大の問題と考え、何を2番3番と考えているのでしょう?
 指導力不足の教員が授業をしていることでしょうか、イジメ問題でしょうか。それとも不審者の問題なのか、学力低下の問題か……この問題で私たちは「世間の人」ではないのでよく分かりません。
 単純に人数だけでいえば学力問題が最大で、次が不登校、イジメ問題が3番目で、指導力不足教員、不審者対策となりそうですが、そういうものではないでしょう。それに「イジメ問題の報告は氷山の一角で、実際にはその10倍以上の件数がある」などといった言い方をし始めると、数字による順位だって狂ってきます。

 マスコミの様子を見ていると、子どもが犯罪に巻き込まれる危険性が1番、第2位が教員の質の低下、イジメが3位といったところでしょうか。

 しかし私たちは私たちの独自の規準があるはずです。
 どれもこれも大切なのは当たり前ですが、どこかで優先順位をつけておかないと、対応を誤るからです。

 考えておきたいことですね。


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2008/5/29



「今のままでいいんだよ」「そのままのキミで十分に愛されているんだよ」
そういうメッセージを子どもに与えなければならない。
不登校の研究の場でよく言われることです。
しかしそれが私には分からない。

学校に行かない、社会にも出ない、家の中でただ悶々と日を送っている、それで言い訳はないだろう、ということです。

不登校の場でなくても、小学校1年生や2年生が「そのままでいい」はずはなく、計算もできるようになってもらわなければならないし、本も読めるようになって欲しい。そもそも1年生がずっとそのままでいいなら教師などいらないわけで、「今のままでいいんだよ」は私たちにとって自己否定にもつながる言葉だと、そんなふうに思っていたのです。

しかしそんなことは言わなくていいのですね。言えば嘘になるし、嘘は長続きしません。バレれば人間関係が崩れます。だから「今のままでいいんだよ」と口に出さず、子どもの話をずっと聞いていればいい、飽くことなくいつまでも耳を傾けていればいい、昨日の講演会で学んだことはそういうことです。

子どもの話すことに興味を持ち、その話題に果てしなくつきあう、そういうことが「受けいれられている」ことであり「存在を許されている」ことになるのだな、そんなふうに思いました。

もちろん親としても教師としても私たちはいつも多忙です。しかし仕事をしながらも気持ちは一心に子どもに向けるとか、「ちょっと待って。今はダメだけど、この仕事が終わったら話そう」と言って約束を絶対に守るとか、何とか工夫はできるはずです。

学校で児童と「果てしなくつきあう」ことは不可能ですが、必要な子には少し余計に時間を割いてやるとかすれば、きっと相手はわかってくれると思います。


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2008/5/28

5月29日  歴史・歳時・記念日


 明日5月29日はJ・F・ケネディの誕生日です(ちなみに、野口雨情、美空ひばり、大鵬幸喜も同じ日です)。

 1963年に暗殺されたケネディと1865年に暗殺されたリンカーンの間には、不思議な共通点と相違点があります。

 ケネディが大統領になったのは1960年、リンカーンが大統領になったのは1860年でちょうど100年の開きがあります。大統領選挙は4年ごとですから1の位が0である人は数が少ないのです。

 二人とも黒人の解放のために戦った大統領ですが、暗殺の結果、繰り上がりの大統領となった副大統領もともにジョンソンという名の人です。二人とも銃で、背後から頭を撃たれて殺されました。

 暗殺者のオズワルドとブースはともに裁判を受けることなく殺されています。ただし、オズワルドが倉庫からケネディを撃って劇場でつかまったのに対し、ブースは劇場でリンカーンを撃って倉庫に逃げ込んでいます。

 0のつく年に当選した大統領は任期を全うしないというジンクスがありました。しかし、1980年当選のレーガンも2000年当選の現ブッシュも任期を全うしますから、ジンクスは破られています。

 ちなみに、うるう年とアメリカ大統領選と夏季オリンピックは必ず同じ年です。これは案外役に立つ知識です。


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2008/5/27

皆勤の勧め  教育・学校・教師


 中学校の学年集会の最中に失神し、顔から倒れて前歯を折った女の子がいました。女の子なのですぐにも歯医者に行きたがったのですが、動き始めたとたんに頭が痛いと言い出し、だったら脳神経外科が先だという話になって、行ってCTを撮って医師の説明を聞き、歯科医に移動して「この歯はダメだ」と諦めさせられ、そうこうしているうちに6時近くなって、それまで泣かなかったその子がメソメソと泣き始めました。

 何かと思ったら、スイミングスクールの時間に間に合わなくなるとのこと……この期に及んでなんだ、と思ったのですが、途中から来てくれた母親はそのあと大急ぎでスイミングスクールに連れて行ってしまいました。あとから知ったのですが、その子は8年間スイミングスクール皆勤で、毎月出る機関紙のランキングでトップにいたのです。

 確かに72ヶ月以上皆勤というのは尋常ではありません。
 8年間のすべての土曜日にスイミングスクールにいるためには、家族全部の生活も制約されたはずです。土日の一泊旅行もできない、親戚の家でもゆっくりできない、友達との遊びもそこそこに、時間になったらビート板を抱えて必死にプールに向かう、そんな日々が続いたはずです。そうした努力に比べれば、前歯一本など何ほどのことかと、よく分かる話です。

 1学期いっぱいをがんばって1日も休まなかった子は、2学期休むのが難しくなります。1年間1日も休まなかった子は翌年休みにくいでしょうし、3年皆勤したらもう絶対に休めなくなります。少しぐらいつらいことがあっても必ず学校に来ます。そして来てさえいれば事情が変わり、楽しいことも出てきたりします。

 休まないことを目標に置くことは、教師にとってかなり危険な面があります。本当は休んだ方がいい子も学校に来てしまうからです。
 しかし私はそんなリスクは喜んで受け入れようと思います。なんといっても、学校を気軽に休むことのリスクは、休まないことのリスクよりはるかに大きいからです。

 
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2008/5/26



 四川大地震から2週間がたちます。
 ずっと気になっていたのですが、時間ができたので調べてみました。

 四川というのは中国内陸部の省で、中国4大料理体系の中心地のひとつとして有名です(他の三つは広東・北京・上海)。
 四川料理は山椒・唐辛子などの香辛料をよく使い辛いのが特徴。麻婆豆腐がもっとも有名な料理で、これくらいなら私も知っています(広東料理は飲茶(ヤムチャ)。北京料理は宮廷料理が中心で、餃子・饅頭・北京ダックが有名。上海料理は海鮮料理が中心。小龍包・上海蟹が有名で酒・醤油・酢をよく使うそうです)。

 四川は内陸にあるにもかかわらず温暖で、肥沃な米作地であり、ジャイアントパンダの生息地としても知られています。
 西にチベット自治区をもち、省内にはチベット人やイ族など多数の少数民族がいます。

 5月12日の大地震はマグニチュード8.0で、世界最大規模の地震だと考えられています(関東大震災はM7.9、阪神大震災はM7.3)。

 四川の大地震では死者行方不明者が8万人を超えると言われていますが、関東大震災や阪神大震災の死者・行方不明者はどれほどだと思います?

 答えは、関東大震災10万5000人、阪神大震災6000人。大都市直下型地震の恐ろしさや近代化の進捗度の差を感じる数字です。

 四川の経験を他山の石として、防災に心がけたいものです。



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2008/5/23

もっと勉強しなくちゃ  教育・学校・教師


 先日の職員会の最中に「境界性人格障害」という言葉が出てきてちょっと驚きました。中学校ではしばしば出てくる言葉ですが、小学校ではめったに出ない言葉のように思っていたからです。
 
 自閉という言葉がしばしば「閉じこもり」や「引きこもり」と混同されるように、「境界」も無用な誤解を与えます。確かに元は「精神病」と「神経症」の境にある症状として「境界例(ボーダーラインケース)」が生み出されたのですが、今はまったく別のものです。にもかかわらず、言葉をそのまま残してしまったので分かりにくくなりました。

 この「境界例」の中に「境界性人格障害」があるのですが、その「境界性人格障害」も「境界例」と呼ばれたりするので、さらにわけが分からなくなります(これ以上考えるとどんどん分からなくなるので、分からなくても分かったことにして話を進めます。私自身もそうしています)。

 人格障害というのは「極端な考えや行いにより社会への適応を著しく脅かす人格的な状態」と定義されます。遺伝的なのか環境因が強いのかよく分からないのですが、とにかく「生活に支障をきたすほどの人格の歪み」と考えれば大体あっています。そう思って見回すと、自分も含め人格障害的な人は山ほどいますが、要は「生活に支障をきたす」かどうかで、似たような人がいるのは当然なのです。

 子どもの問題を考えるとき、一度はこの人格障害かもしれないという観点から見てみるのも必要なことなのかもしれません。

もうひとつ、
 小児うつ病かもしれないという観点から問題を見直す目も時には必要です。特に不登校は、その部分を抜きにするとうまく行くものも行かなくなります。

 広汎性発達障害やADHDについてはずいぶん理解が進みました。しかし私たちが学んでおかねばならないことは、まだまだ山ほどあります。


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