2007/11/5

名前@  知識


 まだ私が小学生だったころ「大学生の愛読書 ベスト10」とかいうのが新聞にあって、その第一位がドストエフスキーの「カラマーゾフの兄弟」でした。幼心にも私は、大学生になったらこれだけは読もうと決心しました(そして実際に、学生時代に2回読みました)。

 その「カラマーゾフの兄弟」が今年の8月にベストセラーに入ったと聞いて、新訳の「カラマーゾフ」を2巻買い求め、折を見て読んでいます。しかし11月になっても第1巻が終わりません。「カラマーゾフの兄弟」はとにかく最初が冗長で取っ付きにくく、入り込むのが大変なのです(それに比べると「罪と罰」の方はいきなりのサスペンスですので、こちらは二十代のはじめ、毎年の正月の仕事として5〜6回読むことができました)。

 改めて読み始めてまず面白く感じるのはロシア人の名前、そして実際にロシア文学を難しくしているのも、この人名の表記です。

 ロシア人の名前は、個人名・父称・家族名から成っています。そして、例えば山田一郎というロシア人がいて、そのお父さんが太郎だとすると(そんなのはまずいないが)、その人はイチロウ・タロウビッチ・ヤマダスキーといった名前になります。山田太郎の子どもの一郎という意味です。一郎君に妹の花子さんがいるとすると、その子はハナコ・タロウビッチ・ヤマダスキーになりそうですがそうではなく、ハナコ・タロウビナ・ヤマダスカヤとなります。ビナというところとスカヤというところが違ってきます。
 さらにハナコにはハナーチャ、ハナーニャ、ハナといった3種類以上の愛称が存在しますから厄介です。本を読みながら、新しい登場人物かと思っていると、同じ人が繰り返し出てきている、ということがしばしばあります。

・・・と書きながら、「人名」ということについて、いくつか思い出したことがあるので、次回、お話しましょう。

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2007/11/2

我慢できる子 がんばる子  教育・学校・教師

 大沢先生が、
 徳川家康は倹約が大好きだったというエピソードを社会科の時間に学習したら、子どもが「倹約」という言葉を知らなかった、
 といって嘆いておられました。

 私もあきれましたが、考えてみればいかにもありそうな話です。「倹約しましょう」などという言葉は、現代の日常生活ではおよそ使いません。何かの目的のために今使うお金を我慢しましょう、ということがほとんどないのです。これでは我慢強い子が育つはずがありません。

 しかし現代でも我慢強い人はいますし、実際に我慢している子どももいます。我慢して勉強している子、我慢して清掃している子、部活や社会スポーツでがんばっている子・・・、部分的に見れば、我慢できる子がんばれる子はいくらでもいるのです。
そこで、どういう子が我慢できているを考える余地が生まれるのですが、そうやってみると、我慢できる子たちは我慢できない子たちとは別のところに価値を持っていることに気がつきます。
 
 部活の厳しい練習に耐えられる子は、遊ぶことや怠けることよりも、選手になることや試合に勝つことに高い価値観を持っています。苦しい受験勉強に我慢できる子は、志望校や上位の成績を上げることに高い価値を置いています。

 つまり我慢できる子は「高い価値のためにより低い価値を捨てている」そういう子なのです。それが我慢の本質なのです。

 たとえば黙々と働ける子を育てるためには、その先に何らかの価値がなければなりません。それは低いレベルで言えば、大好きな先生にほめてもらえるとか、仲間から「すごい」と言われるとかいったことです。より高次になると、汚いところをきれいにしたという達成感がそれに加わり、あるいはそれと替わったりします。黙々と働くそのこと自体に価値観を感じるとしたら、否が応にも働かざるを得ないでしょう。

 ただ闇雲に「我慢、我慢」と言っても我慢できるものではないのです。


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2007/11/1


 仕事には「旬」と言うものがあります。そのときにやらなければたぶん絶対にやらない仕事、それが「旬な仕事」です。

 昨日の朝、1年生教室前のトイレの、足拭きマットに躓いて転びそうになりました。周りを留めていたガムテープがすっかり擦り切れて、用を成さなくなっていたのです。

 そもそも4月にこの学校に来たときから、擦り切れて汚くなったガムテープが気になっていたのですが、いつの間にか慣れてしまっていました。そしていつの間にか慣れてしまっていることが、ほかにもたくさんあります。

 プレイスペースのペンキのはげかかった用具入れ、職員室西側の煤けた壁。資料室や学年室の整理・整頓、会議室のまとまりなく飾ってある古い学校の写真。外の用具置き場の片付け。どれもこれも早めに手をつけようと思っていたのに、今は気にならなくなっています。

 そのときにやらなければたぶん絶対にやらない仕事、それが「旬な仕事」です。
 しかしそれではいけないので、もう一度頭を切り替え、必要なことに手を入れていこうと思いました。


*と、これを書き始めて、最初のトイレの足拭きマットのところで思い出したことがあります。それは家庭用のトイレ・マットの話です。

 コシノ・ジュンコのブランドのマット、その「JUNKO」の「J」の文字を踏んだままで用を足して戻ってきた父が、「あのマットは何なんだ?」と怪訝そうに尋ねたという、ただそれだけの話です。

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