2007/10/17

体育会系の人々  教育・学校・教師


1980年前後の荒れた学校を建て直したのは、「体育会系」と呼ばれる人たちが暴力で押さえ込んだからだ、と、一部の人たちは信じています。
 三分の一くらいはあたっています。体力に自信のある、強面の連中が前面に出て事態を収拾したのは事実です。しかし暴力で相手を屈服させたのではありません。不良君やツッパリ君たちが、結局この人たちの言うことを聞くようになったのは、「体育会系」の人たちが事態から逃げなかったからです。不良君やツッパリ君の前に立ちはだかり、それ以上の悪を許さなかったからです。

 よく「子どもを信じなさい」などと言いますが、「この子は絶対に悪いことはしない」と信じて万引きをされた親を誉める人はいません。「信じる」といっても限度があるのです。
 私にとって信じられるのはせいぜいが「子どもは常に良くなりたいと思っている」「誉められたいと思っている」というその程度のことです。それ以上に信じることはできませんし、信じたらバカを見ます。

 そうです。すべての子は「常に良くなりたいと思っている」し「誉められたいと思っている」のです。ですから悪いことをしようとしている、あるいは悪いことを止められない自分の前に立ちはだかり、体を張って止めてくれる「体育会系」の人々が大好きなのです。

 どこの学校へ行っても、チンピラ君たちに一番人気があり、信頼されている先生は、「その学校で一番怖い」と恐れられている先生です。それは間違いありません。

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