2007/10/9

この国のかたち  教育・学校・教師


 先日、ある人と話していたら、
「日本の先生は、授業の時間は世界一少ないのに、雑用とかがたくさんあって本当に大変なんですよね」と言われてびっくりしました。

 それで思い出したのですが、数ヶ月前、どこかの新聞に
「日本の教科指導にかける時間は、先進国中最も少ない」
といった記事が出ていたのです。

 記事を読んだ人は「日本の先生は、子どもに勉強を教える時間はとても少ないのに、子どもが帰ったあとで、いろいろ細かな仕事をやっているらしい」と、そんなふうに考えるのかもしれません。しかしそうではないのです。

 国語・算数・理科・社会といった教科指導にあてる時間は、確かに世界最低レベルです。なぜなら、諸外国の学校は授業時数の大部分をそれらの教科にあて、中には音楽や図工が選択だったりまったくなかったりする国がたくさんあるのです。

 さらに、日本の場合、膨大な時間を「特別活動」にあて、ここを心の教育の拠点にしているため、どうしても国語や算数の時間が減ってしまうのです。

 例えば、「清掃」は日本と旧社会主義国と貧しい国にしかない学校習慣です。しかし、日本では古くから清掃を『修行』と考えてきましたから、学校から手放すことなどどうしてもできません。

 修学旅行や臨海学校といった旅行学習も、諸外国で行っているような単なる校外学習ではありません。そこで展開される係活動や集団活動が、人間形成の上でどうしても必要だと考えるから止められないのです。

 音楽会が何のためにあるのか、運動会が何のためにあるのか、児童会やクラスの当番活動が何のためにあるのと考えると、そこに必ず現れてくるのが「心の教育」という側面です。
 日本の学校背負っているのは、そうした大問題なのです。


 さて、世は挙げて学力向上の時代です。
 しかし諸外国並みに教科の時数を増やし、行事精選とかで清掃や宿泊学習、音楽会や運動会といったものにかける時間や情熱を減らせば、やがて現れる新しい日本がどんな国になってしまうのか?、少し考えただけでも、それは自ずと分かってきます。

 もうすぐ秋の遠足。
 出発前にもう一度「遠足の目標」を見直し、手を入れるべき部分に手を入れるとともに、児童にも遠足の意義を語っておきましょう。


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