2007/9/28

表現者   教育・学校・教師

 
 教員同士の会合でしばしば司会を頼まれます。最初の頃はそれが辛くて辛くて本当に切なかったのですが、あるときから突然気が楽になり、苦にならなくなりました。それは参会者の99%までが、言うべき何事かをもっていると確信するようになったからです。教員というのは、そういうものなのです。

「教師五者論」の中にも「役者であれ」と言われるように、私たちは常に表現者であることを強制され、どんな時にも何事かを言えるように訓練されています。さらに児童の作文指導や表現活動を通して、常に何ごとかを言葉にする方策というものを練っています。ですから、司会で困ったら誰かに適当に指名すれば、必ず何かを語り、話を接いでくれます。

 しかし世間は必ずしもそうではないでしょう。ご近所会などでうっかり間違って指名でもしたら、「恥をかかされた」と一生恨まれることだってあります。

 なぜそんなことを考えるのかと言うと、私は最近、保護者のクレームや不満、非難や苦情に対して、あまりにも生真面目の対応するのはそれ自体が間違いではないのかと思うようになったからです。生真面目な対応というのは、例えば「そんな言い方をしたら子どもを傷つけるでしょ」と言われて、そんな言い方をしないよう精一杯気を使ったりするような対応のしかたのことです。

 もちろんそれだって大切ですが、その人の本当に言いたいことはそうではなく、「もっとウチの子を大切にしてよ!」ということなのかもしれません。いや、きっとそうです。

 保護者の言葉というものは、もしかしたらいちいち翻訳しながら聞かなければならない、そういうものなのかも知れません。そのもの言いの一つひとつに傷つくことなく、優しい言葉に翻訳して真意と向き合えば、案外、和解の道は見えてくるのかもしれません。
 そんなふうに思うのです。



*教師五者論

一、自分の専門分野の学問に通じた「学者」であれ
二、生徒の顔色を見て健康状態を把握できる「医者」であれ
三、生徒それぞれがもっている長所を見抜き、それを育てる「易者」であれ
四、生徒を引きつけ、楽しい授業を展開できる「役者」であれ
五、一芸は百芸に通ずと言われることより、教師自身が一芸に秀でた「芸者」であれ
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2007/9/27

成績を伸ばす子  教育・学校・教師

 教員を長年続けているうちに、成績を伸ばす子というものに類型があることが分かってきます。

 まず全員が確実に言うことは「努力できる子」です。これはもう当然でしょう。その後が多少違ってきます。

 ある人は「明るい子・(人の話を)よく聞ける子・素直な子」と言います。
 別のある人は「強く願いを持つ子・恥ずかしがる気持ちを捨てられる子・素直な子」と言います。
 私自身は、
 「けなげ・ひたむき・すなお」ということを繰り返し言ってきました。

 私の個人的な語の定義ですが、
 「けなげ」というのは、自分の力を超えるものに立ち向かうということです。
 「ひたむき」というのは、一生懸命がんばる姿です。そして、
 「すなお」、これは言うまでもないでしょう。

 いずれにしろどんな言い方をしたところで、結局すべてに共通するのは、「努力できること」と「素直であること」です。

 何でも親や先生の言うことを聞く必要はありません。批判精神は大切です。しかし何かをする前に批判するのではなく、まずやって見る。その上で、

「先生! 先生の言うとおりやってみたけど、ダメだったよ」
 そう言えばいいだけのことです。やってみる前から、
「そんなのダメに決まってる」
 そんなふうに考える子は絶対に伸びません。

 素直な子、育てたいですね。

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2007/9/26

クレーマー・クレーマー  教育・学校・教師

 
 連休中に「となりのクレーマー〜『苦情を言う人』との交渉術」という本を読みました。著者はデパートの「お客様相談室」(という名前の苦情処理係)に長年勤務した関根眞一という人です。
 この本でもっとも学んだことは次の2点でした。

 まずは「苦情を言う人」をクレーマーにしてはいけないとういうことです。本著の中での著者の定義では、クレーマーというのは「快楽として『困らせよう』としている人、大きく常識を逸脱し、度を超えて意見する人、詐欺行為に近い行動で金品をもとめる人のことです。それに対して『苦情を言う人』というのは、まさに苦情を言うだけの人であって、その中には提案としてありがたくいただけるものや、企業や行政などにとって諌めになるものも存在します。
 しかし、その苦情を言う人の取り扱いを誤ると、無用にクレーマーを育てることになってしまいます。

 学んだことの第2は、お客様相談室の最終目標はクレーマーを引き下がらせることではなく、「よいお客様として、その後も来店し続けていただけけること」だということです。学校で言えばさしずめ「最大の協力者となっていただく」ということでしょうか。

 薄い本(中公新書 198ページ)ですが、なかなか読み応えのある本でした。ちなみに「第3章 クレーム対応の技法」の表題は以下のようなものです。

クリックすると元のサイズで表示します 【基本的対応】 
  l 非があれば、真撃な態度で謝罪をする
  2 お客様の申し出は、感情を抑え素直に聞く
  3 正確にメモを取る
  4 説明は、慌てず冷静に考えてする
  5 現場を確認する
  6 対応は迅速にする
  7 一般の苦情客を、クレーマーに仕立てない
  8 苦情対応は平等に


 

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2007/9/22



 とにかく晴れはしましたが、暑くなりそうな天気です。朝から薄い汗をかいて目が醒めるような暑さです。子どもたちの健康に気をつけながら、がんばりましょう。

 降水確率 0%    予想最高気温 32℃  

 昨日が34℃でしたから、多少楽かもしれません。

 

*日本で最初の運動会は明治7年(1874年)、海軍兵学校でイギリス人教師ストレンジの指導によって行われた競闘遊戯会であると言われています。しかし、毎年開かれる学校の運動会という意味では、1878年に札幌農学校で開催された遊技会が最初で、遊技会はわずか数年で北海道内の小中学校に広がり、やがて全国的なものになったそうです。
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2007/9/21

明日は・・・  教育・学校・教師


 明日は運動会です。気になる子どもの耳に、今のうちに魔法の薬を注ぎ込んでおきましょう。それはたとえばこんなものです。

「お父さんやお母さんが一生懸命見ている前で、明日は一番になろう! かけっこはムリでも、体操やダンスで誰よりもカッコよくきちんと動くことはできるでしょ? そして(そういう事に気づかないお母さんもいるから)、家に帰ってから言うんだ。『今日は、誰よりも一生懸命、しっかりダンスしたり体操したりしたよ。見てたでしょ!』ってね」
 
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2007/9/20



 江戸時代の儒学者古文辞学派の荻生徂徠には上に立つ者の教えとして「徂徠訓」と呼ばれる一連の文書があります。

一 人の長所を始めから知ろうとしてはいけない。人を用いて始めて長所が現れるものである。
二 人はその長所のみをとればよい。短所を知る必要はない。
三 自分の好みに合う者だけを用いるな。
四 小さい過ちをとがめる必要はない。ただ仕事を大切にすればよいのだ。
五 人を用いる上はその仕事を十分に委せよ。
六 上にある者は、下の者と才智を争ってはいけない。
七 人材は必ず一癖あるものである。彼は特徴のある器であるからである。癖を捨ててはいけない。
八 以上に着眼して、良く用いれば、事に適し、時に応じる程の人物は必ずいるものである。

 学級を運営する上でも、心しておかねばならないこと思います。特に八番は「人材がない、人材がなと嘆くのではなく、上のようにすれば必ず人材は現れてくる」という意味で、心して向かわねばと思いました。
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