2007/5/31

行事の先にあるもの  教育・学校・教師


 大きな行事を終えて思うのは、結局子どもはこうした経験を経て大きくなる、ということです.

(私たちにとっては既知のことですが。 教育再生会議の人々や一般の人々には分からないことです。彼らは道徳の教科書を充実させ、言葉によって理解させれば必ず子どもは動くと、信じて疑いません。しかし人間の真髄は「分かっちゃいるけど、やめられない」ですから、そう簡単にはいかないのです)。

 ただしこれについて、それでは私たちは行事のたびに子どもの能力を限界まで引き上げているか、ということになるとやはり不安です。とにかく忙しい中で日程調整をし、子どもの動きを確認し、何といっても安全第一ですから安全確認と対策に遺漏はないかと細かくチェックしているうちに、またたくまに日は過ぎ、本来の目的・目標に対する手配は不十分なまま出発ということになりがちです。

 今回の5学年はかなりうまくやりました。しかしすべての行事において、その計画段階で、活動の目的・目標を必ず確認し終始目標を見失わないようにしないと、せっかく行事を行うだけの意味がありません。

 学校教育目標に照らし合わせながら、「この行事が終わったら、子どもはこんな姿になっていなければならない、なっているはずだ」というイメージを、終始持ち続けたいものです。

 そんなふうに思いました。


 
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