2007/5/31

行事の先にあるもの  教育・学校・教師


 大きな行事を終えて思うのは、結局子どもはこうした経験を経て大きくなる、ということです.

(私たちにとっては既知のことですが。 教育再生会議の人々や一般の人々には分からないことです。彼らは道徳の教科書を充実させ、言葉によって理解させれば必ず子どもは動くと、信じて疑いません。しかし人間の真髄は「分かっちゃいるけど、やめられない」ですから、そう簡単にはいかないのです)。

 ただしこれについて、それでは私たちは行事のたびに子どもの能力を限界まで引き上げているか、ということになるとやはり不安です。とにかく忙しい中で日程調整をし、子どもの動きを確認し、何といっても安全第一ですから安全確認と対策に遺漏はないかと細かくチェックしているうちに、またたくまに日は過ぎ、本来の目的・目標に対する手配は不十分なまま出発ということになりがちです。

 今回の5学年はかなりうまくやりました。しかしすべての行事において、その計画段階で、活動の目的・目標を必ず確認し終始目標を見失わないようにしないと、せっかく行事を行うだけの意味がありません。

 学校教育目標に照らし合わせながら、「この行事が終わったら、子どもはこんな姿になっていなければならない、なっているはずだ」というイメージを、終始持ち続けたいものです。

 そんなふうに思いました。


 
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2007/5/30

水族館にて  いいこと



 宮沢賢治の「やまなし」が好きです。

 最初この作品を読んだときに、なにを言いたいのかサッパリ分からず「変な話だなあ」と思っていたのですが、書き出しの「小さな谷川の底を写した、二枚の青い幻灯です。」を見直したら、一気に理解できたように思いました。

 これは賢治が言葉で描いた透明な絵なのです。物語の流れなどどうでも良く、ただひたすら言葉によって目に見える景色を映し出そうとしたものなのです(と、私は思いました)。

 波から来る光のあみが、底の白い岩の上で、美しくゆらゆらのびたり縮んだりしました。あわや小さなごみからは、まっすぐなかげの棒が、ななめに水の中に並んで立ちました。
 魚が、今度はそこらじゅうの黄金の光をまるっきりくちゃくちゃにして、おまけに自分は鉄色に変に底光りして、また上の方へ上りました。


 これで風景が見えてこないとしたら、よほどヘボな読み手です。


 私は水族館が大好きで、子どもが小さかったころは子どもにかこつけて、よく訪れたものでした。

 ネオンのようなクラゲがフワフワ浮く様、海底にじっと横たわるヒラメやカレイ、イワシやその他の小魚のせわしない動き、ナポレオン・フィッシュだのアロワナだの、どう見ても魚らしくない魚(若いころはそう感じていました)。タカアシガニの何本も組み合わさったクレーンのような足・・・そういうものを見ていると、一日中そこに居ても飽きない感じでした。

 そして、
 ・・・おとっと、そろそろ集合時間。子どもたちを集めなくちゃ。 

 私の幻灯は、これでおしまいであります。





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2007/5/29

海  知識

-5年生が海に行くので、すこし調べてみました。

 海は、地球上の地表の70.6%を占める塩水で覆われた部分を指します。面積は3億6,000万km2で、陸地の1億5千万km2と比較した場合、2.4倍になります。

 海を表す表現は英語も日本語も二種類以上あり、小さい区域のみを「海(うみ)」「sea」と呼んで、大きい区域の海を「洋(わだつみ)」「大洋」「ocean」と呼んで区別する事があります。四方を陸に囲まれた海を「地中海」と呼びますが、日本国内についてはそういう呼び方はありません。

 三方が囲まれていると湾と呼びます。両側二方が陸に挟まれていると「海峡」。それが極端に狭く、切り立った崖のようになっているところを「瀬戸」と呼びます。その内側が瀬戸内で、そこにある海は瀬戸内海ということになります。

 海水の塩分濃度は3.5%程度。よく「塩分比率は生物の体液とほぼ同じであり、それこそすべての生き物が海から生まれた証拠である」などとまことしやかに言われることがありますがこれはうそで、生体の塩分濃度は約0.9%程度だといわれています。

 私は自身の臨海学校で担任教諭から「ホラ、見てごらん。ずうっと見渡すと水平線が丸く見えるだろう? これが地球が丸い証拠だ」と言われて納得しませんでしたが、大人になってから正しいことを理解しました。大洋の真ん中で海を360度見渡すと水平線がくっきり見えますが、その「くっきり見える」ことこそ、地球が球形であることの証拠なのです。

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2007/5/28

教育ニュースにも気を配ろう  教育・学校・教師


 毎日忙しい仕事に追われているうちに、社会の大きな動きは見落としがちです。先週一週間にも重要なことが提案され、一部は実現に向かっていきますが、よく注意して見ていかないと、私たちはとんでもないところに連れて行かれてしまうのかもしれません。先週気になったニュースの一部を、下に羅列しておきます。

・授業時数10%増加」実施の具体策として、月2回程度の土曜日の授業実施▽1日7コマの授業▽長期休暇の短縮−などを列記して提案し、教育委員会が地域の実情に応じて選択できる形とする。

・学級崩壊や、「モンスターペアレント」(問題保護者)による執拗(しつよう)なクレームなどを抱える教育困難校を支援するため、各市町村委に弁護士や臨床心理士などでつくる「学校問題解決支援チーム」(仮称)の設置も提言する。

・現在、小中学校で正式な教科でない「道徳の時間」を、「徳育」として「特別な教科」に位置づけ、国の検定教科書の使用を求める提言を打ち出すことで大筋一致した。再生会議では、指導要領が定めた授業内容を評価しつつも、「指導に熱心でない教員がいたり、教材も不十分で子供に伝わっていない」(小野元之・元文部科学次官)などの意見が多数を占める。このため、道徳教育を正式な教科とすることを検討してきた。

・政府の教育再生会議(野依良治座長)は第2次報告案に、教師の事務作業の外部委託や報告書類の簡素化を盛り込むことが26日、分かった。教師の負担を軽減し、学習指導や生活指導など「本来業務」に専念してもらうのが狙い。

 それにしても、私たちの仕事で外部委託できるものがどれほどあるのでしょう? 再生会議は本当にド素人ばかりです。座長の野依さん(ノーベル賞受賞者)など、自分のお子さんの参観日ですら行ったことはないのではないでしょうか?
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2007/5/25

苦しい人生  教育・学校・教師


 ニキ・リンコ著「俺ルール! 自閉は急に止まれない」(花風社 2005年 1,680円)を読み直しました。アスペルガー症候群の方の著書です。

 300ページほどですが字が大きいのであっという間に読めます。全体が経験談を基礎としています。しかし同時に、かなり分析的で、5回くらい読んで感覚的な暗記ができれば,、自閉系の方たちとのやり取りが相当にうまくなるのではないかと思ったりもしました。
 お勧めです。

 しかしそれにしても、面白おかしく書かれている内容の一つひとつが、本人には本当に苦しかったのだろうなあとつくづく思わされます。 
 野球の長嶋茂雄さんやノーベル賞の田中耕一さん。映画で言えばフーテンの寅さんは確実ですし、釣りバカの浜ちゃんだってあやしい・・・。

 彼らは一方でかなり愛されながら、家族は生涯に渡って振り回され、それが児童生徒なら教員にとって相当にやりにくい子です。

 しかしそれでもなお、この人たちは苦しむ人たちなのです。
 私たちが丁寧に育てていくべき人たちだと、改めて思わされました。

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2007/5/24

心の教育としての清掃  教育・学校・教師


 小学校教諭の免許は通信教育で取りました。そのとき送った図工のレポートに対して、こんな評価が書かれていました。「これではまるで、精神治療みたいですね」。テキストに忠実に書いたつもりでしたので、ちょっとびっくりしました。

 臨床心理学は「経験の学問」と言われます。「なぜそれが心に良いのか説明できないが、良いからやる」という態度が貫かれているからです。科学的に説明できるようになるまで待っていたら「生活に困難をきたしている人を救う」という本来の責任が果たせないからです。それはたとえばカウンセリングだったり、音楽だったり、ダンス・体操だったり、描画だったり、動物とのふれあいだったり・・・。世の中の○○セラピーと呼ばれるものは皆そうです。

 さて「音楽だったり・ダンスだったり・・・」と書くとすぐに分かることは、「これって、みんな学校でやっていることじゃん!」ということです。つまり日本の学校はきわめて精神治療的なのです。私のレポートが「精神治療みたい」になってしまったのも、そちらの方にちょっと道がそれすぎただけのことです。

 長い学校教育の中で生き残ってきたこと(教科や特別活動、その他の活動)はすべて「なぜそれが心に良いのか説明できないが、良いからやる」という経験主義的な理由で残ったこと
なのです。

 中でも清掃は学校教育だけでなくあらゆる社会教育の場で伝統的に大切にされてきたものです。その最たるものが寺子ですが、落語を始めとする芸道でも、職人の世界でも、およそものを学ぶ場では、常に掃除がその入り口にありました。

だから私も熱中するのです。


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