2007/4/27

男子、三日会わざれば  教育・学校・教師



「男子、三日会わざれば刮目(かつもく)して、見よ」という言葉があります。「男子」というのは単に男というのではなく「立派な人」という意味でしょう(「子」にはそういう意味があります)。
「立派な人というのは三日会わなければ三日分の成長があるものだ。だからカッと目を見開いて(刮目して)しっかりと見ておきなさい」といった意味です。

 私のように年をとって子どもが本当に羨ましくなるのは、彼らの場合何をやっても「去年より今年の方がずっといいのだから、来年はもっといいだろう」と単純に信じられるところです。算数も国語も、体育なんててきめんに、「去年より今年の方がずっといいのだから、来年はもっといいだろう」です。私なんて「去年よりこれだけできなくなったから、来年はもっとダメだろう」という世界に生きておりますから。

 子どもたちにはそうした喜びを伝えたいですね。キミたちは今そういう世界に生きていて、そういう時代はそれほど長くないのだということ、だから今こそがんばって行こうじゃないか、そういうことをです。



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2007/4/26

一人一休み  教育・学校・教師


 一人一公開授業をやめて、「一人一休み」はどうか、と考えたことがあります。丸一日自分のクラスへ行かず、他の先生の仕事を見ているだけという企画です。そうすればいつもは見えない隣の先生のすてきな授業やすばらしい活動を、いくらでも盗めるからです。


 たとえば清掃の時間、まず子どもたちに全部の机を後ろに運ばせますよね? それからどうします? 
 ほうきの係の子はゴミをどんどん机の方へ掃きこんで行きますが、そのあと雑巾がけをしていざ机を前の方へ移すとなると、掃きこんだゴミが机の足に引っかかってどんどん元の場所に戻されてしまうのです。そこでしつこく「机をもっと持ち上げて!」とか叫ぶのですが、重い机をいちいち高く掲げるなんてそう簡単にでることではありません。私はそれでずっと困っていました。ところが・・・ある先生の教室を見ていたら、そんなのとんでもなく簡単なことだと知りました。

 机を後ろに運んだ時点で、掃除を、机の最前列(教室の中央部)から前の方、つまり黒板の方へやっていけばいいだけのことなのです。ゴミも黒板の前へ集め、いったん回収してしまう。雑巾がけも運んだ机の前から黒板の方へ順番にやっていけばいいのです。これだと、教室の前半分がきれいになって机を戻すとき、引きずるゴミの量は格段に減ります。こんな簡単なこと、見ればいいだけのことでした。
 子どもを教室に残したままで「一人一休み」はなかなか実現しそうにありませんが、どうです? 掃除のときぐらい、あちこちの先生の教室、ちょっと覗いてみたらいかがでしょう?
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2007/4/25

家庭訪問初日  教育・学校・教師


 忙しい日程ですが、交通事故にはくれぐれも注意してご移動ください。事故を起こしてしまったら、遅刻どころか今日中に着くことだってできなくなります。くれぐれも余裕をもって、次のお宅に移ってください。

 遅刻をしないよう御留意ください。特に2時〜3時という時間帯で遅刻し始めると雪ダルマ式に後ろに響きます。
 家庭訪問というととかく「4時以降にしてください」とか「最後にしてください」とか、ひどいときには「5時以降に来てください」とか「6時過ぎでないと家にいません」とかいう人が出てきます。しかし2時〜3時台にはそうした自分の都合は控え、黙って担任の計画を引き受けようという人がたくさんいるのです。中には1時間年休で凌いで、もう一度職場に戻ろうという人だっていますから、そういう人たちこそ大切にしなければなりません。前の家で長々と話をして遅刻した担任を「熱心に話を聴いてくれるいい先生だ」などと思う人は一人もいないのです。

 時間通り家に入ることが時間通り家を出る秘訣です。もともと15分程度しかないのですからまとまった話をしようとするほうが無理。必要なら後日また来ればいいだけのことです。どうしても今日中にというのなら「時間ですので次のお宅に行きますが、全部回ったらもう一度来ましょうか?」と言えば、普通は来てくれとはおっしゃいません。

「内容よりも計画通り回ることの方が大切!」くらいの気持ちで、きちんと回りましょう。時間に正確な先生は信頼に足る先生です。

 
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2007/4/24

こんな時  教育・学校・教師


 個人的なある出来事によって、今日の私はとてもがっかりしています。
 運命の歯車が悪い方へ悪い方へとしか回らない時ってありますよね。

 そんな時はじっとして動かないか、土俵伝いにぐるぐる回りながら凌ぐしかないのですが、そんな力さえ残っていないような気がします。

 今日は、全国統一テスト・・・
 がんばりましょう。

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2007/4/21




 教壇はステージだ! 授業は俺のワンマンショーだ! くらいに思っていた私は参観日も大好きで、いつもはりきって授業をやっていました。けれど親になって、初めて保護者の立場から授業参観に行ってとてもショックだったことは「授業のやり方なんて親は誰も見ていない」ということです。見ているのはひたすらわが子のことだけです。

 もちろん親だってバカではありませんから、わが子が授業で活躍する子かどうかなどということはよく知っています。だから必ずしも全員が元気よく手を上げて、何回も指名され、大活躍のうちに授業を終える必要はないのですが、それでもそれぞれの保護者がは、それぞれの観点をもって、授業を見ています。
 「ウチの子はきちんと座っているかしら」「前よりは少しはマシになっているかしら」「忘れ物をせずに来ているかしら」「一回くらいは手を上げてほしいな」といったことです。
 こうした期待に応えなくてはと、思いつめる必要はありませんが、せっかく来てくださっている保護者を傷つけないようには注意しましょう。

@授業の始まる前に、必要な道具が手元にあるか確認しましょう。親は、わが子が授業中に席を離れてものをに取りに行くなんてこと、ちっとも好きではありません。なおかつカバンや棚にそれが入っていなかったら最低です。

A授業前に、机周りがきれいになっているかさりげなく確認しましょう。「あ、あのゴミ、ウチの子が落としたやつだ」・・・そういうことがとても気になる人がいます。うっかりすると家に帰ってから、子どもがボコボコにされかねません(我が家はしました)。

B手悪戯なんかして、子どもが明らかに授業を受けていないのも切ないことです。注意するのではなく、「お子様」が飽きないように配慮しなくてはなりません。そのためには、とりあえず学習課題だけは板書して、今日の授業では何をするのかを明らかにしておきましょう。とりあえずの保険です。

C授業前後のガタガタしている時間に気をつけてください。子どもが自由にしていていい時間ですが、その時間に、誰かが誰かに意地悪をしていることがあります。私たちは全体しか見ていませんが、親は自分の子の周辺ばかり見ていますからとても目につくのです。意地悪されている方はもちろん、している方の親も気が気ではありません。。

 参観授業の前、私はそういったことに気を使います。しかし本当は日ごろから気をつけていなければならないことなのですがね。


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2007/4/20

♪え〜じそんは、エライひ〜と♪  教育・学校・教師


 校長先生からエジソンについてのお話がありました。伝記は子どものころ読んだきりなので、小学校を3ヶ月で辞めてしまったことなど、とても新鮮でした。しかし話を聞いていますと「なぜなぜ坊や」だとか「どうして坊や」だとか、現代の基準に照らし合わせればもうこれは確実に何らかの発達障害が疑われるお子さんで、それを手元に引き取って独自の教育を施そうとしたお母さんこそ天才的なセンスを持った人だったのかもしれません(実際にこの母親は、そうした意味で評価の高い人だという話を聞いたことがあります)。

 生涯に1094件の発明というのも異常な数で、エジソン自身、後年、次々とアイデアの訪れる自分をいぶかって、自分の発明は自分のものではない、これは宇宙から訪れるいわば神の啓示で、自分は単にそれを広めるために選ばれた増幅器のようなものではないかと言い出します。彼はその「啓示」のことをスピリッツと呼んだようです。
「天才とは1%のひらめきと99%の努力とである」
はエジソンの有名な言葉ですが、この「ひらめき」にあたるのが「スピリッツ」で、「努力なんか誰でもする。結局スピリッツ(=神の啓示)がなければ天才じゃないんだ」というのが本当に言わんとするところだったようです。まったく身もふたもない話です。

 自動車王ヘンリー・フォードとは親友で、どちらかが先に死んだら生き残った方が遺体の胸を開き、その最期の息を取り出す、という約束をしたようです。そしてエジソンが先に死んだため、フォードが約束を果たしました。その息は試験管に入れられて、デトロイトのヘンリー・フォード博物館に今もあります。ただし栓がコルクなので、中の息は普通の空気と入れ替わっているのかもしれません。そんな話を聞くにつけても、エジソンはやはり「(大変なという意味で)エライ人」なのであって、付き合う人はなかなか大変だったのかもしれないと思ったりもします。


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