2007/3/16

お天道様の話  教育・学校・教師


 さて、いよいよ終業式です。長い間、ご苦労様でした。来年もクラスを持ち上げる人、学校を去られる人、来年同じ学年にとどまるにしてもクラス替えのある人、思いは様々でしょうが、ひとまず終了です。通知票はうまく書けたでしょうか。

 実は昨日、ちょっと切ないことがあって気が沈んでいました。それは子どもたちの心には「お天道様」はいないのか、といったことです。

 天道というのは天の摂理、日本では太陽神であると同時に、私たちの心に中にある道徳心のことも言います。つまり天道と私たちはつながっているのです。
ですから「お天道様が見ている」という言い方は、
《誰も見ていなくても私だけは見ている、けれど私が見ているということは天の摂理=天道様も見ているということ、私以外のものが同時に高い位置から惨めな私を見下ろしているということなのだ》
という意味です。そして悪いことをしている瞬間をお天道様に見られることは死ぬほど恥ずかしいと感じる感じ方、それが道徳心なのです。
 なんだかぐるぐる回っているような論理ですが、私の理解するところは、そういうことです。

 昨日のことは、掃除をサボって用具入れの中に隠れていた生徒の話を聞いたからです。用具入れロッカーの中で、その子はどんな気持ちだったのでしょう?きっと「お天道様」と言った感じ方は微塵もなかったはずです。他の子が一生懸命働いている時間を、クスクスと笑いながら過ごしていたのかもしれません。そう考えると私はなんだか泣きたいような気分になってきました。

 さて、それでは何十年も昔の、中学生のころの私自身はどうだったのか?

 ・・・・・・そう思うとたぶん、私もお天道様とは生きていませんでした。

 終業式が終わって3週間足らずで新学期。子どもたちの心にお天道様を呼び込むために、もう一度気持ちを奮い立たせ、頑張ろうと思います。




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