2007/3/14

卒業式考  教育・学校・教師


 卒業式は学校の儀式の中で唯一教育委員会が主催するものです。教育委員会の主催する会ですから、教委の代表者が主催者側筆頭の位置に立ちます。これ以外の式は、すべて教委は来賓席にいます。

 また、入学式が「入学する式」であるのに対し、卒業式は「卒業する式」ではなく、卒業証書を授与する式「卒業証書授与式」というのが正式な名前です。
 式の最中に教頭先生は「学事報告」というのを行いますが、これは形式上、学校から教育委員会への報告という形を取ります。だから「報告」なのです。

 すべてが教育委員会を向いています。
 なぜなら教育委員会というのはこの場合シンボリックな存在であり、正しくは教委が代表する私たちの市の、市民に対して行うのが、卒業式だからなのです。

 各地方公共団体は子どもが生まれて18歳になるまでに、一人あたりおよそ1千200万円を支出するといわれています。未婚の人や子どものいない人、つまり学校教育の恩恵を全く受けない人も含め、すべての人々が支払った税金のうちのそれだけの金額を注ぎ込んだ子どもたちが、市民に何の報告もなく、ノホホンと卒業して行っていいはずはありません。

 中学校卒業の段階ですでに1000万円も使い切ってしまったのです。成長の中間報告として、「私は、とりあえず今の段階で、ここまで立派に育ちました。皆さんのおかげです」と、堂々と自分を曝し、報告する機会、それが卒業式なのだと私は思います。
 ですから卒業式は厳粛でなくてはいけません。私はいつも生徒たちにそう言ってきましたし、今年も機会があったので話しておきました。

 どこまで心に響いたのかは、分かりませんが。


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2007/3/13

天才の世界  言葉


 長距離には多少の自信はありますが短距離はまるでダメで、小学校の運動会ではいつも第1組か第2組のメンバーでした(遅い順でしたから)。どうも瞬発力というものに難があったようで、走り高跳びもダメ、幅跳びもダメ。
 そんな私でも心に秘めた貴重な思い出があり、長いこと大事にしまっておきました。それは中学校2年生の時、非常に足の速い友人と組になり、彼に引きずられるようにして100mを13秒2で走ったという思い出です。
 オレにだって速いときはあったのだという記憶は、以後長く私の心の支えのひとつでもありました。ところが・・・

 教員になってしばらくして、体育の先生にその話をしたら彼はちょっと気の毒そうに、
「Tさん、それはきっと計測ミスだぜ」
・・・・・!なんという説得力!!
 鈍足がたった一瞬だけ速くなるなんてこと、あるはずがない!
 こうして私はひとつの支えを失いました。

 昨夜、浅井先生と話をしているうちに、ふと思い出したことがあります。それは小学校6年生の時、理科のテストで学年でたった二人だけ満点を取った、そのうちのひとりが私だったという思い出です。一方の片割れは、6年後、東大の医学部に現役合格を果たして、今はどこかのお医者さんをやっているはずです(研究者かな?)。
 私だって東大医学部と紙一重のところにいた・・・というのは、その後長く私の自信の礎となりました。しかし・・・

 これも教員になってたくさんの子どもと触れ合ううちに気づいたのですが、あの時、私は「見事100点を取りました」が、彼の方は「100点しか取れなかった」そういうことだったのかもしれないということです。別な言い方をすれば、あれが150点満点だったら私が100点で彼は150点取っていたに違いない、ということです。つまりいくらでも点を取れるのに、たまたま100点満点だったばかりに、彼は100点で押さえられてしまったのです。

 コンピュータの開発者のフォン・ノイマンは生涯に読んだ本は(流し読みしたものも含めて)すべて暗記していると豪語し実際に証明して見せました。

 エジソンは次々とアイデアの浮かぶ自分の頭が不思議で、ついに天啓(彼の言うスピリッツ)がすべてだと言う結論に達します。「天才とは99%の努力と1%の天啓だ」というのは、「努力するなんて当たり前。1%の天啓がなければ天才ではない」という意味です。

 まこと、天才とは恐ろしいものです。


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2007/3/12

贈る言葉  教育・学校・教師


 卒業式にどんな言葉を送るか・・・卒業学年の担任の先生方には思い課題でしょう。
 卒業式の後の、最後の学級活動の時間、それは3年間の最後の授業であり、担任をしてきた月日の集大成でもあるはずです。
 もちろん、伝えるべきことは伝えてしまった、あとは言うことは何もないという立場もあります(私はそういうタイプでした)。しかし、子どもたちの心がひとつになっている瞬間、もし伝え残したことがあれば、心に染み入らせる最高の機会とも言えるでしょう。
 3学年の先生方に期待します。

 国語界の重鎮、故大村はま先生はこんなことを言っておられます。
『私は卒業式の時、若いときは別れるのが悲しくて泣きましたが、今はこの人たちの生きていく世界が目に見えて、かわいそうで泣けてしまいます。「どんな苦しみの中を越えて、この人たちは生きていかなければならないか。それにしては、いかにも力をつけなさすぎた。」と思うんです』

「どんな苦しみの中を越えて、この人たちは生きていかなければならないか」
・・・私も深く思うところです。

 さて、先日、ネット上で「卒業式、先生が言った胸に残る感動的な言葉」と言う記事を見ました。ちょっと面白いので、裏面に貼っておきます。

(ブログ上ではリンク→「卒業式、先生が言った胸に残る感動的な言葉」



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2007/3/9

自由のために!  教育・学校・教師


 3年生最後の授業を終えました。最後にこの子たちに贈る言葉は何かと考えたとき、結局言えることは、

人間は自由であるためには実力が必要だ

ということです。

 例えば、学力で完璧な実力を持つ者は、3年後、自由に大学を選ぶことができます。学力に比例して選択の幅は狭まっていき、勉強が全くダメだと「選ぶ」ということ自体ができなくなります。

 例えば、バスケットボールを自在にコントロールする実力を持つ者は、自由に試合に出ることができます。補欠としてベンチにじっと座っている不自由を味会わなくて済みます。自由に試合を支配し、好きなように敵を翻弄できるはずです。

 大金を持っていることも、それなりに実力です。金を持っていれば、ものを買うときに困りません。財布と相談する必要も、買ったあとの収納場所について悩むこともありません。実際にそうするかどうかは別にしても、何でも好きなものを好きなだけ買うことができます。

 素敵なお店やおいしいレストランをたくさん知っていれば、デートの時に困りません。迷いや悩みからすっかり自由でいられます。
 楽器を存分に弾きこなせる実力があれば、自由に曲を演奏できます。

 そして実力さえあれば、自由に職業を選べます。

 そう考えると、私たちの仕事は、生徒の将来の自由を守るために実力をつけることだと分かってきます。子どもたちにしても、そんなすばらしい自由を手に入れるために、今の少しばかりの不自由なんて少しも苦にならないと、そんなふうに思ってもらわなくてはなりません。
 
 さて、卒業まであと10日あまり、十分に実力をつけてあげられなかったこの子たちに、その思いだけは伝えて送り出しましょう。


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2007/3/8

教師の文具術F [情報ファイル]  文具・道具・器具


 私は社会科の教員ですから、情報のファイル化というのが日常的に重要な仕事になっています。
 大昔はいわゆるスクラップブックに新聞の切抜きなどをべたべた貼っていたのですが、スクラップブックの欠点は、重要度の落ちた資料を削ることが難しい、ということです。したがって数ばかり増えて重要な資料が埋もれてしまいます。それこそスクラップ状態でした。

 ところがコンピュータ時代になるとこの問題は一挙に解決。とにかく検索という必殺技がありますから、いくらでも情報が蓄積できます。ニュースは(新聞も読みますが)主にインターネットで読みますから、必要な記事はすぐにWordに張り替えてどんどんしまってしまいます。分類の必要さえほとんどありません。

 ところが、それでも困るのがペーパー・ベースで来る資料です。様々な研究会や研修会・講演会で手に入るとても貴重な資料・・・これを死なせてしまうのはあまりにももったいないことです。
 一時期はOCR(文書の読み取りソフト)を使っていちいちWordに移し替えたり、PDFファイルに落としたりと様々な手段で電子化を計ったのですが、どうやっても追いつきません。資料はたまっていくばかりです。そしてあきらめました。

 結局やったのが写真のような製本化です。集めた資料が散逸しないように一冊の本にしてしまうのです。一冊たった380円で2冊つくりました。
 ただこれだとすぐに死蔵されてしまいますから、このあとタイトルと背表紙を書き入れ、インデックスをつけます。インデックスをつけてあとで検索しやすくしておくというのが、一番大切なポイントです。またすべての資料はA4版に統一しておく(サイズの違うものはコピーで縮小したり拡大したりします)など、多少の努力と工夫が必要です。

クリックすると元のサイズで表示します
















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2007/3/7

世間は学校知らず  教育・学校・教師


 ある新聞記事の一節にこんな言葉がありました。

学校も世間知らずかもしれません。しかし、世間も学校知らずです。

 その話をしたら浅井先生が「あ、それいいですね。来年使わせてもらお」といい、少しはなれたところで桐井圭子先生が、「あ〜〜〜、それいい言葉ですねェ〜」と、控えめな叫び声を上げました。
確かに「学校知らず」と言えば、私たちの思いはずいぶん的確に表現されます。本当に世間は学校知らずなのですから。

 例えば、先日「3年生を送る会」が開かれましたが、それがあったこと自体、知っている親は少なかったはずです。あったことを知っていても、何が行われたかを知る人は稀でしょう。さらに「3年生を送る会」の意義まで知っている人は、ほとんどいないはずです。

 2年生の生徒会役員にとって「3年生を送る会」は特別な意味を持ちます。それは生徒会のトップとして、初めて全校を動かす行事だからです。ここで成功するか否かが、今後一年間のすべてを決するといても過言でないほどに重要です。

「3年生を送る会」で成功すればみんなが誉めてくれます。担任や顧問が誉めるなんていつものことですが、普段はあまり付き合いのない先生たちまでもが誉めてくれる、だから自信になります。また、同じ生徒会の仲間として、一緒に大イベントを成し遂げたという思いが、生徒会本部の絆を深めます。だから次回も友をアテにし、自分も力を出して頑張ろうという気持ちになります。「3年生を送る会」はその意味で、2年生役員を一気に3年生にしてしまう、迫力ある行事なのです。

 ですからこの行事は、失敗の許されない行事でもあります。生徒に任せておいて何とかなるようなものではありません。もう中学生なのだからなどといって好きにやらせていたらとんでもないことになります。なんといっても中学校のリーダーとしてはゼロ歳児なのです。

 失敗が許されない、そして最大級に重要な行事だからこそ、顧問も担任も夢中になってこの行事に取り組みます。
 あんなに大きくてすてきな薬球を考え、生徒の動きをチェックし、歌を練習させ、何人かの委員長のセリフを考え・・・そうした苦労を、世間の人は全く知りません(顧問の中林先生が何であんなにバチバチと写真を撮っていたのか、私たちでさえ当日になるまで知らなかったくらいですから)。そしてそのために何日、何時間が費やされたか、だれも知らないし、普通の人は関心さえ持ちません。

 そうした努力の上に成し遂げたことも、社会的には
「3年生を送る会があった。在校生から暖かい送別の気持ちが送られた」
その程度のことです。

 世間は全くの学校知らずです。世間が学校に我慢できなくなったように、私ももう世間に我慢がならなくなっています。いったい学校で何が行われ、先生たちが何のために戦っているのか、声高に叫んで世間に知らしめなくてはなりません。そんなふうに感じた昨日でした。



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