2007/3/23

自らに課すること  教育・学校・教師


 長い間ありがとうございました。
 私は、人はなにごとかを自らに課していないとダメになると思い込んでいます。
 あの孔子だって、自分の欲するままに活動して矩(のり)を越えないようになるまでに、70年もかかったと言うのですから、凡人である私などは永遠に到達できないでしょう。欲望に何らかのタガをかけていないと野放図にどこかへ行ってしまいます。

 この学校に来た当初、私が自らに課したのは、誰よりも早く学校に来る、というものでした。これは2年半行い、事情があって最後の半年はできなくなりました。

 二番目は、自分の仕事をひとに回さない、自分でできる仕事は自分で行う、というものです。努力はしましたが十分にはできませんでした。

 三番目は、2年目から始めたこの文章です。
 毎日話題を探すのは少し大変でしたが、考えてみれば教員になった最初の年に「とにかく朝の会に話すことに、全力を傾けなさい」と教えられ、毎日の話題探しはそれ以来ずっと続けてきたことですから、ある意味、習慣づいていたともいえます。
(中学校の教員は小学校と違い、うっかりすると一日に一回も自分のクラスでの授業がなく、学級担任としてクラスに語りかけるのは朝と帰りの会だけになってしまうことがあるのです。そこにしか学級経営のチャンスがないのです。)

 2年間、毎日、一緒に怒ったり笑ったりしてくださった先生方、ありがとうございました。私の文章はあちこちから借り集めたパッチワークのようなものです。先生方もどこかで、機会があったら引用してみてください。
 どうも長い間ありがとうございました。

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2007/3/22

アパートを出る  教育・学校・教師


 昨日はアパートの障子を張り替えました。
 8枚目を張り替えたころにはかなり腕を上げ、相当にいい仕上がりになったのですが、障子は8枚しかありませんのでそれでおしまいです。熟練が生かされず残念です。

 教員住宅を明け渡すときは、障子・襖・畳をすべて新しいものにして出るのが決まりだそうです。自分の家ですら畳は10年に1回、襖にいたっては破れない限り何十年でも替えないものを、古びた教員住宅が3〜4年ごとに更新していくというのもなんだか納得がいきません。
 ただしわが市は10年ほど前、次の人を入れないまま取り壊すことの決まっている住宅の畳や襖をすべて取り替えさせた(その上で壊した)という伝説を持つところですから、本当は毎年替えたいのかもしれません。(地域の経師屋さんや畳屋さんを守る保護政策なのでしょうか?)

 私のアパートの部屋は前の先生が13万円もかけてすべて換えていったので、入居したときは真っ青い畳に井草の匂いがプンプンと香っていました。その先生によると、畳にカビが生えたので替えざるを得なかったということでしたので、私は入居と同時に畳の下に防黴シートを敷き詰め、さらに1万円以上かけて井草カーペットを購入し上からかぶせておきました。その井草カーペットは見事に白っぽくなってしまいましたが、昨日、はがしてみたら下の畳は見事な緑色でした。

 襖は、もとよりそう汚れるものではありません。障子は張り替えたので真っ白、畳は緑です。さて、それでも私はすべてを取り替えるべきでしょうか?
 
 今日は小一時間もかけて「井草の匂いの芳香スプレー」というものをネット検索していましたが、「そういうものがあったらいいね」という話はあっても、スプレー自体は出てきませんでした。

 ああ!


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2007/3/20

23年の夢  教育・学校・教師


 23年前の4月の、最初の週日の夜に深い思い出があります。
 その夜のことは生涯忘れまいとその時決心し、少なくとも23年後の今は鮮明に覚えています。それは私が教員になって学校に勤務した最初の夜のことです。

 新任職員歓迎会のあと先輩に引き連れられて2次会、3次会、4次会と、朝の2時過ぎまで店を移りながら飲み続けたのですが・・・、教員というものは本当に真面目で誠実なもので、どこへ行っても、何時間でも子どもと教育の話ばかりしているのです。

 世間が狭いと言えばそれまでですが、学校以外のどこの世界に、これほど真剣に、これほど熱心に、個々の子どもたちのことを考え、議論してくれる人がいるのでしょうか?

 私はそれまで民間の企業で、それこそ詐欺すれすれの仕事をして人を騙してばかりいましたから、そうした誠実で真面目な人たちと同じ世界にいることがうれしくてしかたがなかったのです。
 生涯この人たちと一緒にいよう、そしていつかこの人たちを助け、支える人になろう、その晩決心したのはそういうことです。

 それから23年経ち、若い先生方を助け、支えるにふさわしい年齢になりました。
 残念なことに、十分それを行うだけの実力をつけて来ませんでしたから、心残りも山ほどあります。しかし、心だけは常にそういう気持ちでやってきました。

 さて、一昨日、卒業式のあとの離任式。そのステージに立ち、高いところから見下ろしていると生徒や先生たちの様々な表情が見て取れます。

「私は声が大きいからマイクは使いません」と言いながら、途中からマイクを使っても聞き取れないような声になってしまった脇坂先生・・・。
 その脇坂先生に「がんばれ! がんばれ!」と小さく応援しようと思って横を向いたら、手前にいる永井先生の目から大粒の涙がボタリ(そんな大きな音がしたように思ったのです)と直接床に落ちて、それで私も動揺しました。

 下ではヘラヘラするしか反応の仕方が分からなくなってしまったSさんが次第に冷静さを取り戻して、冷静になったから泣きじゃくるようになった姿を私は見ていました。

 北村先生のクラスの子が赤ん坊みたいにビービー泣くのも、引き込まれないように気を引き締めながら見ていました。そして何よりも、卒業生があちこちで目頭を押さえているのには驚きました。(オ前ラ 出テ行ク 人間ダロ?)

 あれが誠実で、真面目で、子どものためにいくらでも時間やエネルギーを投入して惜しむことのない、ひたむきな人々へのご褒美です。私たちと児童との間には、こんなにも濃い人間関係が厳としてあるのです。



(追記)


 中学生の息子の卒業式に行かせていただきました。
 中学生でも離任式には泣きます。

 中でも一番泣いていたのはサッカー部の男子たちでした。わずか2年での顧問の異動ですので、全く予想していなかったのですね(私も予想していませんでした)。
 ステージを降りて「蛍の光」に送られながら生徒たちの間をゆっくりと抜けていくとき、部長のN君が「サッカー部!気をつけ!」と号令をかけ、「ありがとうございました!」と叫ぶと、全校の各所に散らばっているサッカー部員から一斉に「ありがとうございました」の涙声が響きました。

 表現のしかたについて、誰かが先鞭をつけてくれば、あとはある意味、楽なものです。
 続いて卓球部から「卓球部、気をつけ!」の声がかかり、「女子バレー部、気をつけ!」もかかりました。歩いていく先の学級担任のクラスでもそれを真似て「2年2組! 気をつけ!」とやれば良かったものを、いきなり学級長が「〇〇先生! ありがとうございました!」などと叫ぶので、勝手が違ったクラスの子たちは声を出すタイミングが分からなくなり、さらにビービー泣くしかなくなってしまいました。

 これが、政府から死んだ(だから再生会議が必要だ)とお墨付きをいただいた、学校教育の姿なのでしょうか。

 政府や再生会議の人たちは、こういうものを見に来ればいいのです。

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2007/3/17

卒業おめでとうございます  教育・学校・教師



卒業生やその保護者には、たくさんの人が祝意を表すでしょうから、私は3人の担任の先生方に言いたいと思います。

ご卒業おめでとうございます。

あれほど難しい子たちを、よくここまでお育てになりました。
大変なとき、苦しいときは山ほどあったでしょうが、今は子どもたちが旅立つときです。
先生方のご努力の10分の1も世間の人は知りません。生徒の一つひとつの行事、一つひとつの作品の背後に、どれほどの深謀遠慮があり、どれほどの時間とエネルギーが注ぎ込まれていたか、学校の外にいる人には分からないのです。ですから私たちから言うしかありません。

ご卒業おめでとうございます。

 私もしばしば本当にいやになり、保護者もろとも子どもを投げ出したいと思ったことがありました。しかしいつも心の中にあったのは、自分が投げ出したら、あとを誰が引き受けてくれるのかという問題です。

スティーブン・キングは小説『スタンド・バイ・ミー』の中でこんなふうに言っています。

だけど子どもってのは、
誰かが見守っててやらないと、なんでも失ってしまうもんだし、
おまえの両親が無関心過ぎて見守っててやれないってのなら、
たぶんおれがそうすべきなんだろうな


 1年間、本当にご苦労様でした。


ご卒業おめでとうございます。

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2007/3/16

お天道様の話  教育・学校・教師


 さて、いよいよ終業式です。長い間、ご苦労様でした。来年もクラスを持ち上げる人、学校を去られる人、来年同じ学年にとどまるにしてもクラス替えのある人、思いは様々でしょうが、ひとまず終了です。通知票はうまく書けたでしょうか。

 実は昨日、ちょっと切ないことがあって気が沈んでいました。それは子どもたちの心には「お天道様」はいないのか、といったことです。

 天道というのは天の摂理、日本では太陽神であると同時に、私たちの心に中にある道徳心のことも言います。つまり天道と私たちはつながっているのです。
ですから「お天道様が見ている」という言い方は、
《誰も見ていなくても私だけは見ている、けれど私が見ているということは天の摂理=天道様も見ているということ、私以外のものが同時に高い位置から惨めな私を見下ろしているということなのだ》
という意味です。そして悪いことをしている瞬間をお天道様に見られることは死ぬほど恥ずかしいと感じる感じ方、それが道徳心なのです。
 なんだかぐるぐる回っているような論理ですが、私の理解するところは、そういうことです。

 昨日のことは、掃除をサボって用具入れの中に隠れていた生徒の話を聞いたからです。用具入れロッカーの中で、その子はどんな気持ちだったのでしょう?きっと「お天道様」と言った感じ方は微塵もなかったはずです。他の子が一生懸命働いている時間を、クスクスと笑いながら過ごしていたのかもしれません。そう考えると私はなんだか泣きたいような気分になってきました。

 さて、それでは何十年も昔の、中学生のころの私自身はどうだったのか?

 ・・・・・・そう思うとたぶん、私もお天道様とは生きていませんでした。

 終業式が終わって3週間足らずで新学期。子どもたちの心にお天道様を呼び込むために、もう一度気持ちを奮い立たせ、頑張ろうと思います。




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2007/3/15

接客業としての教職  教育・学校・教師


 この忙しい時期にドックに行かせてもらいました。ご迷惑をおかけしました。
 幸い、特に目立った悪いところもなく、苦手な胃カメラも初めてうまくいって気分よく帰ってきました。ありがとうございました。

 私と同じような駆け込み検診が多かったせいか、大変な盛況でした。その中を看護士や衛生検査技師、X線技師などが忙しく立ち歩いています。そしてあちらで話をし、こちらで検査を受けということを繰り返しているうちに、私はある種の違和感を感じるようになったのです。
 それは対応があまりにも丁寧だということです。私が少しでも気分を害さないように細心の気を使ってくれる、もう卑屈と言っていいような丁寧さです。
 医療の専門家というのは、いつからこんな卑屈な職業になったのでしょう?
 
「教師はサービス業」という言い方があります。元を質せば「もっと保護者や生徒の要望を聞いてもいいだろう」くらいなところから始まった言い方かと思いますが、今やデパートや商店並みの接客態度を期待する人も現われ始めました。学校というところは自分や自分の子どもに合ったサービスを提供するのが当然と考える人だって少なくありません(サービス業だから)。そういう人たちとむやみにケンカしても得なことはありませんから、私たちの物言いも自然と控えめになります。傍から見ればずいぶんと卑屈に見えることでしょう。

 病院内で、患者さんに対する対応をもっと良くして何度も足を運んでもらおう、外来患者・入院患者ともにたくさん増やしてもっと収益を上げようと頑張っている看護士さんなんて、一人もいません。看護士はもっと誇り高いもの、名誉あるもののために働いているはずです。同じように私たちだって、生徒や保護者に気持ちよく過ごしてもらうことよりずっと大切な何かのために働いているのです。
 
 面従腹背という言葉があります。
 もはや世の中が学校を「子どもに関するすべてのニーズに応えてくれるサービス業」とみなしている以上、ある程度それに合わせていかなくてはなりませんが、本当に大切なことは別にあるのだということを忘れず、誇り高い仕事をしていきたいものです。



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