2007/1/31

何とかなるのは  親子・家族


 自分の子どもが小学生や中学生なったとき、そこで何の問題もなく健やかに成長してくれれば問題ないのですがそうでない場合、親としてさまざまなことを考えます。「学校がもっと落ち着いていたら」「担任が別の人だったら」「クラスがしっかりしていたら」「あの子が学級にいなかったら」・・・・。しかしそうした不満を抱えたまま何もしないでいるのと、そうでないのとでは結果はまったく違ったものになってしまいます。

 私は学校外の人からさまざまな形でそうした話を聞かされることがあります。そしてそんな場合、次のように答えることにしています。

『確かに、学校の雰囲気が違えば今とはずいぶん違った気持ちでいられます。「学校がもっと落ち着いていたら」「担任が別の人だったら」「クラスがしっかりしていたら」「あの子が学級にいなかったら」、それは当然の思いです。しかし実際は現在の、そうした学校、そうした担任のもと、そうしたクラスでそのような友だちに囲まれながらお子さんは育っていかなければなりません。

 学校を代えるのは現実には難しいことです。クラスを替えたり、担任を替えたりすることもできません。ましてや担任のや友達の性格や能力を変えるのはほとんど不可能です。しかし仮に変えられたとしても、その子の生涯に渡って「善き環境」を整え続けることはできないことです。

 例えば、将来お子さんが営業の仕事に入ったとして、あなたは子どものために「良き上司」と「良き仲間」「良き顧客」を用意しつづけることができますか? お子さんを支える「良き配偶者」や問題を起こさず健やかに育つ「良い子」を提供しつづけることはできますか? 

 私たちは子どもの環境を変えたり周囲の人間を変えたりすることはできません。しかし関係者の中でたった一人だけ、比較的何とかなりそうな者があります。それはあなたのお子さん自身です。今、難しい環境の中にいるお子さんをどう育てるかが、問題なのです。難しい中できちんとできる子どもを育てておけば、きっと将来、難しい環境の中でもすべきことを行える逞しい人間になってくれるでしょう。

 さあ、考えましょう。今のその子に、親として何ができるか、その子のどういうところをどのように育てるか、どんなふうにその子を支えていくか。
 さまざまに不満を言って過ごすより、その方がずっと有益なはずですよ』
 
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2007/1/30

教師の文具術B〜[ペン]  文具・道具・器具

 愛用の筆記具は4種類。
 まず普通の文字はぺんてるの「Hybrid」ボールペン(左の2本)で書きます。黒も赤も同じ
ものを使っています。水性ボールペンでほどよい太さなので、書いた文字が万年筆のように見えるのが気に入っているのです。
 また、軸が透明なのも私にとって必須です。とにかくお坊ちゃん育ちなので、ボールペン等はすぐにどこかに置き忘れる。そこでどうしても名前を書いておく必要があるのです。
 ボールペンにいちいち名前を書くのは面倒なので、ボストイットに印鑑を押し、その部分を切り取って軸の中に入れておきます。そうするとどこかへ行ったボールペンも確実に戻ってきます。

 要録のようにびっちり書き込む書類のために買ったのがPILOTの「HI−TEC−C」(中央)。極細です。しかし普段はあまり使っていません。

 筆ペンは「ぺんてる筆〈中字〉」(右から2本目)。非常に標準的。

 マーカーは一種類、黄色であることが重要です。なぜなら、
黄色には「コピー機が認識できない」という極めて優れた特性がある
からです。
 例えば何かのプリントをコピーして人に渡す場合、黄色以外で書き込んだマーカーの色はずいぶんと汚く複写されます。また、私がつまらないところに重視したり、妙な所に感動したりといったことがバレないためにも、ぜひともチェック部分は隠したいものです。黄色のマーカーはその意味で最重要。
 これは私独自のアイデアだと思ってかなり鼻を高くしていたのですが、ここ数年のうちに気がつくと黄色を使っている人が圧倒的に多くなっています。こんなこと自然に気がつくことなのですね。
 軸の透明なことが気に入って現在はTOMBO社製のもの(右端)を使っていますが、蛍光があまりにも強くて目にきついので少し研究して別のものに取り替えようと思っています。


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2007/1/29

まず隗(かい)より始めよ  言葉


 公務員の給与削減や綱紀粛正について、最近「まず隗より始めよ」という言葉が盛んに使われています。意味は「何事かをなすときにはまず自分自身が手本を示せ。そうすれば他の者もそれに従うであろう」といったことかと思います。しかしこれはとんでもない話で、私はこの言葉が好きでこだわりがあるので、以下に記しておきましょう。話は中国の古書「戦国策」の中にあるものです。

 紀元前4世紀の末頃、燕(えん)の国は隣の斉(せい)の国に国土の大半を占領され、国王までもが殺されてしまった。そこで、次に即位した昭王(しょうおう)は、何とか国の力を回復させようと考え、そのためには優れた人材を集めることが重要だと思い立った。そこで宰相の郭隗(かく・かい)に相談した。すると、隗はこう答えた。
「昭王よ、こんな話があります。
 昔、ある君主が千金を出して1日に千里を走る名馬を買おうと思いましたが、3年たっても見つける事ができません。すると、宮中にいたある男が進み出て、私が買ってきましょうと申し出たので、その男に千金を渡して買いに行かせたのです。その男は千里の馬を見つける事ができましたが、惜しくも一足違いでその馬は死んでしまっていたのです。すると、何を思ったか男は、死んだ馬の骨を五百金で買って戻ってまいりました。君主は、死んだ馬を五百金も出して買ってきたことを怒りました。しかし、その男は言ったのです。
『あわてずに少々お待ち下さい。昭王は死んだ馬にさえ五百金出したのだから、生きた馬であればもっと高く買うだろうと考え、人々は続々と良い馬を持ってくることでしょう』
と、はたして1年も経たないうちに千里の馬をたずさえた者が3人も現われたそうです。
 今、昭王が賢者を集めたいとお思いならば、まずこの隗を重く用いる事です。あの凡庸な隗でさえあれほどの厚遇を受けているのだからと、全国の有能な士が次々集まる事でしょう。」
 昭王はその話を聞き、隗のために立派な宮殿を建て、特に厚く遇した。すると、そのうわさは各国に伝わり、趙(ちょう)の名将である楽毅(がくき)や政治家の劇辛(げきしん)、陰陽学者の鄒衍(すうえん)などの優れた人物が集まりはじめたという。そして、ついに昭王は斉の国を破るだけの国力を得ることに成功した。


「まず隗より始めよ」の原義は「人材を集めたければ、いま有る者を重用しなさい」ということです。そこには、人間は叩けばなんとかなる、評価し給与や待遇で差をつければもっとよくなる、といったものとはまったく別の発想があります。
 教員の質、教師の指導力を問うなら、まず今、教員の立場にある者を厚くもてなさなければならない。そうしてこそ、有能な人物がこの職に集まり、自然と質は高まるのです。

「まず隗より始めよ!!」
 強く、県や国に訴えたいところです。

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2007/1/26

教師の文具術A〜[カッティング]  文具・道具・器具



 カッティングマットは娘の使っていたものを、一枚譲ってもらいました。机を傷つけずにカッターを使えるので、とても重宝しています。

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 カッターは普通のもの。
 自慢したいのはスケールです。
 何の変哲もないスケールに見えるかも知れなせんが、これが背に金属の張ってある優れものです。
 これでカッターを使うと、スケールを傷めずに直線を切ることができます。

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