2006/11/14

「いじめの深淵」  教育・学校・教師


 高校の必修科目未履修が問題になったとき、ある新聞は「学校の受験ボケ」といった書き方をしましたが、こうした判断からは建設的な考え方は生まれてきません。全体の1割にも上る高校が、相談することもなしにほぼ同時に必修科目の履修を停止したとなれば、そこには「ボケ」以外の何らかの理由があるはずです。ジャーナリズムはまずそこに目をつけなければなりません。

 昨日、伊吹文科大臣は、「(学校は)緊張感がなさすぎる」みたいな発言のしたそうですが、全国の小中高校でこれほど緊張して「いじめ」に取り組むことはめったにありません。それなのに「いじめ自殺」を防げないのは、そこに緊張感や意識だけでは片付かない難しい問題があるのかもしれない、そんなふうに考えるジャーナリストがほとんどいないのは残念です。

 現在「いじめ」自体を考察する人はほとんどいません。特に一番遅れているのは「いじめる側」に関する考察です。これについては、また改めて考えて見ましょう。


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