2006/11/13

「研修報告」(教頭マネジメント)  教育・学校・教師


 金曜日に「義務教頭マネジメント研修」というのを受講してきました。一日留守にしましたが、ありがとうございました。

 学んできた学校マネジメントというのは、要するに企業経営(企業マネジメント)の手法のうち、学校に生かせるものを学校に生かそうというもので、その中心は具体的目標(できれば数値目標)の設定と評価の問題です。
 そうなると「明るくはきはきした子ども」「よく考え、がんばる子ども」などという学校目標はぜんぜんダメで、

@どういう姿になったら「明るくはきはきした子ども」ができあがったことになるのかそれを明らかにし(目標づくり)、
Aそれにどの程度近づいたか常にチェックし、
B方法を修正し、
C再チャレンジしていくか

というのが学校マネジメントの骨子なのです。
 ただ、日本の学校は学力から(それにもいろいろあるけど)心の教育までありとあらゆる「教育」が求められていますから、具体的目標は10個ぐらい上げても、まったく追いつきません。具体的にすればするほど、教育が貧しくなるような気がするのです。

 そうした問題は文科省でも同じで、したがって文科省レベルの目標も「生きる力をつける」とか「基礎・基本を大切にする」とかいったあいまいなものになってしまいます。
「生きる力」は、
「自分で課題を見つけ、自ら学び、自ら考える、主体的に判断し、行動し、よりよく問題を解決する能力」
「自らを律しつつ、他人と協調し、他人を思いやる心や感動する心など豊かな人間性」
「たくましく生きる健康と体力」

と定義されていますが、いったい何がどのレベルまでできるようになったら、生きる力がついたと判定されるのか、それについてはまったく未知数です。
 ちなみに、基礎基本については国会の場で「学力が低下したから基礎基本をしっかりやるということだが、具体的には国際比較において全科目で1位を目差すのか」という鋭い質問が出て、文科省をたじたじさせた人がいたそうですが、マネジメントの考え方からすると、当然出てこなくてはならない質問です。

 本気で学校マネジメントに取り組むとしたら、まず国レベルでやってもらわないと、われわれ独自では責任の取れない問題だなあと、それが私の感想です。

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2006/11/10

「いいこと」  いいこと


 これを書いている今、職員室の後ろの方で、多くの先生方が楽しそうに忘年会の計画を立てておいでです。あまりにも楽しくて話し合いはずいぶんロスしているようにも見えますが、人間関係にはこうした余白の部分が大切です。この場にいない先生の話も再三出てくるのですが、そうした先生に関する話も実に暖かく、遠くで聞いていても心和むものがあります。
 この学校にはたくさんのすばらしい財産がありますが、なにより重要な財産はこうした先生同士の仲の良さです。

 これまでいくつかの学校を回ってきましたが、職員丸ごとがこんなに仲の良い学校というのもそうはありませんでした。ここでともに暮らした先生方も数年を経ずして皆ばらばらになって行きます。それぞれ別の学校へ行っても、常にこうした和やかな職員集団づくりに励んでいただきたいものです。

 先生たちのこんな姿の一端でも世間が知れば、教師に対する信頼というのももっと篤くなるはずなのにと、そんなふうに思っています。
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2006/11/9

「一昨日の火曜日・・・」  教育・学校・教師


 朝報道があった文部科学大臣あての自殺予告について、火曜日、隣の中学校近辺でM新聞社の記者が取材をしていたようです。

『同年代の子どもたちも重く受け止めた。C市内の小学6年の女児(12)は「手紙を出した子の気持ちは分かる。もし自分がいじめられていたら、助けてほしいと思うから」。また、中学1年の男子生徒(13)は「手紙を出すということは本当に危ない状態なのだろう。もし周りにいたらできることなら助けたいが、なかなか気付かないのでは」と話した。』

 この「小学校6年女児」、もしかしたら本校の子かもしれません。
「世の中には自分の思い通りのならないとすぐにいじめられたと言う子がいる。しかもしばしば、そういう子の中にいじめっ子がいる」
 私たちの世界では常識ですが、世間では通用しません。それどころか、そんなことを口にすれば袋叩きに合います。取材スタッフがそういう子を引き当てなくて良かったと感じています。

 そういえば春にあった児童放置事件の自称「○〇」さん、彼女も中高といじめられ続け、その結果不登校になったと語っていました。
 新聞紙上では「仲間内のいじめの回しあい」ということで、一般的には同情の余地のある女性、ということになっています。
 納得できません。回しあいでしょ?


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2006/11/8

「いじめ問題への対応」  教育・学校・教師


  昨日は校長・教頭ともに不在の中、さまざまにたいへんなことがあり、教務の先生方を中心にご苦労いただきました。ありがとうございます。

 午前中に一度、夕方にも一度新聞社からの電話取材があり、矢沢先生と私が対応しました(登校時、児童も何人か取材を受けたようです)。
 その中で、「いじめの訴えはあるか」という問いに対しては、「子どもたち同士がケンカして一方が泣きながら『いじめられた』と訴えるレベルから含めれば、当然いじめの訴えはある。しかしその都度、対応している」と答えておきました。
 私たちが把握していないいじめがあるかもしれませんし、取材された子どもたちが「いじめがある」と答えている可能性もありますから、簡単に「いじめはない」と回答することはできないのです。

 また、それとは別に、「いじめの問題は取り組むべき最重要問題ですから、最優先で対応しています」ということも言っておきました。これは方便でもなんでもなく、実際そのように考えていることです。

 いじめの問題及び担任と児童の不和という二つの問題は、対応を誤ると絶対に回復しません。保護者はわが子がいじめられていると考えるだけで緊張しますし、担任との不和は当の担任が解決しようとするとどうしても言い訳の感じがつきまとい不信感を深めるだけになってしまうからです。
 どんな些細なことであっても、児童が「いじめ」を訴えたら最優先で取り組んでください。また、「担任と合わない」「子どもが担任の不満を言っている」と言うようなことがあれば、ぜひ学年主任・教務主任あるいは校長・教頭を間に入れ、複数で対応するようにしてください。このふたつは私たちにとってすぐにも死活問題となってしまう最重要案件ですから。

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2006/11/7

「学校の生態系」  教育・学校・教師


 自然界はある一まとまりのバランスをもった体系を有していて、これを生態系といいます。すべてはバランスですから、その一部を変化させるとあちこちが同時に狂ってきます。例えばひとつの害虫が駆除され尽くしたとき、そのおかげでもっと有害な害虫の大量発生を促すことがあるということです。

 人間の行うことの全てはやはり有機的なつながりを持っていますから、一部を動かすと他に影響を与えずには済まされません。私が今考えているのは、教員免許の更新制によって教員の質の向上はおそらく計られるだろが、その負の影響も少なくないだろう、といったことです(100万人の教員の意欲にどう影響するか、教師の身分が安定したものではないと感じた教員志望の学生がどう動くか、100万人の研修のための費用は他の何を削って生み出すのか・・・といったこと)。 

 同様に、クラスの中の問題を解決しようとするときも、行うことが必ずしも正の結果だけを生み出すとは限りません。(紙面がなくなりました)ちょっと考えておきたいところです。


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2006/11/6

「おめでとう!!」  教育・学校・教師


 昨日行われた市ドッヂボール大会。

 6年1組・・・優勝!!   
 6年2組・・・3位  
 5年2組・・・3位  
 3年1組・・・3位

 の成績でした。

 おめでとうございます。

 選手たちは冷静でしたが、お母さんたちの応援がすごかった!
 せっかくの休日を終日ドッヂボールに費やしてくださった先生方、ありがとうございました。


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