2006/11/30

崖っぷち  教育・学校・教師

 10年ほど前、ある小説を読んでいたら歯痛のために自殺した男の話が出てきました。それからしばらくして、まったく別の作者の小説に同じ話しが出てきてびっくりしたのですが、これは剽窃というより、二人がたまたま新聞か何かで目にした、現実の事件があったからなのでしょう。

 人は歯痛によって自殺することはあるのか?

 たぶんそれはあると思います。心が悲しみや苦しみではちきれんばかりにいっぱいになっているとき、歯痛という最後の一押しが心を破裂させることは大いにありそうなことです。あるいは何かの事情でフラフラと崖縁まで来た人、いつでも飛び降りるだけの心の準備のできている人は、横から指で少し押すだけであっけなく崖下に落ちていくに違いありません。最後の決断を自分でしないですむ分、それはあっけないことなのかもしれません。

 例えば今日のこの日、クラスに集まる同級生たちは様々な思いを抱いてここにいます。崖なんか見えない広い野原で呑気に遊びまわっている子もいれば、小さな崖の近くでぼんやり立ち尽くしている子もいます。子どものサインを見落とすなという言い方がありますが、無言で発信しているサインなどそう簡単に見えるものではありません。他のこと同じように軽く押しただけだといっても、相手が崖から落ちてしまえば言い訳にはならないのです。

 根拠はないのですが、最近のいじめー自殺問題の発端となった事件のひとつ、岐阜県瑞浪市のバスケットボール部の女の子の場合も、たぶんそんなふうだったような気がしています。彼女は強い子でしたから、いじめの犯人とされる4人の子たちからすればあの程度で死なれるとは思いもよらないことだったでしょう。しかしだからといって、彼女の心のありようを考えずに意地悪な言葉をかけたその子たちが罪が消えるわけではありません。

 他人には私たちには思いもよらぬ心のありようがある・・・小学生の子たちには無理にしても、中学生はそろそろ分かっていいはずです。

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2006/11/29

「キモイ?」  教育・学校・教師


 放送室に入ろうとしたら偶然6年生のAさんと並んで入るかたちになって、Aさんから「ヤダ、キモイ」とか言われてしまいました。親しい中なので気安く言ったのかも知れませんし、日常的に使っている言葉なので自然に出てきたのかもしれません。しかしこのところ気になっていたので、こんなふうに話しておきました。

「傷ついた。これから職員室へ行って手紙を書く。『Aさんに、キモイと言われて生きる気力を失いました。Aさんを恨みます』ってね。そして胸のポケットに入れておく。先生は自殺するような人間じゃないけど、もしかしたら交通事故か何かで死んでしまうかもしれない。その時、先生の胸のポケットからその手紙が出てくるんだ。ああ、これはきっと事故に見せかけた自殺だって、みんな思うだろうね。そしてAさんのせいだって・・・」

 夕方Aさんと会ってもう一度その話をすると「ゴメンナサイ、もう二度としません」とか言っていましたが、半ば習慣化した言葉ですからどんなものでしょう?

 「愛語」という言葉を飾っている教室を時々見かけます。乱暴な言葉からは乱暴な思想しか生まれません。子どもたちには常に美しい言葉遣いに心がけさせたいものですね。

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2006/11/28

美しいもの  いいこと

 昨日の研究会で「自分の心の中にある、美しいものについて自覚し深めていく」という言葉がありました。すばらしいことです。

 私たちはしばしば自分の内にある汚いもの、醜いもの、卑怯なもの、だらしないもの、そういったあらゆる否定的な面だけを「本当の自分」と考える傾向があります。日ごろそういうものは隠して暮らしていますから、ついついそれが本当の自分のような気がしてしまうのです。しかし私たちが隠して暮らしている「本当の自分」、十分に成長していない「本当の自分の核」の中には、別のものもあります。それは美しすぎて外に出しにくいもの、気高すぎて外に出したら手に負えなくなりそうなものです。そうしたものもみんな隠しているのです。
 そのことを教えてくれたのは、インターネット上で拾った「人間を矮小化してはならぬ」という文です。今朝はそれをプリントしておきましたので、ぜひ、目を通しておいてください。
 すべての子どもに対して「君たちの心の中には絶対にすばらしいものがある」と、そんなふうに伝えて行きたいものですね。


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2006/11/27

自動販売機方式生徒指導  教育・学校・教師

 自動販売機というのは便利なもので、120円の商品なら120円以上の硬貨または紙幣を投入し、その上で「D-1 COFFEE スーパーブレンド」とかいったボタンを押すと「D-1 COFFEE スーパーブレンド」が出てくる、それが当たり前です。ボタンがランダムで、押すたびに「チェッ、今日は『かほる和果実 ゆずみかん』だった」とか「今日は『たのむぞ GABA』かあ、残念!」とかではかないません。

 先週、いじめ問題について「罪深さを知る」というお話をしましたが、これは本質的ではあるものの、ある程度時間のかかる指導です。「そんな悠長なことは言っていたら、明日あの子は自殺してしまうかもしれない」、そんな場合だってあります。では、今日明日のいじめはどう止めたらいいのでしょう?
 私はそれを「自動的なチクリ=自動販売機方式生徒指導」で凌ぐことにしています。

 まず、いじめに関する一通りの調査が終わった後、被害者の生徒に対してこういう話をします。
「今日、キミは正直な話をすべて私に話してくれたよね。その情報に従って明日からいじめた生徒たちに対する指導を始める。もちろんキミがしゃべったなんてことは絶対に言わないようにする。けれどもしかしたら話の持って行き方がまずくて、キミがしゃべったことがバレてしまうかもしれない。その上でもしかしたらキミがあの子たちに呼び出されるかもしれない。
 そうなったら呼び出された時点ですぐに私のところへ来なさい。呼び出した連中をすぐに私が呼び出して、厳しく指導する。親にもすぐに連絡する。それでもし「また、チクッたな」と言われたら、またすぐに私のところへ来なさい。あの連中がキミに嫌なことをしたらキミはすぐに私のところに来て、私は自動的にあの子たちを呼び出す。いつやっても、いつも同じことが起こる、それが自動販売機方式だ。

 これはキミを守ると同時に、あの子たちを悪いことから守る方式だから、もしキミが私の言いつけを守らないで呼び出されても黙っているようだったら、今度は私がキミを呼び出す。呼び出した上で今度は私がいじめるかもしれないよ」
 被害者にそう言っておいて、加害者にもそのことを伝えます。「あの子がチクるとしたら、それはあの子の意志ではなく、私の指示だ」ということを明らかにしておくためです。
 たぶん普通、いじめはそれで止まります。しかしそれは「止めた」だけのことですから、本質的な問題解決は、別に必ずやっておかなければなりません。

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