2006/2/21

「不登校をつかまえた」@  教育・学校・教師


 不登校の原因は連射される二発の銃弾です。

 1発目の弾が「人間関係不全」だと、これは最初からみんな知っていたことでした。しかし世間が、やれ学校の管理主義のせいだ受験中心主義が原因だなどと攻め立てる中、敢えて声を上げられなかっただけです。
 その後、とにかく数を減らすだけでもいいといった極端な校則削減や、怒鳴り声もいけないといった極端な体罰禁止の雰囲気が広がり、小学校1年生ですら管理できなくなる(学級崩壊)に至って、不登校管理主義原因説は消えました。

 また、受験中心主義は少子化の中で自然消滅し、それでも不登校が減らないのを見て原因追求はそれ自体をしないようになっています。
「誰に責任があるかとか、原因が何かなどといっても意味がない。その子の今をどう支えるかが問題だ」
 かつての管理主義批判者・受験主義批判者そういう言い方をします。
 いまでも人間関係不全説は声高に叫ばれませんが、それは保護者との余計なトラブルを避けるため、あえて言わないだけのことです。

 人間関係不全の一つの理由はワガママです。
 ワガママではない子、小さな時から丁寧に他人との利害調整を学んできた子は、重要な欲求をひとつ通すために三つ我慢するとか、うまく言って人に取り入るとか、それがが通るかどうか少し探りを入れて様子を見るとか、様々な技術を身につけてきます。しかしそうした技術のない子は一日中他人とぶつかり合うか、欲求のすべてを押さえてじっと我慢しているしかありません。それはかなり苦しいことです。基本的に、学校になんか行きたくはありません

 もう一つの理由は「不器用」でしょう。人と同じようにできない、何をやっても遅れる、学校生活の中でさっぱりサエたところがない…こうした子も、学校で生き生きと生きていくことはできません。

 そうした二通りの子は昔だっていたはずですが、休み続けることは社会が許容しませんでしたから、さんざん大騒ぎをした挙句、強制的に学校に置かれているうちに、いつしか何らかの楽しみや喜びを見つけ、いつのまにか学校にいつくようになった、そしてワガママな自分や不器用な自分を少しずつ鍛え上げていった、そんなふうに思われます。

 不登校の二発目の銃弾は「いまさら戻れない」です。何日も休んでいるうちに学級内の人間関係は急速に変わってしまう。変わらなくても変わってしまっているような気がしてくる。もちろん勉強は遅れる、話題も変わっている、生活全般が変わってくる・・・そうなると、「いまさら戻れない」のは当たり前です。

 さて、そこまでは分かっていたのですが、いままでもうひとつしっくり来なかったのは、いわゆる「優等生の息切れタイプ」です。彼らには本来、「人間関係不全」のカゲすらないからです。しかしこれについてやっと、私は不登校を捕まえたという気がしてきました。

                     (続きはまた明日)


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