2006/2/17

「母親たちは学ぶ」  教育・学校・教師


 4年前の春、足首に黄色ぶどう球菌(食中毒の菌ダロ!)と嫌気菌(けんききん:酸素を嫌う菌。友だちにメールで知らせたら「いやけ菌」と読まれ、「どうしちゃったの?仕事いやになったの?」という返事が来た)が入って足が倍に膨れ上がるという奇病に侵され、20日近く入院するハメになったことがあります。
 その間、足首以外は元気なので、日韓共同開催のワールドカップサッカーのほとんど全試合を見、文庫版「指輪物語」全巻を読み、それでも時間の余ってしかたなかった私は、TVのワイドショウというワイドショウをすべて見まくる、という大変な作業を続けました(ハァ大変だった!)。
 そしてその時感じたのは、そこにはは私たちとかなり異なった価値観や概念がまん延しているということです。

 そこでは例えば「子どもに教えようとしてはいけない、子どもは自然に学ぶものだ。教師が教えようとするから,子どもは間違った道を進んでしまう」とか「学校は刑務所並の監視機構に生まれ変わってしまった」といった話が平然と飛び交っています。私などは「勉強の嫌いな子なんて一人もいません!」などといわれると、全身が固まってしまうのですが、コメンテーターたちは満足そうにうなづくだけです。

 さて、その上で私は学びました。結局、民放にとってはニュースも商品だということです。売り物である以上、そこに並ぶのは、受け入れられやすいもの、甘いもの、優しいもの、習慣性のあるもの、快楽に訴えるもの、より広範な顧客を得るための低俗なもの(とにかく高貴なものには対象者が限られますから・・・)、人々の妬みや個人的な怒りを一身に集めてくれる生贄のようなもの、そういうものです。辛口で,視聴者に負担を求めるような話は「隠し味の塩」くらいにしか考えられていません。

 先日の講演会の中で、マスメディアはもう影響力を失ってしまったといった話があったようで、校長先生はかなり怒っておられました(私は講演会のその部分でオチテしまっていたので残念ながら記憶にありません)。しかし講演者が何を言おうと、マスメディアが日本の現状に無罪だなどということは絶対にありませんし、今後もないはずです。

 現在もワイドショウはワイドショウの論理で、家庭の主婦層を動かしています。私たちは、その中でどういう話が出、母親たちが何を学んでいるか、そのことも、注意深く見ていかなければならないでしょう。



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