2005/11/15

[親にもいろいろある]  教育・学校・教師


 栃木県の小山市で授業日数を6日間増やし学力向上を図ろうとしているという記事が読売新聞(on line)に載っていました。授業日数を増やしても必ずしも「学力」が上がらないことは、国内最高の授業日数を誇る本県の学力で証明済みかと思うのですが、経験のない県ではそういう考えもあるのでしょう。保護者の期待も高まっているようです。

 政財界の人々が日本の学力を心配する気持ちはよく分かります。日本は資源のない技術立国ですから、学力(特に理数系)の有無はそのまま日本の将来を左右しかねません。しかし、普通の家庭のお父さんやお母さんが、学力向上を学校に期待するのは自己矛盾でしょう。

「ウチの子」の成績を上げるためには「ウチの子」が勉強すること、そして「ヨソの子」が勉強しないこと、それがベストの条件です。その意味で「ゆとり教育」は教育熱心な家にとっては千載一遇のチャンスだったはずです。授業時数を増やすなどして、学校ががんばればがんばるほど「ウチの子」は不利になってしまう、その増えた時間で学力を伸ばすのは「ウチの子」だけではないのです。

 それなのに、なぜ保護者はこぞって学校に授業時数(日数)の増加を要求するのか? それが不思議でしたが、読売新聞の記事はその疑問に答えてくれるものでした。

 10日、市立小山城東小から帰宅途中だった4人組の5年男子児童は、「もっと遊びたいのに嫌だ」「授業を受ける気にならない」などと一様に残念な様子。一方、2人の子供が同小に通う主婦(37)は、「家にいてもゲームをやって遊んでいるばかり。学校で勉強してくれるならすごくうれしい。家も静かになる」と喜んでいた。(11月11日読売新聞)

 保護者たちは必ずしも教育熱心な人ばかりではありません。でも、こういう方でも「もっと学力を!」と叫び、我が子から「静かな家庭」を守ろうと謀ります。
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