2005/10/7

「和貴」  言葉


「あ、ウチの息子の名前が会議室に・・・」
と思われた保護者もいらっしゃるかもしれません(いるワキャないな)。
 何のことか分からずがんばって調べたのですが、どうやらこれは「以和為貴」を縮めたものではないかと思われます。「和をもって貴しとなす」・・・聖徳太子の十七条憲法です。

 十七条の憲法は小学校でも中学校でも必ず触れるもので、最初の三条が特に有名です。そしてその三条だけが特別に重要なのです。
「一条 和を貴び,人にさからうことのないよう心がけよ。
 二条 三宝をあつく敬え。三宝とは,仏像・経典・僧侶である。
 三条 天皇の命令である詔(みことのり)を受けたなら,かならずつつしんでしたがうように。
 君主こそ天であり,臣は地である。」

 これは一言で言ってしまうと聖徳太子の平和宣言です。現代風に言い換えるとこう言うことになります。

「テメェらに言っておく。
 今日で抗争を終結し、お互いに出入りはやめることにするぞ(第一条)。
 まず50年以上に渡ってやってきた宗教問題にケリをつける。これからは仏教一本だ。三宝を尊重しろ。日本の神様を信じるやつは許さねぇ(第二条)。
 三つ目に言っておく。これからは組長(大王)は組長ではない。今まではそう呼んできたが、今後は神様(天の皇帝)だ。昔みたいに組長のクビを取って代替わりになろうなどと考えちゃあいけねえ。神様の命令を聞いたら、二の四の言わず、必ず従え。神様に比べたら、テメェらは虫けら同然だ!」

 こうした聖徳太子の宣言は、しかし太子生前は完成せず、大化の改新、壬申の乱を経て天武・持統朝にいたってようやく完成します。国家の100年の大計です。

 小学校の歴史の教科書に載るような事項は数十年に一度と言っていいような大事件だけです。「十七条の憲法」はそれくらい重い問題だったのですね。しかしなぜそれが会議室の大額なのか、それはナゾです。


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