2005/8/31

「低学年水泳まとめの会がありましたが・・・」  教育・学校・教師


 1年生の部が終わって職員室へ戻ってこられた森孝子先生が、なんとなく釈然としない面持ちで「子どもが、端から端まで泳ぎっても、拍手がないんですよ」・・・・・・・
 シーズン初めの、まだ水に顔をつけられないところから指導をはじめ、子どもの成長を毎日見てきた担任の先生からすれば、子どものために、もっと親は喜んでくれてもいいはずだと、そんなふうに思われたのかもしれません。親が喜べば子どもも誇りに思いますし、それが次の活動の励みにもなるはずです。

 そこで3時間目の2・3年生のまとめの会に行ってみると、拍手はないわけではありませんが、極めて静か・・・・・・。よく見ると、およそ三分の一の保護者はカメラを覗きこんでいます。もちろん他人の子ども中心に撮影しているわけではありません。本来は応援すべき我が子の登場場面に限ってファインダーを覗きこむのに忙しく、応援どころではないのです(そのへんのところは、私も「ちびまる子ちゃん」に出てくるタマちゃんのパパですから、よく分かります)。

 もうひとつ、(これは校長先生ともお話したことですが)もしかしたら親たちは、子どもが達成したことがいかに大変なことであったか、分かっていなかったのかもしれません。学校なんだから、この程度のことは簡単にやってくれたに違いないと、そんなふうに考えていたのかもしれません。そうだとしたら、子どもたちの成し遂げた過程について、学年だよりや当日のアナウンスによって知らせてあげる必要もあったのかもしれません(なかなか大変な時代です)。

 まあ、もしかしたらそうして撮影していったVTRやデジカメ画像をテレビに映し出しながら、家族全員で子ども活躍を喜びあっているのかもしれませんから、そう考えて、私も矛をおさめましょう。

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2005/8/30

「運動会」  教育・学校・教師


 学校以外のさまざまな場所で、さまざまな形で子どもは学んできます。したがって教育は学校のみで行われるものではありませんが、「意図的教育」ということになるのと、行っているのはほとんど学校だけに限られてしまいます。したがって学校で行われる教育は、その意味や目標がつねに「意図的」であることが必要です。

運動会原案にあった、
@児童の発達段階・体育科目標に応じた計画的な指導により培われた体育学習の成果を発表する。
A自主性の伸長、やりたい意識の高まりといった面を大切にし、児童にとって自らが楽しくかかわれる活動にする。
B望ましい集団行動や、競技・演技を鑑賞する態度を育てる。
は、その中でももっとも大切なものでしょう。

 通常、Bの鑑賞態度などは「きちんと座っていましょう」「しっかり応援をしましょう」――程度であまり力を入れないところですが、「運動会のねらい」に定めた以上、ここにも力を入れて行きたいところです。
 もちろん、練習の始まる前から意識づくり・意欲づくりのできる場合もありますが、まずやらせて、そこから目標を定めていく場合もあります。特に組体操などの表現運動はやっているうちに目標が明らかになり、上達するにしたがって欲求も高まってくるものです。その都度、自分が「どのようにしたいのか」「どんな風になりたいのか」を確認しておく必要がありますし、そのことが集中力を高めることにもなります。

 運動会が終わったとき、それ以前と比べて自分はこんなふうに生まれ変わった、自分はこんなこと成し遂げる子どもになったと、児童自身が確認できるよう、意味づけの準備も今からしておかなくてはなりません。ただ、がんばって成し遂げそれで終わりにするなら、何十時間も使って練習する必要はないのです。

 
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2005/8/26

「最近気になったニュースを上げておきます」  教育・学校・教師


指導力不足、最多566人=昨年度、教員377人が研修−文科省[時事通信 8月9日]

 授業や生徒指導をめぐり、都道府県・政令指定都市の教育委員会から「指導力不足」と認定された公立学校の教員が、昨年度は全国で566人に上ったことが9日、文部科学省のまとめで分かった。2003年度より85人増加し、過去最多だった。
 同省は「各教委の認定制度への取り組みが強まった結果、報告数が増えた」としているが、適格性を欠くとの報告は後を絶たず、「教師の質」が改めて問われる結果となった。
 指導力不足の教員は全国60の教委が独自の判断で認定し、基準は一律ではない。昨年度は前年度からの継続も含め、58教委で566人が認定された。新規認定は282人だった。都道府県別でみると、神奈川県が54人でトップ。2位は福岡県で48人、3位は千葉県で33人、4位は広島県、三重県で各25人。長野県、さいたま市では、「候補者」はいたが、認定はなかった。年代別にみると、20代1%、30代15%、40代50%、50代34%だった。40、50代は構成比も高いが、同省は「現代の子供についていけない面もある」とみている。校種別では、小学校が49%と半数を占め、以下は中学校28%、高校15%、特殊教育等8%の順だった。
 指導力不足が理由で、現場を離れて研修したのは377人。うち93人が依願退職し、127人が現場復帰した。

 556人と言えば全小中高の教員の0.06%。1万人に6人ほどという計算になります。それが多いかどうかは別として、「2003年度より85人増加し、過去最多だった。」という部分は気になります。別に指導力不足教員が増えたわけではありません。指導力不足を認定する「人事管理システム」の運用が、全国規模に広がった・・・つまり、今までやっていなかった教育委員会が行うようになったから増えたのです。マスコミは時々、わざとこういうことをします。


<全国学力テスト>07年度から実施の方針 文部科学省 [毎日新聞 8月24日〕
 文部科学省は23日、中山成彬文科相が導入を表明していた全国学力テストについて、07年度から公立学校の小学6年生と中学3年生を対象に、1学期に実施する方針を固めた。教科は国語、算数(数学)などの主要教科に絞るとしている。実施の規模、公表の仕方などについてはさらに検討するが、過度の競争を招くとして廃止された全国学力テストが約40年ぶりに復活することで、現場の混乱も予想される。
 来年度は、試行テストとして抽出形式で行い、07年度は全員を対象にしたい意向だが、各教委の希望制とする案も浮上している。全員を対象とする場合、問題作成や採点など経費が数十億円規模に上るとの試算もあり、文科省は中央教育審議会での議論も踏まえ、慎重に検討するとみられる。
 実施時期については、小6と中3は受験時期にあたるなどとして、小5と中2を推す声もあったが、1学期に実施することで、小5と中2までの学習到達度をみるとともに、受験への影響も少ないと判断した。
 全国規模の一斉テストは1956年度に始まったが、学校間の序列化や過度の競争を招いたとして66年度に廃止された。80年代以降、抽出テストは実施されているが、中山文科相は昨秋の就任後、「もう少し競い合う心が必要だ」などと、全国一斉テストの導入を表明していた。


 予算不足のため、結局は自治体の判断に任せるようになりそうです。しかしもし参加するとなると、特色あり学校づくりなどは吹っ飛んでしまいます。私たちはあくせくとテスト点を上げるように努力するようになるでしょう。ただし広島県のように、現在でもすでにCRTテストの結果を各校ホームページに載せているようなところもありますから、私たちの方がのんびりとしているだけなのかもしれません


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2005/8/25

「台風はなぜ左巻きなのだろう?」  教育・学校・教師


 台風はあっけなく去ってしまいました。今回の台風は「マーワー」という名前で、マレーシア語で「バラ」という意味だそうです。

 さて、「なぜ台風は左巻きなのだろう?」。子どもに聞かれて答えられず、何年も困っていたのですがさすがインターネット時代、ネット上の質問コーナーに投稿したら、見事に返事が返ってきました。

@台風というのは迷走する低気圧です。周囲の空気は風となって一点に向かって流れ込み、上昇気流となって上空へ逃げます。(図1)

Aこれを(地表面の風の動きとして)上空から見ると、図2のようになりますが、このままだと渦にはなりません。

B地球上には「コリオリの力」と呼ばれる見せかけの力があり、北半球では全てのものを右に、南半球では左にずらします。したがって国立博物館やディズニー・シー「フォートレス・エクスプロレーション」にある「フーコーの振り子」は、右に動いていますし、「ゴルゴ13」も南半球で仕事をするときは狙撃銃を調整しなおすそうです(本人から聞きましたから間違いありません)。

Cどうしてコリオリの力が働くのかは説明が難しいので、分かったつもりで先に進みます。

D「コリオリの力」を考えると、図2は図3のように書き改められなければなりません。

Eそうやってみると、なるほど風が右カーブしながら一点に集まると、左巻きの渦ができるのがわかります。

Fいうまでもなく、南半球の低気圧は右巻きです。鳴門の渦は左巻きですが、南半球の渦は右巻きになります。この理屈でいくと、家に帰ってお風呂の栓を抜くと左巻きの渦ができそうな気がしますが、実はなかなかうまく行きません。風呂の形状や排水路の方向によって逆周りになったりしてしまうのです。巨大なボール状の風呂をつくってその中央に排水口を開ければきっとうまく行くと思います。金持ちになったらやってみましょう。
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2005/8/25

「教室掃除に思うこと」  教育・学校・教師


@机を後ろに下げてから掃き掃除が始まるわけですが、見ていると大半のクラスが床のゴミを後ろの方向(机の下)に掃き出しています。これだと机の下にゴミが入り込んで、机移動の際に引きずり戻したり足につけて戻ってきたりしてしまいます。
 教室の前半分の掃除は前半分だけと思い切って、ゴミを黒板前に集めたらどうでしょう。そこで一度回収してしまえば、引きずるゴミはずっと少なくなります。もちろん、後ろ半分の掃除では今までどおり後ろにゴミをはき集めます。雑巾がけは、いずれの場合も机の近くから始めます。

A我がK小学校の教室の床は、珍しいことに板が東西方向に張られています。おかげ気の利かない子に雑巾がけをさせると、ゴミを前後(机側と黒板側)に広げてしまいます。いっそのこと「通しがけ(教室の端から端まで一気に雑巾がけをする方法)」をやめ、膝をついて肩幅で左右に雑巾がけをしながら後ろに下がるやり方に変えたらどうでしょうか。これだとゴミが散らばるのを避けられそうです。
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2005/8/24

「絶対に許さないということ」  教育・学校・教師


 ときおりマスコミなどで「教師はいじめを絶対に許さないという毅然とした態度を示さねばならない」といった論調を見かけることがあります。ところがこの「絶対に許さない」には、よく分からないところがあります。

 世間の人々やマスコミは、もしかしたら先生が「絶対許さないぞ!」と叫べば子どもたちがスゴスゴと引き下がると本気で思っているのかもしれません。しかしそんなふうに叫んで収まるようなら、いじめ問題は簡単です。あるいはそれは「いじめが発生したら、徹底的に話し合うぞ」ということかもしれません。けれどそれだって、ある程度の技術がなければ話し合い自体が被害者を追及する糾弾集会みたいになってしまい、逆効果の場合だってありえます(と言うより、かなりの話し合いがそういうことになってしまいます)。

 大昔の学校には「絶対許さない」仕組みが山ほどありました。いじめをしたら、「殴るぞ」「正座させるぞ」「立たせるぞ」「反省文を死ぬほど書かせるぞ」「教室から追い出すぞ」「親に言いつけるぞ(その結果、お前は親にボコボコにされるぞ)」・・・どれでも良かったから、ある意味簡単でした。しかしそうした目に見える仕組みの大部分は、今日禁じ手となっています。

 では、現実に先生方はどのような方法でこの「絶対許さないという態度」を示しているのでしょうか? 私はたくさんの事例を見てきました。
@もちろん今日も「怒鳴りまくる」という先生はいます。話し合いできちんと解決する先生もいます。それをもっとも有効な武器と考え、使える人はそれでいいのです。しかし怒鳴りまくっても迫力に欠け、話し合いも下手という私のような教師もいるわけで、その場合はべつのことを考えなくてはなりません。

A黙っているだけで、あるいは黙っていることが異常に怖い先生がいます。そういう人は、とりあえず黙ってしまいます。

B黙った上で目で殺すタイプもいます。そのとき目から出ているサインは「見捨てるよ」です。時折母親で、この「見捨てるよ」サインを実に効果的に頻発する人がいますが、あまり小さなころから出しすぎると、子どもは狂ってしまいます。

Cとにかく指導のしつこい人がいます。私はこのタイプです。丁寧といよりはやはりしつこいのであって、一旦問題を起こすと大切な休み時間が果てしなく調査の時間になってしまうのでかなわないのです。下手をすると繰り返し家庭にまで乗り込んできますから、かなり面倒どうな教師です。

D日常的に褒めるのがうまく、褒めて褒めて褒めまくるうちに、問題など起こせないところまで追い詰めてしまう「褒め殺し」タイプの教師もいます。私の知る限り、たいていは中年以上の女性の先生です。

E何が何だか分からないけど、問題を解決してしまう魔法使いみたいな教師もいます。すばらしいですが、下手に私たちが真似すると、手痛いやけどをします。

 教師としての王道はやはり「話し合いによって解決する」でしょう。話し合いの腕を上げる努力はもちろん大切ですが、人権問題のような微妙な問題を下手な話し合いに付するは危険ですし、話し合いがうまい先生にしてもクラスの問題を全て話し合いにしていたらとても時間が足りなくなってしまいます。ここはぜひ、何らかの形で「絶対許さない」独自の技術を身につけなくてはなりません。その場合のポイントは、自分の性格にあっているか、長続きできるものか、ということです。私だって本当は、しつこい教師であるよりも魔法使いでありたかったのですが、どうやらそれはタイプではなかったのです。
 
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