2013/9/25

「千日回峰行と未来の求道者」  教育・学校・教師


 天台宗大阿闍梨(あじゃり)の酒井雄哉(ゆうさい)さんが亡くなりました。9月23日、行年87歳です。
 酒井雄哉さんといっても誰のことか分からないと思いますが、千日回峰行という比叡山延暦寺の荒行を生涯に二度、達成した人です。この修行は(記録の残る織田信長の延暦寺焼き討ち以来)達成した人が47人しかおらず、二度行った人は酒井さんを含めてわずか3人だけです。

 千日と言いますが千日回峰行は連続して行うのではなく、7年かけて通算1000日の間に行います。
 最初の3年間は毎年100日間、1日30kmを歩いて255ヶ所の霊場を巡ります。続く2年間はそれぞれ200日同じ修行を行ない、合わせて5年間で700日となります。
 そのあと「堂入り」と言って無動寺谷明王堂に入り、9日間の「断食、断水、不眠、不臥の行」を行います。断食はまだしも、断水と不眠は人間の場合1週間が限度と言われますから、限界を越えての修行ということになります。
 堂入りの行が終わると「堂下がり」となり、行者は生身の不動明王とも言われる「阿闍梨」となって信者たちの合掌で迎えられます。
 翌年の6年目は100日と日数は減ります。しかし歩く距離は60kmとなり、巡拝する霊場も11増えて266カ所となります。
 最後の7年目は200日の修行。前半の100日は京都市内を1日84km、300カ所に渡って走って巡拝します。午前零時に起きて延々と走り続けます。それが終わって後半の100日は最初の1日30kmに戻し、これで合計1000日、歩く距離はほぼ地球1周に等しい4万kmになります。

 酒井さんは第一回目を80年に満行。そのときの様子はNHK特集で放送され、私もそれで千日回峰行を知りました。さらに半年後、2度目の行に入り87年に60歳で満了しています。二度に渡って阿闍梨となったので大阿闍梨と呼ばれます。

 私は若いころ、僧侶になろうとかなり本気で思ったことがあり、そのためNHK特集の「千日回峰行」も特別の思いで見ました。私の理想とするものがそこにあるように思ったのです。
 もちろん私にそんな厳しい修行ができると思いませんし、もっと楽な修行さえやり遂げることができないかもしれません。しかし心の隅では常にそうしたストイシズムへの憧れがあり、どこかで何かに耐えて努力し続けようという純粋な気持ちがあったのです。

 私の言いたいことはそれです。今はこんなにヨボヨボの根性ナシになってしまいましたが、かつては大真面目で、本気で、求道的な生き方をしたいと願っていた私がいた、それは紛れもない事実です。
 そしてそんな若者は今も昔も少しも珍しいものではなく、今日、育てている児童生徒の中にもやがて生まれてくるのだということ、そうした生真面目な求道者の卵を、私たちは預かっているのだということ、そういうことを大切にしたいと思うのです。


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