2007/6/26

司命(しみょう)・司録(しろく)   知識


 森羅万象すべてのものに神が宿っているという考え方を汎神論(はんしんろん)と言います。日本の神道はこれに近いもので「八百万(やおよろず)の神」というのはものすごくたくんさんの神という意味で800万という数字自体には意味がありません。

 すべてのものに神が宿っていたらまったく気が抜けないのであって、誰も見ていない場所でも、悪いことはできません。このことを、私たちの祖先は「お天道様が見ている」と言いました(天道は太陽神になぞらえて太陽のことを指す場合もあります)。

 奈良にある白毫寺(びゃくごうじ)に行ったとき、そこの閻魔像の両横に司命・司録というふたつの像があるのを見つけました。国の重要文化財だそうで、後で調べたら司命は判決文を言い渡す役、司録はそれを記録する書記官といった役どころのようです。しかし当時そんなことは分からなかったので、帰ってきて子どもにこんな話をしました。

「みんなの肩には生まれたときから二人の神様が乗っている。右の肩に司録さん、左の肩に司命さん。右の司録さんは君たちがやってる『良いこと』をみんな記録し、左の司命さんは君たちのやっている『悪いこと』をみんな記録している。そして君たちが死んで閻魔様の前に引き出されたとき、二人の記録が全部読み上げられるんだ。大丈夫かな? 司命さんの『悪いこと』閻魔帳の方が圧倒的に厚くて、いつまでも読み上げられるなんてことないよね」

 公立学校は特定の宗教教育をやってはいけないことになっています。しかし心の中に神様がいないと、「人に迷惑をかけなければ」何でもあり、になってしまいます。心の片隅にでも、神様の住まう子どもを育てたいものです。

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