2011/6/29

天才親の世界  教育・学校・教師


 以前、といっても私が前の仕事に就いていたころの話ですから30年近くも前のことですが、通勤に使っていたバスの中で、面白い風景を見ました。4〜5歳くらいの男の子とお母さんがなぞなぞ遊びをしているのです。まず母親が息子に訊きます。
「海の中にいて『ま』が三つつくものはな〜んだ」

 何度もやった子とのあるナゾナゾらしく、息子はすぐに「サンマ!」と答えます。それに対してお母さんのいった言葉がすごかったのです。
「あたり! じゃあ今度は今の問題を、お母さんに出して」

 何のことはない、この母親は息子と日本語の練習をしているのです。自分の出した問題を、正確になぞれるように訓練しています。どうしてそんなやり方を思いついたのでしょう。

 もうひとつ。
 まだ土曜日の半日授業があったころのことです。
 当時私が勤めていた中学校のクラスに、小柄でとても可愛い男の子がいました。小さいのにかなり自立的な1年生です。
 ある月曜日、その子の日記を読んでいたら、家庭欄に母親がこんなことを書いていたのです。

「先週の土曜日は体調が悪くて(部活のための)お弁当を作って上げられませんでした。しかたなくお金を渡して、コンビニでお弁当を買うように言って出したのですが、家に帰ってから何か不機嫌です。聞くとあんなお弁当を持ってきたのはボクひとりだったと。ああやっぱり・・・」

 そこまで読んで、「ああやっぱり、無理をしてでも作って上げればよかった」と続くと思ったらそうではなく、続きはこうだったのです。

「ああやっぱり、男の子でもお弁当の作り方を教えておけばよかった」

 これがセンスです。
 天才親たちはこうしたとき、反射的に子どもに力に力のつく方向でものを考えます。


 ところがセンスのない欠ける親たちは呆れるほど「やってはいけない」ことを平気でやります。

 たとえば怠学傾向で学校に行きたくない子に、登校の約束と引き換えにコンピュータを買い与える親―コンピュータ与えネット接続させると、これは世界最強の「引きこもりグッズ」です。まるで学校に行かなくてもいいと言っているようなものです。

 そもそも「登校し続ける」はまだ達成されていない未来の成果なのに、コンピュータを買い与えネット接続させるのは確実な支出です。

 手に入るかどうか分からないもののために大金を使うことを普通は「ギャンブル」と言います。わが子を使ってギャンブルなどしていいはずがありません。

 この「不登校傾向の子にコンピュータを与える」という愚策は、びっくりするほど多くの家庭で繰り返されます。前もって教えておいても、ほぼ確実に起こります。結局、つまるところ親も才能の問題なのかもしれないと思うのは、そういう時です。


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