2011/3/18

私たちには希望がある  教育・学校・教師


 今日は東北太平洋沖地震とその被害に関する話をします。

 この大地震はマグニチュード9・0という巨大なパワーをもった地震で、皆さんも聞いたことのあると思う阪神・淡路大震災の1000倍にも当たるといわれています。これは日本の歴史上最大のもので、世界的にも4番目の大きさのものです。

 さて、この地震はまず東北地方の(地図を示しながら)このあたりで起こって、その40秒後にこのあたり海の底で海底が大きく動き、すぐに続けてこの部分で地震が起こるという三つの地震が立て続けにおこったものだと考えられています。三つ合わせて5分近くも続きました。

 ただし日本という国は毎年100回以上も地震の起こる超地震国なので、ビルはもちろん、普通の家もかなり頑丈にできているので、その揺れ自体では大きな被害は出なかったはずなのです。
 この私たちに学校も3年前にきれいに直されましたが、それも古くて汚かったからというのではなく、巨大地震にも耐えられる校舎にしようという工事でした。

 さてその世界最大級の地震にも関わらず、ほとんどの家は潰れも壊れもしなかったのですが、君たちも見たとおり、そのあとで襲ってきた津波は尋常なものではありませんでした。

 津波というから大きな波かと思っていると違うのですね。海自体が盛り上がって堤防を越え、どんどん町の中に入ってきてしまうのです。船を流し自動車を流し、そして水や流れてきた船や車の力で家を倒し、その家が次の家をさらに破壊し、場所によってはビルの4階近くまでの高さになってすべてを流してしまうのです。そんな津波が5回も6回も、最後は津波を調べる機械まで壊してしまったのでいったい何回来たのかも分からないほど繰り返し町を壊し、人々をさらってしまったのです。あんな激しい水の中では、巻き込まれたら人間はとても生きてはいけません。

 今日、3月16日の段階で、亡くなった方は3373名、行方不明が7558名と言われています。合わせて1万人を超えているのです。

 一口に3373名と言われてもよく分かりませんよね。でもその一人ひとりには名前があって生活があるのです。

 思い浮かべてください。
 例えば私にはTという名前があって、家族がいて、この学校の先生であって、そして長く生きてきてさまざまな思い出やいろいろな経験がある、その私が死ぬのです。そしてこの3373名、という数字で表されるのです。

 思い浮かべてください。想像力の問題ですよ。この3373名のうちの一人が、自分の家族の誰かであるということを。自分の大切な家族がその中にいる、そんなふうに考えてみましょう。
 その大切な人たちが一人ずつ集まって3373名という数になるのです。
 この3373名の全員が、みんな大切な命を持っていて、それを失ったのです。


 またそれとは別に44万人の人たちが今も避難民として寒い中を必死に生きています。
 これも想像してみましょう。自分のこととして考えるのです。

 逃げるときに着ていた服一枚を今も着て、何日もお腹をすかせ、お風呂も入れないのです。想像してみてください、その中の多くの人たちは、地震と津波によって家族を失いあるいは家族と連絡が取れず、友達も行方不明になって、ずっと一人ぼっちなのです。その人はどんな気持ちでそこに座っているのでしょう。


 さて、そうしたことを考えた上で、私たちに何ができるか考えてみます。もちろん今日明日何かをしようというのではありません。まだボランティアも入れない段階ですからやれることは本当にわずかしかありません。

 ただ私たちには希望があります。夢があります。

 例えばインターネット上では中国の人の話としてこんなことが載っています。これは今回の地震に東京であった人です。
 「数百人が広場に避難していたが、その間、誰もタバコを吸うものはいなかった。毛布やお湯、ビスケットが与えられ、男性は女性を助けている。3時間後、人々は解散したが、地面にはゴミ一つ落ちていなかった。一つものだ」

 あるいは日本にいるベトナムの方の話。
「怒鳴り合いもけんかもない」「本当に強い国だけがこうした対応ができる」
「防災訓練を受けていても怖いはずなのに、誰もパニックに陥る人はいない。自分の仕事に集中し、連絡を取り合っていた」
「われわれが学ぶべき多くのことが分かった」


 あまた別の留学生は、
「教師が子どもたちを誘導する姿など、行政当局者から民間人までの素早い対応ぶりに驚いた」
といいます。さらに
「こうした強さゆえに、日本人は世界で最も厳しい条件の国土で生き抜き、米国に並ぶ経済レベルを達成できたのだ」
とたたえる声も伝えられています。

そしてロシア新聞にはこんな記事が載りました。
「日本には最も困難な試練に立ち向かうことを可能にする『人間の連帯』が今も存在している」
「重要なのは、ほかの国ならこうした状況下で簡単に起こり得る混乱や暴力、略奪などの報道がいまだに一件もないことだ」。

 震災当日の11日、公共交通が止まってサラリーマンが帰宅の足を奪われた東京でも
「人々は互いに助け合っていた。レストランや商店はペットボトル入りの飲料水を無料で提供し、トイレを開放した」

 私たちには「他人を守る」という強い力があります。
 「ルールを守る」という力もあります。我慢強く何かに耐えるという力もあります。
 お互いに手を繋ぎあい、みんなでこの困難を切り抜けようという強い気持ちがあります。

 今はできることはほとんどありません。しかし祈ることはできます。一人でも多くの人がこの災害から救い出されることを、そして一人でも多くの人が家族や友だちと再び合えることを、そしてこのたいへんな困難から再び立ち上がり、私たちの日本が誇り高い国として蘇ることを祈りましょう。

                        (16日、生徒に語った話)


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