(前回の続きです。 メキシコの会社をやめ、日本に帰る途中です。太平洋岸の街マサトランから満員の長距離列車で、国境の街を目指します。)
そもそもなんでこの国に足を踏み入れたのか?
前の年に働いていたアメリカ・カリフォルニアの農場でいっしょに働いていた男達は、無理やり国境を越えてやって来ていた。
その国境の向こうってのはいったいどうなっているんだろうと思っていた。
いったん帰国し、大学の廊下の求人の張り紙を眺めているとその「国境の向こう」の仕事が張り出してあった。
もうそれだけで充分な理由だった。
アメリカの農場では一日中メキシコ人といっしょに作業をしていた。
何かの拍子に鼻がむずむず。ハックショーン!
すると男たちいっせいに
「サルー!」「サルー」「サルー!」 へ?何それ?
聞くとくしゃみをしたときはそれを言うんだそうな。「お大事に」ということらしい。
「言われたらグラシアス(ありがとう)って返事しな。」と教えてくれた。
でも、乾杯するときもたしかサルーって言ってるよな?いろいろ意味があるのかな?
何となく雰囲気だけはわかるような。便利な言葉だ。
国境へ向かう長距離列車の中、あいかわらず俺は腹ペコのまま立ちっぱなしだった。
列車は順調に(?)遅れ続けている。ところどころ名もない駅で止まるたび列車から降り伸びをしたり体を動かす。
メキシコのホームのない駅だから客車から出ている階段を降りるのだけれど、それでちょっとつまづいた。
すると後ろから見知らぬ男が「サルー。」 はっはっは「グラシアス。」
そんなときも「サルー」を使う。
遅れて遅れて終点、国境の街メヒカリに着いた頃にはあたりはまっ暗。
何だかコヨーテ(国境あたりで暗躍する賊)のにおいがする。ここは急ごう。
タクシーに乗る。もう遅いとにかく「安全な宿へ。」と告げるとゆるゆると走り出した。
しばらく行って建物に入っていく。何だろうと思いはしたけど、誘導されるまま進んでいくと、そこはもう国境の検問所じゃないか。
スタンプを押してもらい、また同じタクシーに乗る。
少し走ってタクシーは小綺麗なモーテル(ベッドとシャワーがついた旅行者用の簡易ホテル)の前についた。
はい、ここはアメリカ。あっという間の出来事だった。
振り返るヒマもなく俺は国境を越えた。
俺を降ろすとタクシーは国境の向こうに帰っていった。特別な許可があるんだな。行ったり来たり魔法の乗り物のようだ。
街の名前はカリメックス。メヒカリをひっくり返して英語読みにしただけ。何ていいかげんな名前なんだ。
まあいい。ハラが減ってるのを思い出した。あそこで光る黄色い M のネオンサインは間違いなくハンバーガー屋だ。
まずは腹ごしらえ。感傷的になるのはその後だ。さあ食ってやるぞ。
「サルー」
相手を気づかう不思議な言葉だ。
もっと以前、日本好きのアメリカ人に「エンリョってどういうコンセプト(概念)?」と聞かれたことがある。
「サルー」って、エンリョに近い言葉なのかもしれない。
「国境の向こう」は混沌と混雑の国だったけど、相手を想うサルーの国だった。