うちは本当に小さな農場で、大した量を生産していない。
販売も農場から小売店さんやパン屋さんやケーキ屋さん、レストランやカフェに宅配便で送り届ける。
そんな吹けば飛ぶような農場にわざわざタマゴを買いに寄ってくださるお客様がいる。
まったくもってありがたい事だ。
一日に一人か二人、タマゴのお客様がやって来る。
そんなお客様に近所で陶芸をやっている人がいる。
陶芸家と呼ぶにはまだまだ若い、40ぐらいの若手の作家。
自作の窯で、薪で焼き上げるというラジカルな手法で制作をしている。
タマゴのやり取りをしながら話を聞いたりしていると、全ての工程の中では、やはり窯に火を入れ焼き上げる一週間ほどが、一番緊張するようだ。
そりゃそうだ、と素人の俺でも思う。
その一週間で年に何回かしか出来ない制作の、全てが決まってしまうのだから。
イメージして、土をブレンドして、こねて、寝かして、形にして、寝かして、焼いて。
プロセスがあって、集中して、それを順序良く踏んでいった上でのクライマックスだから、その緊張感もちょっとうらやましい。
農業っていうジャンルだと、相手が生き物、「複雑系」だからなかなかそうはいかない。
加えて、(よしゃいいのに)ヒナの育成から、餌の配合から、鶏小屋の建設から、営業から広報から、販売まで。何から何まで自分のところでやる農場だから、その混沌が増幅される。
半年前からヒヨコを準備して、上手く鶏に仕上げて、タマゴを産ませて、滞りなく出荷して、産まなくなったら淘汰して。
このラインの波を何本も用意して、全体として波を打ち消しあうようにさせ、安定した産卵が得られるようにする。
そうしてるうちにまた次のラインを用意する・・・の繰り返し。
これを完璧にこなしてやっと成り立つ。
小さくても独立した養鶏場。それをやる。農場の自立性を維持するために出来るだけ多くの事を自前でやる。
いつも同時に、傾向の違う作業が同時に多発している。
いつもパニックでどこがクライマックスでどこが作業のピークなのか?やってる本人もわからない。だから、秩序のある仕事の緊張感がうらやましく思えるのだろう。
まあ、この仕事でそれを秩序だてて管理しようと思えば、ニワトリをケージに入れて動けないようにすればいいのだが、その逆をやろうとしているのだから、結果、こうなる。
しょうがない?
どうなんだろう?
俺に才能がないだけじゃない?
ああ、多分そうだね。才能がない。
そんな言葉、口にしちゃいけないけど「くそぉ!」とつぶやく事もある。
風のない日に、暖を取ろうと、小さく焚き火をする。
火を見ていると、「吸う」と「吐く」が同時だ。
吸ってはいて、ではない。同時だ。
そのスピードと自由自在が、これもまたうらやましい。
若い頃、炎を使う魔法使いに弟子入りしてればよかったな。
そうすればきっと上手くやれて、今こんな品薄状態にならなかった。
しょうがない?
いや、ちがうね。
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次は、そんな品薄状態でもうちのタマゴでクリスマスケーキを焼いてくださるケーキ屋さんのご案内です。
ご予約はお早めに。